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赫燭大戦記  作者: 赤松一
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第十三話:愛に似た匂い ②

 そして大きな出来事が起こる事も無く、廃村急襲から一か月程が過ぎ去ったある日。その日はフェルトにとって人生で最も忙しい一日になっただろう。朝からマーナ兵の再編成、ギャザリアの巡回、九四期マーナ兵志願者の選定。そして昼からは『アレ』に関する会議が――。

 フェルトはごくりと唾を呑み込むとドアノブに手を掛けた。すっかり乱してしまった息を深呼吸して整え、扉を開ける。

 中には、マーナ兵幹部の面々が張り詰めた表情で待っていた。部屋の真ん中には縦長の机が四つ繋がれており、その周りには左右に四脚、その奥に一脚椅子が置かれている。その椅子に座っていたのはグレアだ。彼女は他のメンツと比べると余り緊張していないのだろうか、いつものにやけた笑いをその顔に浮かべている。

「悪い、遅れた」

 そう言ってフェルトは所定の席に腰掛けた。グレアはそれを見届けて頷くと、

「うん、これで皆揃ったね」厚みを増した声で、「それじゃあ話し合おうか。オルト国侵略、その案について」

 それは昨日、グレアから聞いた案であった。その作戦を聞いた瞬間フェルトは即座に止めるよう説得したが、グレアは「詳しい事は明日話そう」と言って煙に巻いたのだった。

 今日こそ彼女を説得しよう。そう決意したフェルトは大きく溜め息を付くと、

「待て待て待て……私はそもそもオルト国への侵攻に賛成した覚えはないぞ?今はマーナ軍の復旧・増強を優先させるべきだ。はっきり言って、オルトに攻めるような体力は今の私達にはないと言わざるを得ない程だからな」

 フェルトの言葉を聞いていたのか聞いていなかったのか、何とも言えない表情のグレアは彼女に目を移すと、

「フェルト……そもそも、どうしてオルト兵がミランダに侵略したのか分かる?」

「どうして……?アークも言っていただろう?二体の召喚獣を奪取する為に襲撃したと」

「うん、それもあっただろうね。でも廃村急襲の真の狙い、それは私達を威圧する事にあったんだ」

 フェルトは眉間に皺を寄せ困惑した口調で、

「『私達を威圧する』?どう言う事だ?」

「どこから説明しようかな……オルト国北部にある『アスフォーダル』と言う植民地、皆も知っているよね」

 そう言ってグレアが落とした視線の先、机の上には大きな世界地図が置かれている。その地図に掛かれているこの世界の地理情報――地図の真ん中にでかでかと存在する巨大大陸。その北側を支配するオルト国。その南に大陸の右端から左端まで、アレキサンダー街道を覗いて余す事無く太線を引いているのが巨大樹・ネスト。そこから南にはオルト国と同規模のマーナ国が。そしてオルト国の北端、海岸線上には港町・アスフォーダルの文字がある。

「当然だ。確か、オルト国の最北端にある街で、植民地としては最大規模らしいな。それで少し前に政治的抑圧と民族問題が複雑に絡み合った結果、歴史上類を見ない程の暴動をそこの市民が起こして、それが一都市でどうこう出来る程じゃないとか……それがどうしたんだ?」

「その暴動を抑えつける為にオルトはアスフォーダルから最も近い都市・『ヘイム』に一度、国の殆ど全ての軍を集めて暴動を一気に鎮圧しようとしているらしい……そうでもしないと今回の暴動はマズいと判断したって事だね。その間、他の都市は守りが手薄になるだろう。もしそんな場所を敵国が攻め込んできたら……どうなるかな」

 アスフォーダルから見て三十キロ程南西に言った所にはヘイムと言う都市が。グレアの言う通り、他の都市はアスフォーダルからかなりの距離がある。次にその町に近いのは南南東にある帝都・マーナだが、それでもヘイムからアスフォーダルの距離の二倍程はある様に見える。

 フェルトはそんな当然の事を確認しながらグレアの質問の答えを考えていた――出てきた回答は当たり前すぎる物であった。

「まあ、その都市は一巻の終わりだろうな」地図に目線を落としながら、「つまり、ヘイムに国中の兵士を集めている隙にマーナから攻撃を食らうのは良くないと思ったから、今回の廃村急襲で召喚獣を回収すると共にマーナ兵の数を減らししばらくの間、攻められないようにした……って言いたいのか」

 フェルトは顎に手を当てながらグレアの言い分を反芻すると、頭の中が大量の欠点と疑問点で満たされてしまった。ごまんとある言いたい事の中から、取り敢えず一番重要そうな物を口にしてみる。

「何故そう思う?今回の進軍とアスフォーダルの暴動は全く関係ないかもしれないだろ?」

 グレアは分かりやすく怯んだ表情をすると、

「申し訳ないが確証がある訳では無い。でも強いて言うなら……廃村急襲で魔獣が来た程度でオルト軍が大人しく帰った事かな。あれ程の軍と博打を打ってきておきながら召喚獣を一体も獲得出来ずに帰ったって事は、そこには既に達成した他の目的があったからって思ったんだよね」

 フェルトは期待外れだ、と言いたげにフンと息を吐くと口の両端を歪め、

「話にならないな。私達はお前の妄想を聞きに来たんじゃないんだぞ?」口を元に戻すと、「それにお前がそこまで考え、半端な勢力でオルトに攻め入る……ここまでがアークの想像の範疇にある可能性も無くはないだろ?その場合私達は本格的に復旧の道を閉ざされる。いや、それだけじゃない。この数百年続くマーナとオルトの戦争を、私達のせいでマーナの民の敗北と言う形で終わらせることになりかねない」

 フェルトの意見に賛同するかの様に、周りから笑い声が聞こえてきた。口の片端を釣り上げて笑う、卑しい笑みだ。尤もすぐにわざとらしく咳をしてそれを収めた所を見るに、思わず溢れ出してしまった物だったのだろう。それ程にグレアの案は――。

 グレアは柄にもなくにやけた笑みを止めると真剣な顔で、

「確かにそうかもしれないね……でももしここで進軍を見送るとしたら、いつオルト国を攻め入るつもりなんだい?」

「それは……」

「十二年前にミフュースを攻めて以来ずっと、私達マーナの民はオルトを攻めれていない。ずっと、一方的に被害を受けているだけなんだ。アーク達が廃村急襲をした理由は兎も角、オルトの軍はヘイムに集結しているんだよ。もしこんなチャンスを見送るなら……いつになったら、私達は進軍出来るんだい?いつになったら、私達は勝てるんだい?」一度全員を見渡すと、「ここは全てのリスクを背負ってでもオルトに攻めるべきだ。私は強くそう思っている」

 グレアがそう言い切ると、その部屋はしんと静かになった。それを終わらせる様にして大きく溜め息を吐いたのはフェルトだった。彼女は肩をすくめると、

「……分かったよ。まだ決まった訳では無いが、オルト国に攻め入るとして、どの街を襲撃するつもりなんだ?まさかオルト国中の全ての都市を……なんて事を考えている訳無いよな?」

「ああ、勿論。その地図に赤丸で書かれている四つの都市を見てくれ」グレアは目線を地図へ落とし、「オルト国最大の工業都市・ミフュース。極寒の大地に花開いた都市・ヒペリオン。国中の兵が集結する都市・ヘイム。そして、オルト国帝都・マーナ。その四都市が、私達が攻める予定の場所だ」

 ミフュースはアレキサンダー街道から北東に行くとすぐに見えてくる都市で、ヒペリオンはミフュースから西へずっと移動すると見えてくる街だ。グレアの発言の通り、その四都市には赤丸がグルグルと付けられている。

 フェルトはそれらの赤丸をざっと見通すと、

「まあ、概ね予想通りと言った所か。四都市とも経済的、軍事的に繁栄しているからな……まだまだ視野に入れなければならない事があるな。おい、グレア――」

 フェルトがグレアに目を移した瞬間、グレアの喉の奥底から溢れ出してきたのは大量の咳。彼女の胸を裂く様にして何度も、何度も、何度も。収まったと思っても、すぐに次の咳が喉を抉じ開けてくる。途中から口内に鉄の味が広がっていき、口を押えていた手元には気付いた時には大量の血液がべったりと付着していた。粘り気のあるそのくすんだ赤い液体を見ていると、更に別の咳が。

「グレア!?大丈夫か!?」

 フェルトはそう言って彼女の背中をさすったが、余り効果は無かったのだろう。グレアが再び何度も咳をすると、指の隙間から血液が滴り落ちる。

「ああ……ごめん……大丈夫だよ」激しく呼吸をしながら、「さっきは言わなかったけどさ、今すぐ攻めたい理由は他にもあるんだよね」

「分かっている。お前の……寿命の話だろう?」

 グレアは奥歯を噛み締め、

「天賦魔法使いは皆、例外なく短命なんだ。私にはもう……時間が残されていない」

 両手にこびり付いた血液を見ながら彼女が思い出すのは、彼女の親友・フィリアの死に際。彼女と交わした、あの約束。

 グレアの脳内では未だに、虚ろな目で語りかけてくるフィリアが記憶の中心に焼き付いているのだ。

「君が今の私を見たら……笑われてしまうかもな……」


 そしてその翌日、エスとメシアはグレアに召集された。それを告げた時の彼女はどこか沈んだ表情をしており、いつものグレアとは異なるただならぬ気配を感じていた。

 自分達二人に関する、何か重要な事を語られるのではないか――。

 頭の片隅でそう思いながら、一体何が語られるのかを推測してみた。しかし何かピンと来るような答えが出てくるはずもなく、エスはメシアにも聞いてみたが、彼女も心当たりは無いと言っていた。結局グレアから話を聞くまで分からない、と言う事なのだろう。

 彼女と落ち合う事になっていた部屋に行ってみると、グレアはやはり沈んだ表情をしていた。いつもの様な、口の両端に見せていたにやけはどこにも無い。

「グレアさん、話したい事って言うのは……」

 恐る恐るの口調でエスはそう言った。しかしグレアは彼らと目を合わせる事すらせず、

「正直に答えてほしい。君達はアトリーと同じで、オルトから来たスパイなのかい?」

 突然、いわれのない事を述べられた二人には理解が追い付かなかった。

「……!?違います!俺は俺の住処を奴等に奪われたから……その仕返しをする為にマーナ兵に志願したって――」

「じゃあどうして君達は申請用紙に虚偽の出生地を記入したんだい?」

 そう言って二人の眼前に突き付けてきた物は――マーナ兵申請用紙。三年前、エスとメシアがマーナ兵の選抜を受ける際に記入した書類だ。そこの出生地の欄にはギャザリアと書かれている。

 二人はあ、と言いそうになるのを喉元で何とか押しとどめた。

「アトリーの一件があったからね、九十三期生の身元を再び洗い出したんだ。そして君達の出生地を調べていて気が付いた。ここに書かれている住所にあるのは民家じゃない。ただの宿だった。そこの宿主に聞いても君達の事は知らない、と言っていたよ」少し間を置き、「もう一度聞こう。君達はオルトからきたスパイかい?」

 勿論、出生地を偽ったのはネスト内部に存在していた村に住んでいたという事を隠す為だし、そもそもオルト側に付く道理なんて一切無い。

 エスはメシアと目を合わせながら考えている。

 しかし、こうなった以上隠し通す事も出来ないだろう。この三年間、心から通じ合った仲間達や目上の者達に隠し事をしてきた罪悪感と言うものはやはりあった。残ったテレサにだけでも言っても良いのではないかと思った事もあった中、こんな状況が来てしまった。

 最早、これ以上隠しておいても良い事は一つもないだろう。

 エスはもう一度メシアと目を合わせると、彼女は小さく頷いた――メシアも同じ様に考えている、と言う事なのだろう。

 覚悟を決めたエスは洗いざらい、全てを語りつくした。自分達はネストの中にあったファランジュと言う村から来た事。そこに三年前、オルト軍が攻めてきた事。今までこの事について黙っていた理由。

 エスはそれら全てをグレアに信じてもらえるとは微塵も思っていなかった。寧ろ、この中の一つでも信じてもらえられたら良い方なのだろう。しかしその様なエスの予想とは裏腹に、グレアは彼から話を聞くたびに彼女の仏頂面を崩していき、最後にはいつもの様に口ににやけた表情を戻していた。

「へえ……そうかい……森の中にある村・ファランジュ。差し詰めミランダの完成形とも言うべき代物か……」とグレアは顎に手を当てながら言った。

「俺達の話を信じてもらえないかもしれませんが……それが真実です」

「いや……信じるよ。それなら出生地を偽っていた理由も一応説明が付く。って言うか私は君達がスパイとか一ミリも考えていなかったし」

 メシアは目を大きく開き困惑した口調で、

「え……でもさっき……」

「ああ、いや、普通に聞いたらはぐらかされるかもしれないと思ってあんな感じで聞いただけだよ。だってほら、君達が本当にオルトのスパイなら廃村急襲の時にアトリーと本気で戦ったり、森から大量の魔獣を連れてこないでしょ?」

 まあ、確かにそうであるが。しかし他に自分達から真実を吐き出させる方法はあったのではないか。いやいや、何の罰も無さそうなだけ良いだろう。いや、それにしても――。

 何とも歯痒い気持ちに苛まれている様子のエスとメシアにグレアが掛けた言葉は、余りにも魅力的な物であった。

「騙してごめんね。お詫びと言ってはアレだけどさ……戻ってみたくない?君達の故郷に」


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