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赫燭大戦記  作者: 赤松一
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第十話:天賦魔法 ②

 イフリートとタイタン。彼らと対峙するは、マーナ兵最強と謳われる男・レイ。

 レイがその口に僅かな笑みを浮かべた瞬間、彼の足元が赤白い光を放ち始めた事に気が付いた。下を見てみると、見渡す限りの周辺の地面が浮島の様にひび割れているではないか。そしてその隙間から姿を覗き見せているのは、人間が耐えうる温度を遥かに超えているであろう灼熱の溶岩。それはレイがその場を離れるよりも圧倒的に早く、彼の顔面を真っ赤に照らすと一瞬にして噴火を引き起こして大気圏まで昇り上げた。

 絶え間なく変化を続け、人類に根源的恐怖の一片を呼び起こす炎。それは遠くから眺めるとまるで一種の華の様でもあり、それが引き起こした振動と轟音とは完全に真反対な美しさを兼ね備えている。

 しばらくしてそんな炎も線の様な細い煙を残して消えてしまったが、その場には既にレイの塵一つすら無かった。焦土の土地で、肺を満たすは焦げが染みついた真っ黒な匂い。

 レイは消し炭となりこの世から消え去った。周辺を見渡したイフリートはそう確信したのだろう、その口にはにやりと勝利を想起させる笑みが。

「だから言ってるだろ?」

 だが、その時だった。イフリートがタイタンの頭頂部、そこに佇むレイの姿を認めたのは。傷一つ付いていない体の両手には氷棒を、その顔には先程イフリートが浮かべた様な笑みを。どうやらイフリートの炎が垣間見えてから炸裂するまでの刹那の内に、彼はそこまで移動したらしい。

「ナマぬりィんだよ!!」

 レイはそう叫ぶと同時にタイタンの頭部に向かい氷棒で瞬く間に何度も切り刻んだ。空中には幾つもの残像が浮かび上がり、最後の一撃にはダメ押し、と言わんばかりに両手の氷棒を頭部に突き刺した――しかし、それよりも早くタイタンの頭は再生をしたのだろうか、そこには一切として傷が付いていない。レイが斬撃を加える前と全く同じの状態の頭部には、一つとして変化を認める事が出来ない。

「これは……」

 いや、頭部を観察していると気が付いた。氷棒を中心として、その頭にはまるで自らを液体だと言いたげに波紋が広がっている。そして先程切り刻んでいた際に氷棒から手元へと伝わってきた奇妙な触感。ヌメリとした、とても岩を切っている時には伝わってこない様な感覚。

 これらを総合して考えると、もしかしたらタイタンは自分自身の肉体の状態を変更する事が出来て、その形状は重力に影響を受けないのだろうか。他者を攻撃する部位だけを固体に、それ以外の部分を液体にすれば本体には一切の攻撃を受けず攻める事が出来る。もしこれが本当ならば――。

「厄介だな……」

 その様に推測したレイ。彼はタイタンから離れると二人から距離を取った。

 しかし、その口には未だに衰える事のない笑みが残されている。


 どうやら東側の進行も芳しくない様子だ。

 フェルトは召喚獣達と戦うレイを遠くから見て思考する。

 こちら側の進撃が上手く行っていたのはレイがいる向こう側に獣機や兵士が多く移動した為なのだろう。ならばこちら側が攻めるべきなのだろうが……如何せん、氷鬼が多すぎる。氷鬼を一体倒すのにマーナ兵が五人程度必要だが、私達が交戦している氷鬼は十八体。対して西側に来たマーナ兵は約四十人。明らかに数が足りない。

 目線を上に向けてみると、空飛ぶ翼の生えた氷鬼の腕にアーネールがぶら下がっている。

 それにアーネールの救出にも向かなわなければならない。氷鬼に担がれているのがバハムートの結晶ではなく彼女であるという事は、幸いな事にアーネールは生きているのだろう。召喚獣・シヴァを手に入れたいが、彼女の保護は『アイツ等』が来る前に完了させなければならない。それならもう、この辺りが潮時だ。

 フェルトはその場に立ち尽くし深々と溜め息をつくと、

「本当は殺したかったが……仕方がないか」それから俯いた顔をフブキの方へ向け、「おい、シヴァの継承者。今すぐにここから去れ。さもないとお前の命は保証しない」

 フェルトの言葉を聞き、最初は面食らった様に茫然と丸い口を開けていたフブキは、すぐにその口の両端を釣り上げ顔全体ににんまりとした笑みを浮かべた。

「へえ!面白い事言うねえ!」声を僅かに落として厚みを増した口調で、「来なよ。僕を楽しませてみな」

 彼は最初から一貫して、まるで戦う事その物を楽しんでいるかの様だ。彼の兄の様に。

 拳を握り締め、一歩一歩フブキに近づくフェルト。彼女が大地を踏みしめると、湿った土壌に彼女の足跡が刻印される。周囲の氷鬼達はまるでその瞳にフェルトが映っていないかの様にして彼女を避けているように見える――フブキがそうしているのだろう。彼が発した言葉の通り、彼自身もフェルトが何をするつもりなのかを知りたがっている、と言う事なのだろう。

 遂にフェルトがフブキの前に立ちはだかった。互いの呼吸音が聞こえる距離で睨み合う二人。実際にはフェルトの方がフブキより若干背が高い程度だが、周りの目には彼女が発する気からだろうか、よりその差が大きく見て取れた。見下すフェルト。見上げるフブキ。

 フブキはその口の両端を大きく釣り上げると、

「ねえ、一体何をするつもりなの?早く僕を――」

「唸れ、暴風」

 フェルトがそう言った次の瞬間、フブキが感じたのは圧倒的な風圧。彼の眼の前で突如発生したその風は空間を歪めながらフブキに襲いかかる。それはフブキの呼吸を拒む圧力で激突し、骨が砕けるのではないかと思う程だ。鼓膜が悲鳴を叫び、呼吸しようとすると胸の苦しみが。髪の毛は四方八方に暴れ回り、瞬き一つすらままならない。彼の皮膚はその風圧から何層にも折り重なり、もはや口を閉じる事すら不可能だ。

「こい……つ……」

 フブキは何かしようとフェルトに腕を伸ばしたが、その時には既にもう手遅れであった。次の瞬間には彼の身は空中に放り投げられ、未だに行動の一つする事が出来ない。それでも尚地上から打ち付ける風は止む事を知らず、まるで上空に落下していく様だ。それから十秒も経つ事無く、彼は地上から三十メートル程に打ち上げられた。

 絶体絶命。その言葉に最適な状況に陥ったフブキ。それでも尚、彼の笑顔は少しも崩れていなかった。

「ありがとう!その内ブッ殺してやるよ、風の魔法使い!」


 場面は変わりその真下、ミランダ内での出来事。

 グレアは徐に懐からナイフを取り出した。先端が非常に鋭いが、刃渡りはそこまで長くはないナイフ。柄の部分が少し黒ずんではいるが刃が滑らかな事から丁寧な手入れがされていると見受けられる。グレアは何の躊躇いも無く、それを自らの右手に突き刺した。

「グレアさん!?」

 ナイフの刃渡りは長くなかったが、それでも彼女の手を貫通するのには十分だった様だ。グレアの手を切り裂いた刃の先端から、宝石の様な鮮やかな赤い液体が地面へと数滴滴り落ちる。そのまま引っこ抜くと、手の平からジワリと血が滲み出してくる。グレアは痛みを感じていない――と言う訳ではなさそうだ。右手をぐっと握り顔全体に皺を寄せ、歯を噛み締めると、

「ああ……大丈夫だよ。如何せん、私の魔法は扱い辛くてね」視線を手の平から目の前の獣機に視線を移し、「さあ、殺り合おうか」

 獣機は鎖を蛇の様にしならせ右腕に付いたモーニングスターをグレア目掛けて叩き付ける――彼女が地面を蹴飛ばしたのと鉄球が地面に激突したのは同時であった。寸での所で回避したグレアは獣機に次の行動をさせる暇無く、地面から獣機の肩まで一直線に繋がれた鎖を伝り、獣機の頭上に到着した。そこには、この獣機の出入り口用のハッチが。ボディ部分と同じ色の塗装をされた、マンホールの様に取っ手付きの丸いハッチ。この中には、この獣機の操縦者がいるのだろう。グレアは深々と溜め息をつくと、取っ手に手をかけハッチを開いた。なるべく中を見ないようにしながら右手をかざすと、彼女の血液がその内部に入り込む。

 そして姿勢を直してパチン、と自らの指を鳴らした瞬間――ハッチの中からちょろちょろと燻りながら溢れ出してきたのは、緑の炎。獣機が小刻みに震えだし、その次のその中から出てきた物は、操縦者達の身を削る様な悲鳴。

「自らの血液を緑の炎に変換する。これが、私の天賦魔法だ。そしてこの緑の炎に他人の血液が触れると、炎はその血を燃料にして更に勢いを増す。つまり――」

 獣機の震えが壊れた振り子の様に徐々に強くなっていく。そしてそれが限界点に達した瞬間、ハッチからマグマが噴火したかの様にして天へと身を伸ばす緑の炎が勢い良く爆発した。

 グレアの両の瞳に反射する、緑の煌めき。

「少しでも緑の炎に侵された者は、必ず死ぬ」

 その爆発を機に獣機は完全に活動を停止し、緑の炎にただ黙々と侵されるのみとなった。それを見届けたグレアは視線を森の奥に据えると、

「さて……先に進もうか」


 どうやらグレア達の方は順調そうだ。それならばもう時間を稼ぐ事を意識せずコイツ等を倒してしまっても良いだろうか。

 グレア達の方を見ながらそう考えたレイ。そして彼の僅かな視線の移動を見逃さなかったのは召喚獣・タイタン。タイタンが右腕を大きく天に掲げると、その手の先は雲に届かんとする程に高く伸びた。そしてその腕をレイに目掛けて一振り。

 レイがタイタンの拳を避けることなくその下敷きになったのは、不本意だったのだろうか、意図した物だったのだろうか。

 タイタンの拳が接地した瞬間に爆発音の様な怒号が鳴り響き、その腕を爆心地として戦場全体にドーナツ型の土煙が走った。その廃村にいた者全員の視界は土埃に奪われ、目の前にいたはずの敵影すらその影が見えない。そのせいだろう、何とか情報を集めようと全員の視線が自ずと彼らの上方――タイタンに集まったのは。

 その為、その村にいた皆は目撃した。『その景色』を。

 たった一瞬の内に氷漬けにされたタイタン。音も無く、瞬きの内に氷の像へと変貌を遂げた、その土人形の姿を。

「これで俺の攻撃が当たるなァ……」

 地面の中、タイタンの拳の下からそんな籠った呻き声が聞こえてきたその次の瞬間、ピキピキピキ、と鏡を落とした様なヒビがその右腕に三筋。それはすぐに肩から胸、そして腹へ広がり――その全身を包み込んだ。ピクリとも動かず、今にも粉々になってしまいそうなタイタン。数秒前の獰猛さは見る影も無く、綱の上の均衡に硬直したその彫刻に、いつしか皆が見とれていた。

 そして獣の様な鳴き声が一瞬鳴り響いたかと思うと、パキン、と正しく鏡が割れた様な音を大きく残し――タイタンは砕け散った。

「あり得ない……」

 その廃村にいた誰かがそう言った視線の先、氷の雨に打たれながら宙に浮かぶタイタンの核を見据えるレイ。夕日に当たり照らされるその雨は氷と言うより炎の様であり、レイは目をタイタンに核を固定させたままその手に氷の棒を生成した。

 そのままタイタンを終わらせる気だ――そう判断してレイの背後から襲い掛かったのはイフリート。鋭利な牙を剝き出しに、その体からは炎が溢れ出す。その動きを予想していたレイ。背後へ振り向くと同時に姿勢を低く、片手を地面に置いた。そしてイフリートの真下の地面が低く光ると同時にそこから生えてくる、先端の鋭い氷柱。イフリートの胸元を貫くと同時に天に向かい伸び続け、最終的には三十メートル程になった。その先端で両手両足をぶらりと垂らすイフリート。その首もぐったりとしており、何の抵抗も見せずに自然の動きに従うのみである。しばらくして、遂にその体から水が沸騰したかの様な湯気が出始めた時に皆が悟った。

 イフリートが倒された。呆気も無く、たった一人の手によって。

 レイはそんな情けのないイフリートの姿に気も留めず、その顔だけを未だ宙に浮かぶタイタンの核に動かすと、

「次」


 あっさりと倒されてしまったイフリート。何の防衛手段もなく核を剥き出しにしているタイタン。

 そんな二体の召喚獣の姿を遠く瞳に移しながら、僅かに溜め息を付いたのはアーク。

「無理はしなくて良い。タイタンまで倒される前に撤退させてくれ」

 そう言って目を向けた先にはアトリー。何の返事もする事無く、彼女はずっと立ったまま目を瞑っている。だが冷や汗を掻いたその顔は心なしか焦りと不安に駆られている様に見える。


 重力に逆らい宙に佇むタイタンの核。一見しただけでは単に直径二メートル程度の岩にも思えるが、よく見ると紙の様に薄く繊細な物体が幾重にも重なり核を構成している。

 それをどう破壊するか思案するレイ。

 槍状の氷を生成してそれを当てる?それともあそこまで跳躍して破壊する?いや、あの状態でも周辺の周囲の土は動かせる。それで抵抗されたら時間が掛かってしまうだろう。それでも問題無いが――。

「アイツ、とんでもない高さに飛ばしやがって……僕じゃなかったら死んでたぞ……」

 その瞬間、レイは目撃した。

 煙幕の向こう側、鮮明で曖昧な記憶の奥底から這い出てきた、彼の姿を。十二年前に異なる道を選択したあの日の兄弟が、異なる信念を胸に掲げ戦場にて介するその場面を。

 レイの瞳は『彼』をその網膜に映すと、僅かに口を震わせ声にならない声で、

「フブキ……?」

 フブキもレイの姿を見かけると大きく目を剥いた。しかしその表情は兄と百八十度真反対であり、口の両端と眉を上げ、その顔からは隠しきれない歓喜の念が溢れ出ている。

「あれェ!?兄さんじゃん!」

 廃村の上、煙の中、人知れず始まる兄弟喧嘩。今からここで始まるのは、最強の兄弟喧嘩。

 兄と弟。二人の影を夕日はただ、地面に映している。


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