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赫燭大戦記  作者: 赤松一
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第十話:天賦魔法 ①

 オルト国帝都・『マーナ』。総人口約二十万人。総面積約三千五百平方キロメートル。多彩な人種がその街に集まり、夜になった時に現れる地上の星々は、この世にある他の街のそれを遥かに凌ぐ数と煌めきを放つ。

 帝都・マーナ、そしてオルト国全体の政策が練られている場所は、その街の中心にある宮殿・『クライスト』だ。自由を表す『青』。平等を表す『白』。その二つの色により形作られた城壁に、その頂点で光り輝く黄金のドームにはオルト国の絶対不変・永久不滅が示されている。その宮殿は左右に円錐形、正面に僅かに丸みを帯びた正方形の建物で構成されおり、完璧なシンメトリーを建物全体で奏でている。

 アークが日々の執務を行う場所はその宮殿の右側の建物、その一室。〇の上半分を縦に引き伸ばした様な形をした両開きの扉を開けると、少し間を置いた正面には横に広い机。その奥には飾らない木製の椅子。更にその奥には四角の窓。それ以外には向かって左側に本がぎっしりと詰め込まれた棚があるのみで、質素と言う感想が第一に出てくる部屋だ。

 その日も、彼は一人頭を悩ませていた。

 マーナ国との最適な武力交渉、ヒペリオンに蔓延る反社会勢力の監視体制、近年オルト国北部の植民地域で勢いを伸ばしているクーデターの鎮静方法。

 アークの俯いた顔を上げさせたのは、扉から不意に響いたノック音だった。

「入れ」

「失礼します」

 そんな声が聞こえてくると、キイと扉が開いた。そうしてその扉の奥から露わになったのは、側近の一人。シミ一つない白シャツとその上には対照的な黒のジャケット。一つの皺も無く、髪型も整髪剤で整えられている。

 部屋の中に入ってくると軽く咳をして、

「たった今、マーナ軍に忍び込んでいたアトリーから一報が。それによりますと――」

 そうして知らされたのは、アトラス要塞の崩壊。召喚獣・イフリートの奪取。オーディンの召喚士の発見。廃村・ミランダの存在。そしてそこにバハムートとオーディンの継承者、多数のマーナ兵が集う手筈であると言う事。その具体的な日時。

 最後に、廃村急襲についての提案。


「戦闘開始!」

 アークとグレアの声が一点に重なった瞬間、廃村の上空を再び閃光が覆いつくした。その光に思わずアークは腕で目を塞いだが、それでも余りの眩しさにその隙間を潜り抜けて光は目の内側へと到達してきている。

 先程のフブキの氷柱の雨の際に発生した光と似てはいるが、今回は明らかにマーナが発生させた物なのだろう。もしかしたら皆の目が眩んでいる今の内にこの場から逃走を図っているのだろうか。それならば彼らを後方から狙うように全体に指示を与えなければ。

 アークがその様に思考を巡らせていると遂に光の勢いは萎み始めた。それに加えて少しずつ目も慣れてきたのだろう、もう大丈夫だと判断したアークは腕を除けてみた。

 するとアークの思惑通り、マーナ兵達はその身を露わにしていた。だがしかしたったの一人として後退している者はいなかった。

 マーナ兵の内半数程がアークから見て左、つまり東に、もう半分程度が右、つまり西に向かって進撃している。少数ではあるがその瓦礫の中に身を潜めたままの者達も存在し、恐らく彼らは地下室に閉じ込められたバハムートの召喚士を救出しようとしているのだろう。向かって右側のマーナ兵達の中ではオーディンが存在感を放っている事から、大方右側のマーナ兵の内の誰かが召喚をしたのだろう。

「成程な、二手に分かれて撤退……いや、ネストに入り込み攻めてこようとしている……?この機に乗じ、私の首を掻っ切るつもりか」

「どう致しますか?」とアトリー。

「……アトリーは東側、フブキは西側の対処を頼む。君達の後ろから他の兵士達や獣機が援護をさせよう」

 マーナ兵が一手打ってきたが、依然としてオルト兵の優勢は揺るがない。だが、あの中にはレイもいるはずだ。それならば私はこの状況に胡坐を掻く事無く目を光らせるべきだ。

 アークは心の中で自らの緒を締めた。


 ミランダ東にて。

 ネストを目指して駆け走るグレアと、彼女の後を追うレイ、テレサ等マーナ兵達。オルト兵による容赦のない銃弾の雨は止まる事を知らないが、残っている村の建物の間を搔い潜り無理矢理に体を動かす。隣にいた味方の頭に弾が被弾し、直前まで人の形を成していた肉塊に叫び声をあげている者もいる。飛んできた瓦礫に圧し潰された者もいる。ネストはもう目と鼻の先と言うのに。

 このままでは森の中に入り込むまでに全滅してしまうかもしれない――。

 そう考えたグレアは後ろへ振り向き、声を張り上げた。

「皆!どうにか堪えろ!このままネストに入り込み、射線を切るぞ!」

「グレア!その後はどうする!?」とレイ。

 グレアは一瞬だけ『彼女』に目を移すと、

「テレサの作戦通りに行く!だからメ――」

 グレアの言葉を遮る様にして突如、すぐ近くの建物が悲鳴を上げ始めた。柱はまるで互いに共鳴するかの様にして軋み音を立て、屋根が徐々に傾いていく。瓦は一斉に地面に滑り落ち、壁には亀裂が走る。柱が乾いた音を立てて根元から折れ、ゆっくりと、しかし確実に崩れ去るその建物はまるで地面の中に下側から沈んでいくかの様だ。

 グレアは最初、その建物に大して気を留めなかった。崩れ去る建物なんてこの戦場において特段珍しい物でもなかったからだ。しかし、彼女はすぐにそれに釘付けになる事になる。見てしまったからだ。感じ取ってしまったからだ。瓦礫となった建物その奥、粉塵の中に蠢く二体の異質な存在に。

 全身が岩で構成された巨人と、獄炎に包まれた蜥蜴。

 崩れ去る建物の中から現れた二体の怪物。グレアだけでなく、そこにいた皆はそれを見て思わず動きを止めてしまった。

「タイタンとイフリート……」

 まさかここまで向こうが出し惜しみなく召喚獣を使ってくるとは。

 グレアは急いでレイの方に首を動かすと、

「レイ!コイツらの対処を頼む!」

 彼女の言葉が聞こえた時には既に、レイは霞の様な白い吐息を吐きながら口の両端を釣り上げた笑みを浮かべていた。すると彼の足元に浮かび上がる白色の光。それが徐々に雪の結晶の様な形へと変化していき、レイの両手には棒状の氷が。

「てめぇらにはもう……飽き飽きしてんだよォ!!」

 レイの全身から氷の気が出ると、タイタンとイフリートの視線が自然とそちらに移動した。タイタンは彼に向ってゆっくりと拳を振り上げ、イフリートは大きく両腕を広げ飛び掛かる。だが彼らを出迎えるのは、ニタリとした笑みを浮かべたままのレイ。

「私達は先を目指すぞ!」

 交じり合う三体の異形。彼らの様子を尻目に他の者達は森の中を目指す。

 レイがたった二体の召喚獣に負けるとは到底思えないが、やはりもう少しはタイタンとイフリートに人を割くべきだったかもしれない。

 グレアは走りつつ、召喚獣と戦うレイの方を見ながら考える。

 いや、大丈夫だ。彼を信じよう。彼は魔法と彼自身の性分の都合上、他人と共闘するのには向かない。人を遣ると返って足手纏いになるだろう。私の判断は間違えていない。ここは彼に任せて私は目先の事に集中しよう――。

 そう思い正面に振り返ったその直後、彼女が視認したのは――目の前に迫りくるモーニングスター。レイの方に意識が割かれていた内に獣機が近づいて来ていたようだ。

「アブな!」

 グレアは無理矢理に大きく仰け反ると彼女の鼻先をモーニングスターの棘の部分が掠めた。急いで態勢を戻し前を見てみる――目の前にいるのは、三メートル程の人型の獣機。だがその表面は鋼の様な色合いで関節部分は幾つかの管のみになっており、何より両腕には手の代わりにモーニングスターが付いている。

 こいつを無視して進むのは不可能だろう。だからと言ってここでイフリート戦の時に使った魔具・バーストを使いたくはない。

「やっぱり……厳しいか……」とグレアは俯きがっくりと肩を落とした。

 なるべくなら使いたくはなかった。『それ』は使い勝手が最悪な為、こんなに仲間が密集している所では尚更だ。だが、もう仕方がないだろう。

 グレアが顔を上げると、彼女の瞳には獣機が反射した。

「私の魔法を使う。死にたくなかったら離れておきな」


 それと同時期の西側。そちらに向かったのはエスとフユ、フェルトを含むマーナ兵。

 どうやら西側の進行は東に比べて順調そうだ。彼らは既に森の中に入っており、木々を盾にして銃弾を遮っている。更にオーディンがいるお陰で獣機も比較的楽に倒せており、その勢いは止まる事を知らなさそうな様子だ。

「私達はこのままネストを進み、アークを目指すぞ!」とフェルト。

 しかしその様な勢いは突如として無くなるのが常だ。

 相対していたオルト兵、獣機共々が急にその動きを停止させたのだ。それはまるで彼らの身の周りだけ時間が止まったかの様である。そうかと思えば彼らは何も言わず、徐にマーナ兵に背中を向けて後退し、木々の向こう側に消え去ってしまった。

 木陰の闇に飲み込まれた彼ら。マーナ兵を間髪入れずに襲い掛かって来る物は――冷気。

「……?何だ?」

 木々の隙間から洪水の様にして雪崩れ込んでくる、雪粒混じりの真っ白な空気。それが一瞬にして周囲を包み込むと、まるでマーナ兵が雪山の中に迷い込んだかの様だ。その中にいる冷たさは、ただ『寒い』と言い表せられる物ではない。肌を切り裂く様な風が息を吸い込む度に肺の中に侵入してきて、体中をナイフで滅多刺しにする。それだけではなく、外側からも服と服の隙間に忍び込み、体外からも執拗に凍り付かせてくる感覚だ。

 眉毛の先端に小さな氷の粒が生じ、瞼を閉じる度に微かな痛みが走り始めた時、一人の男が木陰から姿を現した。

「あれ~~?君達が僕の相手ぇ?」

 妹の様に幼さが残っている純粋で真っ黒な瞳。兄とは異なり前髪を下ろして横に流している、真っ白な髪の毛。彼の口元は両端が大きく吊り上がっており、眉を八の字の様にして顔全体に大きな笑みを浮かべている。

 数年前に家族を和を絶った彼――フブキだ。

「シヴァの召喚士か……なるべくなら相見えたくなかったな」とフェルト。

「どうしますか……?ここは撤退する事も一つの手かと」

「いや、最終的な目標はアークの首だが……なるべくならシヴァも欲しい。戦うぞ」

 フェルトとマーナ兵がそう話し合うそのすぐ横、大きく目と口を開けているのはフユ。彼女は前方から吹く冷風を物ともしない様子で彼に話しかける。

「兄さん!?フブキ兄さんなの!?」

「あれぇ!フユじゃん!久しぶりだねぇ!」

 フブキもフユと同じような表情で彼女を見つめ返したが、やはりその口の両端は上がったままだ。

 何故彼がオルト側に付き従っている?まさか彼がシヴァの召喚士なのか?

 フユの頭の中でうねり始めた大きな疑問。それを胸中に抱えたまま何も出来ずにフブキを見つめていると、彼は徐に右腕を前に出した。手の平を下に向け、腕と胴の角度は九十度程度だろうか。すると、ずっと笑顔を張り付けていた彼の表情が遂に変化した――スン、と無表情になったのだ。目を伏せ、釣り上げていた口の両端を下に向けている。

 そして――。

「『氷鬼』」

 ボトン、とフブキの手の平から地面に落ちたのは一塊の氷。海の様な透き通った青色で丸みを帯びた形をしており、その氷の内部には藍色の細い線の様な物が幾つか伸びている。一見すると、『氷鬼』の印象はその様な物であった。だがすぐに気付いた。それを氷と言うには余りにも――。

 胎児に似すぎている。

 丸みを帯びたその体には胴と同じ色の球体がくっ付いており、その球とは離れた場所に四本、ぶにぶにとした肉付きの良い手足が生えている。正に胎児がうつ伏せになり丸まった様な態勢で固まっていた『氷鬼』。その物体が徐々に頭部を動かしてマーナ兵にその顔面を見せると――その顔には目も口も、何も無く、ただデコボコとしているのみだ。

 フユがそんな異形の氷にハッと息を詰まらせた瞬間、突如としてその氷鬼の体全体が波打った。そして氷鬼の表面で起きた津波がその体を一周したかと思うとその頭から生えてくるは、二本の角。先端が鋭く、氷の表面を突き破る様にしてその角が生えてくると同時に、ゆっくりとその体が肥大化していく。急速に成長を迎えたその氷は見る見るうちに大きくなっていき、五秒程経過した時であろうか、その氷鬼の姿はもはや胎児ではなくなっていた。

 身長は優に三メートルを超しており、腕や足には丸太の様な立派な筋肉が付いている。何より最も変化したのは、その頭部。何もなかったはずの顔面には外側が大きく吊り上がった二つの目玉、二本の長い角、そして口元には烏の様な嘴が。

「何が起きてるんですか!?」

「氷鬼……見ての通りその場に氷を生成して、操る。だから変幻自在にあんな姿にも出来る訳だ。確かに一体一体は強いが、氷鬼の真価は――」

 フブキは続けざまに二十体程、氷鬼をぼとぼとと地面に落とした。

 そしてそれらも例外無く、皆全身が波打ち角が皮膚を突き破り、嘴が生え肥大化した。一瞬にして溢れ出した氷鬼達の半数程はその場に留まる事無く、木々の間を駆け抜け廃村に躍り出て東から侵略しようとしているマーナ兵に襲い掛かり始めた。中には背中が突き破られ、角だけでなく翼が生えてくる者もいる。

「その手数の多さにある。言いたくなかったが、シヴァは戦場における最強の召喚獣だ」

 フユはミランダの方に首を回した――村の中央にあった比較的大きな建物の地下牢。アーネールが閉じ込められている場所。そこに向かう氷鬼達も大勢いる。考えるまでも無く、そこにいる彼女を狙っているのだろう。

「アーネールの方にも……」

 彼らは瓦礫を押しのけてアーネールを助けようとしていたマーナ兵を容易く殺害し、今度は自分達の手で瓦礫を退かしている。彼女が生きていたら彼女の身を、死んでいたらバハムートの結晶をアークの元まで持っていくつもりなのだろう。

 何とかしなければ――。

 そう思いながら、フユは遠くの方で繰り広げられていたその光景に視線を固定させていた。その為、直前まで気が付かなかったのだ。背後から忍び寄る、一匹の氷鬼の存在に。

 フユに襲い掛かる氷鬼。しかし、『襲い掛かる』と言っても攻撃してきた訳では無く――後ろから抱き付いてきたのだ。

「え……?」

 丸太の様な二本の太い腕が彼女の軽く括れた腹部に絡まりつく。そして体を密着してきたかと思うと、その氷鬼の形状が変化していく。まるでフユの熱で溶け出したかの様にして少しずつ形を無くしていき、粘性の強いドロドロの液体になっていく。そうして徐々にスライムの様になっていくと同時にフユの全身を覆っていき、二十秒程して彼女を完全に包み込んだ液状の氷鬼は、今度は彼女の口内に。

「ごめんね、フユ。ちょっとだけ我慢して」

 口の中に入り込むスライム。フユは急いで息を吸おうとするが、既にスライムは気道に入り込んできていた様だ。呼吸が拒まれ、肺に空気が入ってこない。胸苦しさを感じながら今度は手を動かそうとする――駄目だ、動かない。氷鬼は液体の様でありながら固体の様にがっちりと彼女の体を捉えている。指先一つすら動かせない体で、肺だけが不自然に激しく上下する。空気を欲しているのだ。命を欲しているのだ。しかしそれすらも出来ず、彼女の意識が遠のいていく。それと同時に世界も彼女から遠ざかっていく。音もどこかに消え去ってしまい、キーン高く鳴る耳鳴りだけが彼女に残されている。それでも氷鬼は彼女を追い詰め続け――ガクン、と意識が暗闇に呑み込まれてしまった。

「フユ!」

 フユを取り込んだ氷鬼はそのまま森の闇の中に消え去ってしまった。


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