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赫燭大戦記  作者: 赤松一
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第一話:故郷焼失 ②

 太陽が眠りに落ち、村全体に静寂が訪れた。まるで静けさがファランジュに透明なヴェールを被せているかの様だ。

 外ではどこか遠くの方で蛙や梟が合唱を繰り広げている中、家の内でエスは二本の蝋に火を付け、ぼんやりとナイフに映る自分の像を見ている。青よりもより透明で、透き通った蒼色の瞳に金色の髪。この特徴は、どちらの親から引き継いだのだろうか。もしかしたら姉も自分に似た特徴をしているのかもしれない。

 未だに生きているかも分からない家族の事に耽っていると、彼の背後でギイ、と扉が半分程開いた。そこから顔を覗かせるのは、メシアの顔。蝋の灯が彼女の顔にも当たっている為表情が良く見える。何の感情も浮かべていない、その表情が。

「……何だよ」

「……さっきはごめんね、エス」

 メシアは更に扉を開けると微笑み、

「外で話さない?」

 扉の隙間から入ってきた風が吹き、二本の蝋の内の一本が糸の様な細い煙を残して姿を消した事に二人とも気が付かなかった。


 扉を開けてみると、外は思わず肩を竦めてしまう程に寒かった。やはり今年の冬はかなり寒くなるのだろう。

 二人はそのまま給水塔へ向かった。木製の支柱に支えられた、同じく木製で円筒形の給水タンク。屋根は円錐形になっており、作られてからかなり時間が立っているのか所々でシミや変色が目立っている。梯子を上り支柱とタンクの間にある木の板に腰かけると、最初に口を開いたのはエスの方であった。

「さっきは……俺の方が悪かった。ごめん、メシア」

 エスは俯いたままそう言ったがメシアは何も返さなかった。ただ目を丸くして、口を大きく開けている。何かに驚いた表情を見せるだけの彼女にエスは耐えられなかった。

「……何?その表情」

「いや……エスが素直に謝るのが、凄く珍しいなって思って。でもその言葉はブレイドさんに次に会った時に掛けてあげてね」

「俺をそんなガキだと思ってんのかよ」

「ジョーダン、ジョーダン」とメシアは自らの手をひらひらさせた。

 メシアは脚をぶらつかせながら上を見てみると、空を漂う幾千万もの星々が彼女の目に反射した。夜闇に飲み込まれる事を拒むかの様に煌々と輝く財宝。その中には、一段と明るい光を放つ大きな赫色の星もある。

 メシアの瞳にとても良く似たその星に見とれていると、隣でエスが再び口を開けた。

「この森を出たら他の人とも上手くやらないとダメだろ?このままじゃ駄目だと思って」

「うん……そうだね。いつか、この森から一緒に出よう。私は色んな人に会って、その人達とお話ししてみたいな~」

「ああ、そうだ。俺はこの森を出たら、見た事ない物を見て、食べた事ない物を食べて、勿論、俺の本当の家族に会わなきゃだし……そうだ、召喚獣にも会ってみたい」

『この森から出る』。それは、この村の禁忌の一つ。村から一歩外に踏み出せば、そこは地獄。ネストに巣食うは、目を合わせただけで命を落としてしまうかもしれない様な魔獣達。これ以上そんな怪物達から被害を受けないように、と先人が言い残したのがその教訓であると父から日々言われ続けていたのだ。それでも彼らの欲望は押さえつける事が出来ず、いつの日か機会を伺いメシアの力を使って森の外に出ようと彼らは画策しているのだ。

 メシアが小さく俯くと、長い黒髪が彼女の首筋を滑りうなじが露わになった。そんな黒髪とは対照的な白い肌に、小さく笑みを称えた赤い唇。

 エスは少し気恥ずかしくなりメシアから目を離すと、今度は彼女が喋り始めた。

「……ねぇ、エスはさ、どの召喚獣が好き?」

 召喚獣。現在、発見されているだけで七体の召喚獣が存在しており、彼ら一人一人が先に述べた魔獣と同等か、またはそれを遥かに凌ぐ力を有している。それ故、召喚獣に関する伝説は枚挙に暇がない程に多く存在しており、たった一人の召喚士が一晩で一都市を落としたとも、召喚獣の放った一撃が大森林・ネストに巨大な道を造ったとも言われている。たった一体の召喚獣が他国に奪還されるだけでもマーナとオルトのバランスは大きく崩れる可能性があり、それを互いに懸念をしているのか召喚士と召喚獣の使用に関しては互いに慎重になっている。

 メシアの質問を聞いたエスは夜空を見上げると、

「そうだな……やっぱり『バハムート』かな。あんなデカい翼と体があれば、オルトの悪い奴らを蹴散らせるし、森を出て、あの大きな星まで飛んで行ける」

 そう言ってエスが指さした先には、先程メシアが見とれていた大きな赫色の星。途方もない程遠くに存在するその星を掴む様に腕を伸ばして、いつの日か、もしかしたら手が届く日が来るのかもしれない、とぼんやり思った。

「じゃあその時は私の所に来てよ。私はここにいるからさ……待ってるよ」

 優しい口調でそう語りかけたメシアに、そんな彼女の事をぽかんと口を開けて見つめるエス。彼の顔は徐々に赤くなっていき、その目元にははっきりとした輝きが。

「ああ!」

 エスは白い歯を見せて二ッと笑うと、メシアも似た様な笑みを返した。

「明日の収穫祭、上手く行くといいね」

「ああ、そうだな!」

 彼らの上空では、変わらず星々が煌々と照っている。


 昨日が穏やかな日だったからと言って、今日も同じだとは限らない。

 窓に向かって激突してくる雨粒。壊れてしまった細い笛の様な音を鳴き狂わせる風。上空はどんよりとしており、雲は低く首を垂れている。一瞬、天を切り裂く稲妻の音がどこかから轟いた。とんでもない悪天候。それがファランジュを襲っているのだ。

「この様子では……今日の収穫祭は延長だろうな」とパブロは口ひげを弄り、窓から外を覗きながら言った。

「そっか……」

 自身の中に渦巻く安堵と落胆の感情。エスはそれに気づいていた。

 随分と長い間外を眺めていたパブロの額に、一筋の冷汗が流れた――何かに緊張しているのだろうか。もしかしたら、彼は年甲斐もなく雷が怖いのかもしれない。

 しばらくして、パブロはゆっくりと口を開けた。

「……ああ……そうだ。エス、メシア、もしかしたらこの雨風でお前達が昨日見てくれた墓場の祠が壊れたり、吹き飛ばされそうになっているかもしれない。見てきてくれないか?」


 雨風の激しさ。雷鳴の轟音。当たり前の事ではあるが外に出てみると、それらはより一層はっきりとした形で彼らの目の前に立ちはだかった。丘を登り木々に囲まれると、葉のざわめきが四方八方から。折れた枝が風にのって、エスの頬を掠めた。

 その後、何とか墓場に到着した二人は祠を調べてみたが、いつも通りに見える。相も変わらず今にも壊れそうだが、どこかが欠けていたり、吹き飛ばされそうな様子はない。

「まあ……多分大丈夫だろ」

「そうだね~」

 メシアはくるりと踵を返すと顔だけエスの方に向けた。そして笑みを浮かべると、

「帰ろっか」


 折角着てきた雨合羽だが、余り効果が無さそうだ。顔面に激しく打ち付けてくる雨粒はそのまま顔を滑り落ち、服の隙間に入り込んできて胸元と肩をぐっしょりと濡らしている。靴下もすっかり濡れてしまって足元の触感はかなり悪い。もう少しで体の芯まで冷えてしまいそうだ。

 もしかしたら明日には風邪をひいているかもしれない、なんて事をメシアは考えながら隣にいるエスの顔を見てみると――かなり青褪めている。彼にしては珍しく息を切らしており、雨粒と冷汗が彼の顔で入り混じっている。

「エス……あんまり顔色良くないよ。大丈夫?」

「俺の故郷が焼き払われた日も……こんな感じの天気だったんだ。雨が凄い降ってて、風が強く吹いていて……この村にいる奴は皆、呑気すぎるよ……マーナとオルトは戦争していて、この森はその二国の間にあるんだぞ……?昨日攻めてこなかったからって……今日も攻めてこないなんて……そんなの、限らないのに……」

 メシアは何も言い返す事が出来なかった。

 もしかしたら……そうなのかもしれない。ネストの外にある世界を知っているのはエスのみだ。つまり、ファランジュの中で彼だけが世界の様相を目の当たりにした人物なのだ。勿論、彼自身も曖昧な記憶しか持ち合わせていないらしいが。それでも、彼の言う通り明日にはオルトの民が何らかの方法を用いてネストを渡り、ファランジュに攻めてくるかもしれない。いや、それは明日でなくとも、もしかしたら……もしかしたら、今日なのかもしれない。

 長い間顔面を打ち付けてきた雨粒も、いつの間にか随分と和らいできた。エスの足取りも雨風が弱くなっていくにつれ自然と軽くなっていき、気付いたらメシアよりも数歩前を歩いている。もうすぐで、ファランジュを一望出来る地点に辿り着く。

 村の皆にエスの考えを伝えてみようか。笑われるかもしれない。馬鹿にされるかもしれない。それでも、何か出来る事はあるはずだ。具体例は何も思いつかないが、何か対策を施し、実際にオルトが攻めてきた時により多くの人を救う事が出来たなら、皆の評判は一転するだろう。そうだ、何とかして皆で森の外に出れば良いんだ。こんな小さな森の中では逃げ場なんてない。それでも森の外なら、例えオルトが攻めてきてもより安全に逃げる事が出来るだろう。森の外。そうだ、森の外。未だに本の中でしか見た事がない、森の外。皆で森を超えたら――その先には、一体どんな景色が広がっているのだろうか。

 気付いた時には、エスはその足を止めていた。俯きつつ、しばらくぼんやりとしながら歩いていた為気が付かなかったが、彼らは既に村を見渡せる所に来ている。つまり彼は今、いつも通り村を見渡しているのだろう。メシアは顔を上げた――エスは、村を見ていなかった。では彼の顔は今、どこに向けられている?上空だ。彼は村の真上にある、雲を見ている。いつの間にか先程までの雷雨が嘘だったかの様に、雨が止んでいる。半開きになった口に、光を反射している彼の両目。そんなエスの横顔を尻目にメシアは更に顔を上げると、最初に映り込んできたのは雲の割れ目。どんよりとした雲は、モーゼにより開かれた海の様に綺麗に割れている。その隙間から漏れ出るは、淡い光。村を明るく照らす、神聖な光。

 いや、違う。彼が見ているのは、そんな物では無い。メシアは気が付いた。その雲の隙間、日の光と共に姿を現している、『それ』をエスは見ているのだ。

「アレは――」

 紫の鱗に包まれた、巨大な竜。長くて鋭い尻尾に、背中から生えでる二枚の大きな翼。

 エスが憧れ、夢見た召喚獣。その名は――。

「バハムートだ」

 バハムートが大きく口を開けると、眩い光の玉がその召喚獣の口前に露わになった。少しずつ大きく、眩しくなっていく光の塊。それが限界まで大きくなると、バハムートはそれを村に放った。ファランジュ全体が光に包まれた瞬間、周囲に荒れ狂う暴風が襲い掛かる。

 それがエスとメシアの元に届くまで一秒も要しなかっただろう。なす術無く二人は後方に吹き飛ばされ、木に激突した。何も理解出来ぬまま、二人の視界は真っ黒な暗闇に侵食されていく。


 数刻後、彼らは少しずつ意識を取り戻した。背中に強烈な痛みを感じながらも、ぼやける視界の中、足元をふらつかせ何とか立ち上がり村を見てみる――。

 村は炎に包まれ瓦礫と化していた。

 昨日までの平和はどこかに消え失せ、外側にあった僅かな建築物を残し殆ど全ての建物は瓦礫と化している。村を支配している炎から湧き出る大量の黒い煙が空に吸われ、嗅いだ事が無い匂いが辺りに充満する。破壊されたファランジュ。それを見て二人は叫び出しそうになるが、それすらも出来ない程、ただただ目の前の光景に唖然とした。それ程の、地獄。

「村が……皆……?」

 呆然とするエスとメシア。続けざまに彼らの目に映り込んできたのは――軍服に身を包んだ者達。鋼色の甲冑を身に着けた彼ら。人間である事を疑ってしまう程に何の感情も読み取れず、エスから見てファランジュを挟んだ向こう側から村に侵入しようとしている。彼らの背後に続いているのは、見た事もない色取り取りの物体。直径五メートル程の黄金色の球体に、体長が十メートル程度のサソリの様な形をした、表面は鋼の様な色合いの金属に包まれている機械。もしアレが『獣機』と呼ばれる物であるとすると、今攻めてきているのは――オルト兵。

「エス!?」

 気付いた時には、エスは歯を食いしばり村へ駆け出していた。


 どうやらエスは自分達の家に向かおうとしている様だ。

 メシアはエスを追い掛け、彼の後ろを走る。

 確かに中心にあった建物は見るも無残だが、村の外側にある建物はまだギリギリ倒壊していない。彼らの家もまだ耐えているのではないのだろうか。近づくだけで喉を激しく締め付けてくる炎。それに包まれた村は、そこにいるだけで溶けだしてしまいそうな程の灼熱だ。顔から汗を滲み出しながら右を見てみると、そこには木片と化した給水塔。炎に包まれながら隙間から水を噴き出しているタンク。左を見てみると、そこには家に圧し潰されて息絶えた死体。昨日、共に遊んだ子供だ。先程見たタンクの様に、全身の穴からくすんだ赤色の液体を滲みださせている。

 エスが自分達の家に到着した。やはり倒壊していない。だが柱は傾いており、いつ崩れ始めてもおかしくない状況だ。メシアももうすぐ着く。

 先程からずっと、彼女は嗅いだだけで吐き気を催す様な不快な匂いが気になっていたが、やっとその正体が分かった。それは、人が燃える匂いだ。人の血が、肉が、火に炙られる匂いだ。辺りを見渡すと、大量の屍。見知った者達が顔を歪ませ、死んでいる。頭痛と嗚咽が彼女を襲うが、何とか堪えようとした。

「本当にオルト軍が攻めてきた。私達がマーナの民だという理由で。私達には彼らと話し合いをする機会さえ無かった……力が無いから。無力だから」

 メシアの中で、何かが変わった音がした。


 近づいてきて分かった。彼らの家は倒壊はしていない。だがメシアには見えていなかった側面部分は崩れ去っている。半壊していたのだ。家に入ると、エスは家の中にある瓦礫を退かしている様子であった。その瓦礫が――パブロの下半身を圧し潰しているからだ。

「エス!」

「メシア!お前も手伝え!」

 メシアはエスと共に何とか瓦礫を押しのけた。パブロは倒壊に巻き込まれてはいたが怪我をしている様子はなく、意識もしっかりとしていそうだ。メシアは窓の外を見てみたが、まだオルトの兵は村に入ってきていない。だが予断を許さない状況に変わりない事は明らかである。

「これは……一体……」

「オルトの奴等が攻めてきたんだ……何でか分かんねぇけど、バハムートを使ってた」

 エスの言葉を聞き、パブロははっと息を飲んだ。口を僅かに震わせ、

「……そうか……バハムートを」それから再びエスと目を合わせると、「お前達、ありがとう。ここは危ない……それなら森を抜け出し、村から最も近い『ギャザリア』に行こう。そこならオルト軍も来ないはずだ」

 エスとメシアは思わず大きな声を出してしまいそうになった。

『森から出る』。彼らの人生における、第一の目標地点。こんな状況ではあるが急にその目標を、意図せず達成できそうになったからだ。

 エスは慎重に声色と言葉を選び、

「え……?それって森から出れるって事……?良いの?」

「ああ、そうだ。お前達は随分と出たがっていただろう?」

 どうやら二人の目論見は、とっくにバレていた様だ。

 気恥ずかしさの余り、二人は顔を僅かに赤くしてパブロから目を逸らした。そんな二人の様子を見て微笑むと、

「……今までは魔獣が危険で森に入る事が出来なかったが、メシアがいるだろう。メシア、魔獣が近づいたらすぐに触るんだぞ」

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