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赫燭大戦記  作者: 赤松一
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第七話:スパイ ①

 タイタンを一人で討伐し、アーネールと共にアトラス要塞への帰路へ着いたエス。彼は帰還中にアーネールに色々と話を聞こうかとも思ったが、その様な気分ではなかったのだろう、会話らしい会話と言うのは殆ど発生しなかった。比較的整備された魔獣の寄り付かないアレキサンダー街道と言えど、前日に雨が降っていたせいで地面がぬかるんでいた為であろうか、余り足元の状況は良くなかった。要塞への道の中腹に到達した際にエスはレイと遭遇し、そのまま難なく要塞へと戻る事が出来た。

 エスが要塞に到着した時には皆は要塞でオルト兵の残党との戦闘を終え、暫しの休憩と被害状況の確認を行っている段階であった。エスは取り敢えず目についたグレア、テレサ、フユ、付き添ってくれたレイに事情を話すとテレサを除く皆の反応は予想した物であった。

「そんな……アーネールが……」

 驚き、疑い、呑み込む。その間当のアーネールは皆に合わせる顔が無いのだろう、ずっと気を失った振りをしてエスの背中で目を閉じている。その他の者に先んじて一早く状況を理解したのはグレア。彼女は顎に手を当てると、

「……取り敢えず事態は把握した。それならば私とエスでアーネールを『ミランダ』に持っていくとしよう。他の皆は要塞の後始末の続きを行ってくれ」

「すみません、ミランダって何でしたっけ」とエス。

「ミランダはここから徒歩一時間程度のネスト内にある廃村の事だよ。十年程昔かな、当時のマーナ軍隊長を主体としてネスト内に活動拠点を築く計画が練られ、実際にミランダが出来上がった。でも当然と言えば当然なんだけど、すぐに魔獣達に食い荒らされてしまってね……そして廃村化してしまった。例えアーネールのバハムートを召喚出来ないと言う言葉がブラフだとしても、そんな廃村なら人的被害は殆ど無くなるでしょ?」エスの後ろに眠る彼女にチラリと目をやると、「それに、そこなら簡単にアーネールを殺害して次期継承者の選定が出来るしね」

 周辺は要塞の後片付けで騒音に満ちていたはずだが、その場だけ急激にしんと静かになった気がした。エスは僅かに声を震わせ、

「やっぱり……殺すしかないんですか……」

「うん。マーナ兵の掟で裏切り行為は一切の例外を許さずに極刑とされているし、それに召喚獣継承者が他人に自らの召喚獣を渡すには元の継承者を殺すしかないからね。召喚士、つまり何らかの召喚獣を継承した者が息絶えると、その者の手元には自然と手の平サイズの結晶が生成される。それを別のマーナの民が破壊する事によりその人は新たな召喚士になる事が出来る。つまり、アーネールを殺す以外に新たなバハムート継承者を誕生させる手立ては無いと言う事だ」

 エスはグレアの話を聞くと、奥歯を噛み締め下を向いた。

 当たり前だろう、こうなる事は。それにアーネールも作戦が失敗したら死ぬ程度の覚悟をしていたはずだ。彼女は死ぬべき人間なのだから。それなのになぜ――。

 エスの心の中。そこで育ち始めた『新たな感情』に気付けない程、彼は鈍感ではなかった。グレアは暗くなってしまったその場を盛り上げる為だろう、より大きな声で、

「まあ、そういう訳だ」そしてレイに目を移し、「レイ、この要塞からオルト国側の監視をしてくれないかな。まだ大丈夫だと思うけど、もしかしたらオルトが援軍を寄こすかもしれないからね」

 グレアがそう言うとレイは何も言わずに頷いた。了解した、と言いたいのだろう。

 すると横から口を挟んできたのはフユ。彼女は真っすぐグレアを見て、

「あの、すみません、私もレイ兄さんと一緒に監視しても良いでしょうか」

「ああ、勿論だよ」


 あれは凍てつく風が吹く日の夜であった。彼らの母はいつも夕方になると外に出て行き、早朝、彼らが目覚めるよりも前に帰ってくる。その日も彼女はいつも通り夕方に外出した為、三人は寝室で毛布に包まりながら寝そべって天井を見上げていた。

 風に吹き飛ばされた枝葉がぶつかったのか窓が一度ガタンと音を立て揺れると、その音でうつらうつらしていたフユの目が覚めた。身を強張らせながら横を見てみると隣で彼女の兄・次男のフブキが寝ている。目を閉じているが片方の腕でフユに腕枕しながら、もう片方の腕でフユの体をとんとんと定期的に優しく叩いている。

「お母さん……全然帰ってこないね……」

「大丈夫だよ、フユ。俺達がいる」

 フユとフブキは暗い部屋の中そんな話をしていた。外からの冷気が壁を貫通し室内に入ってきているのか、毛布を被っていない顔は凍り付きそうな程に冷たい。フブキはぐいと顔をフユのほうに近づけると、彼の寝息が首に掛かってきて何だかくすぐったい。それでも寒さが幾らか和らいだ様でフユはそのまま目を閉じると、

「何で……お母さんはこんなに遅いのに帰ってこないの?」

「全部……父さんが悪いんだ。だってそいつが俺達が生まれる前に母さんを捨てて、どこかに行ったから……母さんは……」

 レイは二人から少し離れた所で手を頭の後ろで組みながら天井を見上げている。彼が一度息を吐くと、白い靄が空中へ溶けていった。フユの両目の端から一筋の涙が伝るのと、彼女の意識が夢の中に吸い込まれていくのは殆ど同時であった。


「フユ!おい、フユ!起きろよ!」

 その翌日、フブキの嬉しそうな叫び声でフユは目が覚めた。彼は目を輝かせながらフユに跨り彼女の上で体を揺らしている。

「ん……なぁに~?」とフユは目を摩りながら上半身を起き上がらせた。

「窓の外、見てみろ!」

 フブキがそう言って指さした窓の外。フユがフブキに手を引かれるままによたよたと歩きながら近づき外を見てみると、そこに広がっていたのは――。

「わあ!」

 真っ白な世界。地面も、屋根も、木の葉も。地上だけではない。空も色をどこかに忘れてしまったかの様に白く、空中にはその犯人がしんしんと降っている。

 雪だ。雪が一夜にして全てを純白の白へと染め上げたのだ。汚れの無い、清純な色。

 輝く両目に紅潮した頬。フユはその光景を見ると言葉を失った。

「ねえ、母さん!外で遊んできて良い!?」とフブキが振り返った先には、彼女の母・『ティール』が。

 フユも彼女に目を向けると彼女の顔はやつれており、目の下には真っ黒な隈。それでいても尚、艷やかで長い白髪と端正な顔立ち。例えるなら極寒の地で孤独に凛と咲く花の様な美しさと繊細さをフユは彼女に感じていた。ティールは何も言わず、小さく微笑みながら頷く事でフブキに返事をした。その姿さえも静かで、美しい。

「やったぁ!行こうぜ、フ――」

「おい待て!」

 フブキの歓声を止めたのはレイであった。彼は声を荒げ、二人を睨め付ける。

「何……兄さん」

 フユとフブキが彼の怒号を聞き身を凍らせていると、彼は徐にクローゼットに近寄った。そこからフードが付いた厚いコートを二着取り出すと、それを二人の目の前に。

「外、寒いから……ちゃんと着込んで行け」とレイは俯きながら小さな声で言った。

 フブキとフユは少し面食らったが互いに見つめ合うと小さく頷いた。そのままフユは微笑みながらレイの袖を軽く摘まむと、

「レイお兄ちゃんも一緒に、行こ?」


 三人はしっかりとコートを着込むと扉を開け、外の景色を見てみた――実際に間近で見ると、それは見事な物であった。地平線の向こうにまで続く白。力強く、静かに降り積もる結晶が辺りを純白に染め上げる。彼らの家は誰も近寄らない平原の奥地に作られた為、何の音もしないのだが、彼らにはその雪が全ての音を吸い込んだ為かの様に思われた。それ程の静寂。

 真っ白な世界の光景に三人とも、見惚れた。口を半開きにして呆然とその景色に引き込まれる。

「すげえ~……」

 フブキの赤くなった鼻先に雪の結晶が乗ると、すぐに有機的な繋がりを無くした液体になった。それの冷気を感じたフブキは何か思いついたかのか、口の両端に零れる笑みを我慢しながら、しゃがみ込んで雪をこね始めた。冷たいと思いながらも小さな雪玉を作り、それを手に抱えたまま腰を上げる。そのままレイの顔にこっそりと焦点を合わせると――。

「えいっ!」と言って彼の顔面目掛けて放り投げった。

 見事、それはレイの顔を白く染め上げた。雪はそのままずるずると彼の顔を滑り落ち、地面にべちゃりと。

「何すんだ!」

「ハハハ!雪合戦だ!」

 レイが雪玉をフブキに投げ返すと彼の服に当たった。フユはフブキに加勢して一対二で雪合戦をした。結局彼らは日が沈みかけ、ティールがいつも通り出かけるまで遊び続けた。三人は母を送り届けると互いに笑い合いながら家の中に戻った。

 しかしその翌日、母が帰ってくる事はなかった。その翌日も、その翌日も、その翌日も。


「コイツ等がニルヴァーナ・プロジェクト唯一の成功者達の子供か……」

 その翌日、家にやってきたのは母では無かった。長い白髪交じりの髪の毛を後ろで括っている白衣の様な服を着た男。その背後に立つもう数人の見慣れない男達。彼らは皆黒のスーツに身を包み、思考を読ませない無表情を称えている。

 レイとフブキ、フユは玄関に佇む彼らを見て、状況が飲み込めずに彼らの目の前で立ち尽くしている。白衣の男はフブキとフユの奥で困惑した表情をしているレイを見かけると、唇の両端を曲げてニタリと笑った。そのままレイに近づこうとするが、彼の前にフユが立ち塞がった。いや、立ち塞がったと言っても、彼女は単に足が竦み退く事が出来なかったのだ。怯えた表情で彼を見上げるフユに男は冷たい表情を返すと、

「どけ、貴様に用はない」

 そう言って彼はフユの肩を掴んで乱暴に投げ飛ばし、彼女は近くの壁に激突した。壁からダンと少し響いた音が鳴り、痛みに耐えかね頭を抱えたまま壁を伝いにずるずると滑り落ちるフユ。

 レイはそんな様子を見て目を大きくしていた。そんな彼に白衣の男は、

「お~と、すまない、レイ君。君の妹さんに危害を加える気なんて無かったんだぁ。君がもし大人しく私達とオルトに来るのなら、君の母の事も教えられるし何より……これ以上、こんな事をする必要も無くなるのだがなぁ~~」

 そう言いつつ男はレイの前で腰を落とし、未だに目を見開きフユに視線を送っている彼の顔面を観察し始めた。人を見る時の目付きでは無く、まるでモルモットを見る時の様な目付きで。一度ナメクジの様にねっとりとした舌が彼の口の隙間から露わになり、唇をぺろりと湿らせた。

 しばらくして状況を飲み込んだレイは男に目を向けると、その瞳は獣の様な眼光を携えていた。すかさず右手から氷棒を生成して大きくに振り上げと、

「死ね」

 しかし男に振りかざすその直前、男はレイの腕をひょいと掴み上げた。腕が折れるのではないかと思ってしまう程の力を男は込めると、レイの表情は苦痛に歪んでいった。そんな様子の彼を嗤うかの如く顔をグッと近づけると、

「余計なことしてみろ。お前よりも先にお前の家族を殺してやる。そうだな……まずは弟、次に妹。お前は最後だ」と低いトーンで言った。

 両端が吊り上がった男の口。レイはしばらくの間鋭い眼光を送らせていたが、やがて諦めたかの様にして目を閉じ自らの魔法を解除した。どうやら抵抗をする意思は無さそうだ。男はその様子を見てフンと鼻息を吐くと、

「初めからそうしていろ、阿呆が。さっさと連れて行くぞ」

 レイを引き連れた男はそのまま玄関へと戻り始めた。その道中、先程彼が押し倒したフユとレイの目が合った。小鹿の様な大きな瞳、枯葉の様な委縮した顔。

「お兄ちゃん……」と彼女は呟いた。

 レイはすぐに彼女から目を逸らした。代わりに白衣の男がその顔をフユの方に向けたが、相変わらずその表情は冷たい。

「貴様等を連れて行くつもりはない。親の特性を最も顕著に引き継ぐのは初めに生まれた者だからな……消え失せろ」

 フユは何も言わず顔を下に向けた。今度はフブキの横を通り抜けると、彼もフユ同様顔を下に向けている。まるで自らの内に広がる感情を抑え込むかの様にして強く閉じられたその両目に、食いしばられた彼の口。しかしそんな我慢もレイと男達全員が玄関から外へ出て、雪に足跡を付けた時には限界が来た。フブキはレイを追い掛けようと突如走り駆け、玄関を飛び出した。しかしその時、足元を掬われてしまいドサリと地面に倒れ込んでしまった。フブキは起き上がりもせずに去り行く兄の背中に向って右腕を伸ばすと、

「待って!兄さん!僕達を……置いていかないで!」

 弟の言葉を聞きレイは振り返った。しかしその時の表情は――白衣の男の様な、冷たい物であった。彼のその表情を見てフブキは伸ばした腕をゆっくりと下げた。

「兄さん……」


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