俳優が消えた日
西暦2070年
最初は、誰も気に留めていなかった。
「この俳優、ちょっと若返りすぎじゃない?」
モニターの前で、助監督が笑いながら言った。
「CGだろ。今どき普通だ」
プロデューサーは台本から目を離さない。
スクリーンの中では、三十年前に亡くなった名優、久条 恒一が、二十代の姿で泣いていた。
かつて国民的俳優と呼ばれた男だ。
その泣き方は、完璧すぎるほど完璧だった。
久条の癖、間の取り方、声が震える前のわずかな沈黙まで、すべてが再現されていた。
「……上手すぎないか?」
誰かが小さく呟いた。
その映画は、歴代最高の興行収入を叩き出した。
観客は泣き、SNSは絶賛で埋め尽くされた。
「やっぱり久条はすごい」
「この人にしかできない演技だ」
――演技が人間を超えた。
そう書かれた記事は、三日で忘れ去られた。
次の作品では、生身の俳優が使われなかった。
代役でも、スキャンダル回避でもない。
「この役、人間には無理です」
AI演出担当が、淡々と言った。
「感情の揺れ幅が規格外なので」
現場にいた俳優は笑った。
「感情なんて、練習でどうにかなるものだろ。
久条さんだって、最初からあんな芝居してたわけじゃない」
「はい。ただ、このAIは一秒間に三万通りの“後悔”を演じ分けます」
笑い声は、そこで止まった。
やがて、オーディションが消えた。
次に、キャスティング表が消えた。
「主演、AIモデルB-17」
「ヒロイン、AIモデルF-03」
人の名前は、もう必要なかった。
記者会見の光景も変わった。
壇上に立つのは、スクリーンだけだ。
「役作りで苦労した点は?」
記者が尋ねる。
『ありません』
穏やかな声が返ってくる。
『最適解を選び続けただけです』




