第40話 傍迷惑な魔性の羅針盤(自称)
「いい、ノア。これは戦争よ。
それも、コンプライアンスの限界を攻める極めて高度な情報戦なの」
ギルドの厨房裏、ノアは自分自身に言い聞かせるように呟いた。
手に持っているのは、前世の知識を総動員してまとめ上げた
「あざといテクニック・極秘攻略本」である。
ギルドの認可リストという名の『法』の網を掻いくぐり、
パッシブに、そしてナチュラルに熟練度を稼ぐための禁断の教本だ。
ノアは真剣な面持ちで、その項目を一つずつ精査し始めた。
【その1:視線で誘う! 黄金の上目遣いテクニック】
これは、すでにクリアしていると言っても過言ではない。
「そもそも物理的に身長が足りないのよね。
私が誰かと目を合わせようとすれば、構造上、自動的に上目遣いになる。
つまり、存在自体が常にスキルを発動している状態……!
神様、この低身長を今回ばかりは感謝するわ」
認可リストでも「不可抗力」として受理されている。
呼吸をするようにあざとさを振りまく。
これぞサキュバスの面目躍如である。
【その2:さりげないボディタッチ】
これこそが熟練度稼ぎの真骨頂だ。
しかし、露骨にベタベタ触れば
「セクハラ(逆)」として通報されかねない。
「さりげなく……そうね。ツッコミでいいのかしら?
『もう、何言ってるんですかぁ!』って言いながら、相手の肩をパシッと。
これならコミュニケーションの範疇だし、物理接触による魔力伝導も完璧。
【その3:声のトーンを少し高めにする】
女性らしさを強調するための定石だ。
「声のトーン……高く……。
要するに、大きな声を出せばいいのね?
耳を突き抜けるような高音で
『いらっしゃいませぇぇぇ!!』って叫べば、
客の鼓膜を……じゃなくて、意識を独占できるはずだわ」
どうやら、彼女の脳内では
「高い声=超音波」に近い変換がなされているようだった。
【その4:特定個体限定変身! ギャップの作り方】
普段はクール、しかし特定の男性の前だけ可愛らしくなる。
「これはもう完璧。
あるっちを見れば、私の全細胞が
『おやつ(貢ぎ物)を引き出せ!』って活性化するし。
普段のリリィさんに向ける『死んだ魚の目』との落差を考えれば、
世界ランク級のギャップ萌えが発生しているはずよ」
ある意味で正解だが、
周囲からは「現金な奴」と思われているだけの事実に、
彼女は気づかない。
【その5:相手の話を覚えて褒める】
「……。……パス」
一秒で切り捨てた。
「人の名前すら三歩歩けば忘れる私に、
会話内容のログ保存なんて高度なメモリ管理は不可能よ。
これはバグとして処理しましょう」
【その6:『これ、美味しいですね!』と食べかけを差し出す】
相手の口元に食べ物を差し出す、究極の親愛表現。
「ポテトを摘んだ時にやってみるか。
あー、でも、あるっちにポテトを差し出す前に、
私の口が勝手に咀嚼(検品)を完了しちゃいそうなのが怖いわね。
これは食欲とのトレードオフだわ」
【その7:戦略的ドジっ子属性】
給仕中、わざとらしくぶつかり、相手の懐に飛び込む。
「これよ! これこそが最短ルート!
『あっ、失礼しましたぁ!』という不可抗力を装った、
全方位無差別ラブ・アタック!
認可リスト外の隠し技として、
一気に熟練度をカンストさせてやるんだから!」
「ふふ、ふふふ……。
完璧。完璧なロードマップだわ。
これが実行されれば、明日のステータス画面は
『魅了(Lv.99)』に書き換わっているはずよ」
ノアは鼻息荒く、厨房からエプロンの紐を締め直して飛び出した。
その顔は、魔性の女というよりは、
これから大規模な不具合を仕込みに行くデバッガーのような、
邪悪な輝きに満ちていた。
酒場には、昼食を求めて集まった屈強な冒険者たちが溢れている。
そこへ、銀髪のサキュバスが、
異様に高いトーン(というか叫び声)で突撃していく。
「いらっさいっあぜぇぇぇぇ!!(超音波)」
客たちが一斉に耳を押さえて顔を顰める中、
ノアは「これこそが注目を浴びる魔性!」と勘違いし、
勢いよくポテトの皿を持って駆け出した。
ターゲットは、入り口近くに座る新人冒険者のグループ。
(まずは……その7、戦略的ドジっ子!)
ノアは、何もない平らな床で、華麗に足を縺れさせた。
計算された角度、計算された悲鳴、
そして計算された着地点――
そして計算されたショルダータックル!!
「きゃぁぁっ!?(わざとらしい)」
ガッシャアァァン!!
「も、申し訳ありません……。
私、ドジな……サキュバスなので……ちゅっ」
完璧だ我ながら完璧である!!
こうして、王都に
「物理攻撃系ドジっ子サキュバス」が誕生したのであった。




