第37話:不審者情報は踊る
冒険者ギルドの重い扉を潜った瞬間、私の肩は前世で大型案件を競合に奪われた時よりも深く落ち込んでいた。
効率。それは社畜にとっての聖域だ。
指先一つ、スカートの裾一ミリの翻りに至るまで、理論に基づいた「最短ルートの誘惑」を叩き込んだはずだった。
だが、脳内の熟練度ゲージは微動だにしない。
あの猪、死にかけすぎて判定が消失していたのかしら。
「……解せぬ。あの黄金の角度をもってしても、システムの壁は超えられないというのか?」
「ノア君、あんまり落ち込まないで。恐ろしい魔獣を前にして混乱していたとしても、君の……あの、独創的な踊りは、きっと神様に届いているはずだよ」
……あるっち。
貴方のその、曇りなき眼で見つめられるのが、今は一番心を抉るわ。
やはり、ターゲットの選定ミスか。
種族の壁は厚い。やはり「人」に……。
それも、効率よく数をこなせる環境でなければ熟練度は稼げない。
しかし、真っ昼間のギルドで「魅了」を連発すれば、即座に営業妨害で禁固刑だ。
(なら……偶然を装えばいいのね?)
幸い、給仕中の私に対する監視は最近緩い。
「うっかり」お盆を滑らせ、「偶然」あられもない姿で転ぶ。
そう、この世には『ラッキーセクシャルアクシデント』という、理不尽ながらも強力なスキル行使の場が存在するのだ……!
「ふふ、ふふふふ……」
私の唇が、邪悪な弧を描く。
脳内ではすでに、最短ルートでスキルレベルがカンストするまでの工程表が完成していた。
「ノアさん……。また何か、給料泥棒的な悪巧みをしていませんか?」
背筋に氷を流し込まれたような錯覚。
視線を上げれば、そこには受付嬢・リリィさんが、死んだ魚のような目で私を検品していた。
「ま、まさか。私はただ、職場のQOLを向上させるためのイノベーションを……」
「まあいいです。それよりもこれ、心当たりありませんか?」
リリィさんがカウンターへ叩きつけたのは、一枚の羊皮紙。
そこには、目撃者の恐怖が伝わってくるような震える文字が躍っていた。
【注意:不審者情報】
王都近郊の森にて、銀髪の魔族と思われる個体が、瀕死の魔獣に対し「衣服を捲り上げる等の奇行」を繰り返しているとの証言あり。
精神汚染の危険があるため、遭遇しても目を合わせず、速やかに報告すること。
「……リリィさん。王都も物騒になりましたね。こんな『アンダー・パンティ・不審者』、早く捕まえてギルドの治安を守らないと」
「現場を通りかかった冒険者が、正気を疑いながら駆け込んできましたよ。
『純白の閃光』を見たと……」
「……」
最悪だ。
効率を求めて人気のない場所を選んだはずが、これか。
前世でサボって公園で寝ていたら通報された時以上の屈辱が、魔族としてのプライドを粉砕する。
「待ってください、リリィさん!
誤解です。私はあえて、人的被害の出ない魔獣を選んでですね……!」
「被害は、目撃した冒険者のSAN値に甚大レベルで被害が発生しています」
「それに!
不審者と言うのなら、あの変態の般若が許されている理由がわかりません!
私は誰にも迷惑をかけていませんし、そもそもその不審者が私だというエビデンスが――」
ガシッ。
「……ひゃんっ!?」
ぶっとい首輪を、巨大な手によってに掴み上げられた。
地面から足が浮き、私はまるで捕まった宇宙人のように宙を泳ぐ。
「あれ? 居たんですか? こわいですね。ね! マスター?」
ゆっくりと首を回すと、そこには不審者よりも100倍「不審」で恐ろしい、憤怒の相を浮かべたギルドマスターが立っていた。
「……ノア。
貴様、その『エビデンス』とやらを説教部屋でじっくり聞かせてもらおうか」
「あるっち!
助けて!
貴方のノアが連れ去られるわ!」
助けを求めたアルフォンスは、なぜか「親猫が子猫を運んでいる光景」を見るような、微笑ましい表情でこちらを見守っている。
……私は足をバタつかせながら、暗い廊下の向こうへと消えていくのであった。
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