第32話:甘い罠と白い閃光、そして
王都冒険者ギルドのロビーは、いまや「塩」の旋風に飲み込まれようとしていた。
かつては砂糖派が九割を占めていたはずのフロア。
しかし、最速でBランクへ上り詰め、いまやAランク昇級を目前にしたギルドの若きカリスマ――アルフォンス・フェンブレイズが「塩派」を公言した。その影響力は凄まじい。
「……ああ。お米に塩、これは騎士の嗜みだね。
戦地で食べる塩むすびの味は、どんな高級スイーツよりも心を震わせるものだよ」
アルフォンスが、キラキラとしたオーラを振り撒きながら、ノアが握った(不格好な)塩むすびを優雅に口にする。
その姿は、まるで一流の美食家が至高の逸品を称賛しているかのようだった。
「冷静に考えたら、俺ら冒険者の生活に砂糖たっぷりの粥なんて合わねえよ。
エール(酒)が進まねえもん!」
「ノアちゃん、俺にも一個握ってくれ! 塩多めでな!」
一人、また一人。
冒険者たちがニマのライスプディングを横目に、ノアの元へと列を作り始める。
「な……な、なんですの、この流れは!?」
砂糖派の総帥、ニマはテーブルを叩いて立ち上がった。
その豊かな胸が、焦りと怒りで激しく上下する。
信じられなかった。
魔族領では「慈悲の味」として君臨するライスプディングが、たかだか小娘が握った、ただの白い塊に負けようとしている。
「ぐぬぬぬぬ……! 認めません、認めませんわよ!
私は魔王様から命を受け、ノア様に正しい『サキュバスの道』と『お米の食べ方』を教えに来たのですわ。
それを……生まれてまだ十日そこらの小娘に、わたくしが負けるなんて!!」
ニマの瞳に、危険な光が宿った。
彼女は本来、魔王軍の使いを務めるほどのサキュバスである。
普段はノアの保護者面をしていたが、一度プライドに火がつけば、その執念は凄まじい。
「……はっ。わたくし、サキュバスですわ」
ニマは忘れていた設定を思い出す。
「あんな未発達な、おままごとをしている小娘には一生真似できない、本物の『魅力』というものを持っていることを。
……ノア様、ついにわたくしを本気で怒らせてしまったようですね。
格の違い、サキュバスの本当の力というものを、その目に焼き付けて差し上げますわ!」
ニマは唐突に、手に持っていたスプーンを「あら」というわざとらしい声と共に床に落とした。
ギルド中の視線が、その音に集まる。
ニマは、周囲に陣取る屈強な冒険者たちの方を向き、ゆっくりと腰を落とした。
単にしゃがむのではない。
両膝をぴたりと閉じ、背筋を伸ばしたまま、
あえて正面から見せるように――。
ミニスカートが、その動作に伴って限界までせり上がる。
計算され尽くした角度。
サキュバスとしての本能が、最も「効果的」なポイントを熟知していた。
チラリと、その隙間から覗いたのは――
まばゆいばかりの純白の生地。
「刮目なさいな、愚かな男たちよ。
そして、甘美な砂糖の海へと沈むがいいですわ!」
ニマは陶酔したような表情で、高らかにその名を叫ぼうとした。
ノアがかつて、必殺技申請書で「断固不認可」を食らった伝説の禁じ手。
「食うがいいですわ、わたくしの超奥義!!」
「純白の閃光(アンダー・パンテ――――」
――ガシッ。
閃光が放たれるコンマ一秒前。
ニマの頭頂部に、岩山のような巨大な拳が着弾した。
「………………あ」
ニマの言葉が止まる。
そこには、額に青筋を浮かべ、般若の如き形相で背後に立つギルドマスターの姿があった。
マスターは無言のまま、万力のような力でニマの頭を掴むと、そのまま彼女の身体を強引に引き起こした。
「あ……あれ? な、なんですのマスター。
痛いですわ! せっかくわたくしが…………」
マスターは一切の言葉を発さなかった。
ただ、不浄なものを処分するかのような冷徹な視線でニマを見据え、
そのままズルズルと、彼女の頭を掴んで説教部屋へと引きずっていく。
「ちょっと! 離してくださいな!
露出狂とか言わないで! 伝統ですわ、伝統!
あー! 離してぇぇ!!」
ニマの悲鳴が、廊下の奥へと消えていった。
⸻
こうして
**「第一次・お米様戦争」**は、
第3勢力の圧倒的武力介入により、
呆気なく、そして無慈悲に終戦を迎えた。
お読みいただきありがとうございました!
※本作はフィクションです。
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次回、木曜日19時〜20時頃更新予定です。




