第31話:ソルト・レジスタンスの逆襲
王都冒険者ギルド。
そこは今、かつてない「思想の分断」に揺れていた。
中央のテーブルを陣取るのは、魔王領から持ち込まれた「お米様」を前に、高らかに勝利を宣言する砂糖派の急先鋒――ニマである。
「おーほほほ! 見なさいなノア様。このギルドに集う強者たちの顔を。
皆様、お砂糖をたっぷり纏ったライスプディングの甘美な誘惑に、骨抜きになっていらっしゃいますわ!」
対するは、テーブルの端で「塩むすび」という唯一の聖遺物を抱え、孤立無援の戦いを強いられているノア。
「……卑怯よニマ。冒険者っていうのはね、その日の依頼で溜まったストレスを糖分で解消したがる生き物なの。
その本能に付け入るなんて、サキュバスの風上にも置けないわ!」
「あら、最高の褒め言葉ですわ。サキュバスですもの」
ニマが勝ち誇るのも無理はない。
現在、ギルド内の勢力図は――
砂糖:多数 / 塩:1
という、絶望的な格差。
完全に経済的合理性で砂糖派を支持していた。
圧倒的戦略者(自称)のノア。
しかし、現実は非情である。
白米に塩を振るという、日本人なら誰もがひれ伏す至高の組み合わせは、この世界では「イチゴに醤油」と同レベルの異端審問対象。
「ぐぬぬ……このままでは、お米様が『甘い泥』として歴史に刻まれてしまう……!」
敗色濃厚。
ノアが絶望に染まり、塩むすびの最後の一口を噛みしめようとした――その時だった。
ギルドの重厚な扉が、凄まじい勢いで跳ね上がった。
「ただいま戻ったよ、ノア君!」
そこに立っていたのは、まばゆいばかりのオーラを纏った金髪の騎士――
アルフォンス・フェンブレイズであった。
決して、作者が彼の存在を忘れていたわけではない。
彼はこの数日間、ギルド始まって以来の最速ペースでランクBへと駆け上がり、さらにAランクへの昇級をかけた過酷な単独クエストに臨んでいたのだ。
全身に微かな土埃と、死線を潜り抜けた者特有の鋭い威圧感がある。
「あるっちぃぃぃ!!」
ノアは弾かれたように席を立ち、アルフォンスへと突撃した。
その姿は、数日ぶりに帰宅した主人に対し、尻尾がちぎれんばかりに跳ねて飛びつく忠犬そのもの。
アルフォンスの碧眼が、感動に潤む。
(ああ、ノア君……。
僕がいない間、そんなに寂しかったのかい?
ボロボロの僕をこんなに全力で迎えてくれるなんて!)
アルフォンスは、飛び込んできたノアの頭を愛おしそうになで回した。
「怖がらなくていいよ。もう戻ったからね」
だが、ノアの目的は再会の抱擁ではない。
彼女はアルフォンスの胸板を両手で掴み、最大火力の「魅了(のつもりの上目遣い)」を瞳に込めて問いかけた。
「あるっち、聞いて! 大事な話なの!
あなた……お米には、『塩』よね!?」
アルフォンスは一瞬、きょとんとした。
しかし、信頼してやまない愛犬からの、必死な、あまりにも必死な問いかけである。
そこに迷いなどなかった。
「……そうだね。激しい戦いの後は、身体が塩分を求めるものだよ。
それに、お米の風味を最も引き立てるのは、混じりけのない岩塩だと僕は思う」
「っしゃああああ!!」
ノアは心の中でガッツポーズ。
「聞いた!? ニマ!
これで塩派は二人! 精鋭による逆襲の始まりよ!」
ニマはなおも余裕の笑みを崩さない。
「おーほほほ! たった二人で何が変わりますの?
数こそ力。この甘い香りに包まれたギルドの総意は覆せませんわ!」
ここでノアは、前世で培った「営業用・被害者ムーブ」へと移行した。
彼女はアルフォンスの腕を掴んだまま、両手で顔を覆い、その場に崩れ落ちるように肩を震わせる。
「うっ、うう……ひどいよ……
みんなして私の『故郷の味』をバカにして……。
私はただ、美味しいお米を、みんなに正しく食べてほしかっただけなのに……。
一人ぼっちで……ううっ……」
嘘泣きである。
完璧な演技だ。
だが、この「保護欲をそそる」という一点において、サキュバスの身体は恐ろしいまでの相乗効果を発揮した。
まず、アルフォンスが激怒した。
「……誰だ。ノア君を泣かせたのは。
Aランク試験帰りの僕と、一戦交えたいのは誰だい?」
凄まじい魔圧がロビーを駆け抜ける。
さらに、周囲の冒険者たちも動揺し始めた。
普段はポテトを盗む小生意気なノアが、あんなに弱々しく泣いている。
しかも、ギルド最強の若手株であるアルフォンスが「塩」を支持しているのだ。
「……まあ、言われてみれば、エールに砂糖粥は合わねえよな」
「塩むすび……? つまみとしては、アリなんじゃねえか?」
「俺も……どっちかっていうと、塩派かな。うん」
一人、また一人。
「泣いている美少女(?)の味方をする」という、男の悲しい性分によって、勢力図が塗り替えられていく。
「え、あ、ちょっと皆様!?
騙されないで、彼女、かなり狡猾ですわよ!」
ニマの制止も虚しく、ギルド内には
「塩もいけるんじゃね?」
という空気が爆発的に広がっていく。
両手で隠したノアの顔の下――
そこには、勝利を確信したゲスい笑みが浮かんでいた。
(ふふふ、ちょろいわね。
やっぱり世の中、『泣き落とし』と『暴力』よ!)
顔を上げたノアは、まだ少し瞳を潤ませながら、ニヤリと口角を吊り上げた。
「さあ、ニマ。
どっちが『面汚し』か、はっきりさせようじゃない?」
王都冒険者ギルド、塩派のレジスタンス。
最強のパトロンの帰還により、戦況は一気にノアのペースへと傾き始めたのであった。
お読みいただきありがとうございました!
※本作はフィクションです。
塩派優勢、最終局面へ!
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