第28話 記憶の奥底
ノアは、目の前の「それ」を虚無の目で見つめていた。
おかしい。前世の記憶を頼りにすれば、お米様――米を本来の姿(白飯)に戻すことなど、造作もないはずだった。
日本人としての魂が「炊飯失敗は万死に値する」と告げているが、現実は無情である。
結果は、三戦全敗。
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第一戦:白い泥。
水加減を誤り、米の原型を完全にデストロイした代物。
露出魔ニマが「甘いですわ!」と砂糖をぶっかけて処理したが、ノアは内心で、
(……胸以外の、変なところにだけ栄養が行く呪いがかかれ)
と、彼女の豊満すぎるスタイルへの、ささやかな嫌がらせを込めておいた。
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第二戦:暗黒物質。
水分を飛ばそうと「強火」という名のブーストをかけすぎた結果、鍋の底と一体化した炭。
物理的な硬度はダイヤに迫り、放つ瘴気は一級の呪いアイテムの域に達していた。
さすがにこれをニマに食わせると、後処理(掃除的な意味で)が面倒そうだったため、キッチンの隅に封印した。
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そして現在。
第三戦:半生お米様。
表面だけがベタつき、芯には「私は絶対に屈しない」という米の強い意志が残っている。
口に入れれば、ガリッという不快な音と共に、ノアのプライドが削れる音がした。
「……何が、ダメだったんだ……」
ノアは鍋を抱えたまま、人生……いや、ゲームオーバー級の難問にぶち当たっていた。
火力を上げるカットインが早すぎたのか?
それとも、蓋を開ける動作が数フレーム遅れたのか?
格闘ゲームのコンボ入力のような精密さを要求されている気がしてならない。
ファンタジー世界の物理演算は、前世の炊飯器のような「ボタン一つで全自動」という甘えを、一切許してくれなかった。
「……フレーム単位の判定……。これ、クソゲーじゃない?」
ノアはしゃがみ込み、白い湯気を見つめる。
その時、ふと鼻をくすぐる香ばしい匂いが、脳の奥底に眠る「何か」をノックした。
――ガタガタと鳴る炊飯器の蓋。
――夕暮れ時、テレビから流れるニュース番組の音。
――「早く手を洗ってきなさい」という、今はもう思い出せない誰かの声。
それは、サキュバスとしての今の身体には、あまりにも不釣り合いで、清潔で、どこまでも温かい記憶だった。
「……あ」
ノアの指が、ピクリと動く。
記憶の中の「飯」は、もっと輝いていた。
もっと、一粒一粒が立っていた。
それは、技術や火加減といった、数値化できるデータだけの話ではない。
(……そうだ。待つのが、嫌いだったんだ。私)
前世の自分も、今の自分も。
効率を求め、ショートカットを愛し、結果だけを欲しがる。
「赤子が泣いても蓋取るな」という言葉の真意は、
赤子の泣き声を聞く「時間」を、受け入れろということだったのかもしれない。
――蒸らし。
最後の、何もせず、ただ信じて待つという数分間。
「……ちっ。めんどくさい、料理(錬金術)って」
ノアは乱暴に立ち上がると、半生の米が入った鍋に、少しだけ水を足した。
次は、カットインも、フレーム判定も、全部忘れる。
ただ、あの記憶の中にある「当たり前の白」に、少しでも近づくために。
「ニマ! 砂糖、まだ残ってるでしょ。次ができるまで、それ舐めて待ってなさい」
「まあ! ノア様、また試食させていただけるのですか!?」
背後で喜ぶ露出魔の声を無視しながら、ノアは再び、静かに火をつけた。
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今回の調理結果:
・第1戦:白い泥(ニマが美味しく頂きました)
・第2戦:暗黒物質(キッチンの魔除けとして活用予定)
・第3戦:半生米(ノアの心が少しだけ折れた)
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※本作はフィクションです。
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次回、本日18時頃更新予定です。




