第27話 試行と嗜好
厨房に足を踏み入れたノアの足取りに迷いはなかった。 誰の許可も得ていないが、同時に誰かに「使うな」と釘を刺されたわけでもない。ノアの論理では、禁止されていない領域はすべて自由区画と同義だった。
「少しずつ、試していくしかないか……」
独り言が静まり返った厨房に溶ける。一度で正解に辿り着けるほど、料理という名の錬金術は甘くない。前世で言うところの「実家からの仕送りを命綱に、手探りで生存を図る自炊戦法」が、今のノアにできる唯一の攻略法だった。
ノアは手近な鍋を手に取り、その中に「お米様」と水を投入した。
(米より水が多い。そこまでは確定している)
分量は目分量だが、ノアの脳内には確固たる「理屈」が走っている。
(米一に対して、水二。……たぶん、これだ)
「お砂糖、お持ちしましたわ」
背後から声がした。振り返らずともわかる。生米をポリポリと齧りながら、両手に砂糖と塩を携えた露出狂――もとい、露出魔ニマがそこに立っていた。ノアはあえて反応を返さず、目の前の宇宙に集中した。
いざ、着火。
「……はじめ、ちょろちょろ」
火力を絞り、じっと鍋を見つめる。 ……いつまで「ちょろちょろ」させればいいのか。その疑問が脳裏をよぎったが、ノアは考えることを放棄した。
(ここは、コメ・センサーに任せよう)
もちろん、そんな高精度の機能は彼女に備わっていない。完全なる直感、もっと言えばその時の気分だ。
数分後。
「……今だ。ぱっぱモード」
ノアの背後に、謎の集中線と共に鋭いカットインが入る!
火を一気に強めた。鍋の底から、パチパチとそれらしい音が響き始めた。
(あとは……赤子が……)
ノアは耳を澄ませる。伝承によれば、赤子が泣いても蓋を取ってはならないはずだ。
(……泣かないな)
不穏な予感が胸をかすめたが、今さら引き返すという選択肢は存在しなかった。意を決して火を止め、鍋の蓋を剥ぎ取る。
そこに鎮座していたのは――。 おかゆと、炊飯の「成れの果て」との中間地点にある、形容しがたい何かだった。
ノアは数秒間、無言でその白濁した物体を見つめ、
「……まあ、いいか」
短くそう切り捨てると、砂糖を持ったまま待機していたニマの前に差し出した。
「消費して」 「まあ! いただけますわ!」
ニマは破顔し、「味がないですわね」などと身も蓋もないことを口にしながら、躊躇なく砂糖をドバドバとかけて食らいつく。
「美味しいですわ、ノア様!」
「……そう」
毒にもなっていないようだし、普通に(?)食べているのだから問題はないことにした。
「生米を混ぜると、美容にもいいらしいよ」 「まあ! さすがノア様ですわ!」
根拠のないデタラメを吐いたが、訂正する手間をかけるほどの理由もなかった。
やがて鍋は空になり、厨房には静寂だけが残った。 ノアは手を洗い、エプロンを外すと、何事もなかったかのような顔で持ち場へと戻る。
結局、何かが劇的に解決したわけではない。 ただ一回分の試行を終え、データの蓄積がひとつ増えただけ。
それがノアにとっての、確実な一歩だった。
お読みいただきありがとうございました!
※本作はフィクションです。
ノアの「適当な嘘」を信じて生米を食べたりしないでください。お腹を壊します。
「赤子が泣く前に米が泣いてるぞ」と思った方!
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