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第26話 第2ステージへ

 ここは王都冒険者ギルド。

 現在、この場所はかつてないほどの「異変」に見舞われていた。


 漂っているのは、ひりつくような緊張感……ではなく、

 鼻腔をこれでもかと蹂躙する、むせ返るような甘い香り。


 そう、お米様の成れの果て――

 あの甘ったるいライスプディングが、大鍋いっぱいにギルドのロビーへと鎮座していたのである。


「さあ、みんな食べて!

 これ、日頃の感謝の印だから!」


 ノアは、いつになく殊勝な態度で冒険者たちへそれを振る舞っていた。


 普段はポテトを強奪していく小さな小動物が、

 潤んだ瞳で上目遣いに「いつもありがとう」なんて言いながら差し出してくるのだ。


 たとえその中身が「甘く煮たお粥」という未知の恐怖であっても、

 屈強な冒険者たちは誰一人として拒否することができなかった。


 ノアの魅了スキルは相変わらずポンコツだが、

 どうやら「保護欲を掻き立てる」という一点においてのみ、

 魔王軍の幹部クラスも驚愕するほどの精度を誇っているようだった。


 必死の「在庫処分」が功を奏し、

 ようやく鍋の底が見え始めたある日のこと。


 例の露出狂サキュバス、ニマが、

 再びギルドの扉を蹴破らんばかりに現れた。


「あら、ノア様!

 もう無くなったのですか?

 流石ですわ!

 すぐに陛下に追加を――」


「待て!!

 全力で待て!!」


 ノアは食い気味にニマの言葉を遮った。

 二度とあの甘い泥をギルドに氾濫させるわけにはいかない。


 ノアはニマの肩を掴み、真剣な眼差しで訴えた。


「お願いだから、次は『生』のお米を持ってきて。

 加工しなくていい、そのままの状態で!」


「え?

 生で食べるんですか?

 ノア様、鳩なんです?」


 心底不思議そうな顔で失礼なことをぬかすニマに、

 ノアの血管がピキリと音を立てた。


 腹が立ったので、在庫の成れの果てを三杯ほど無理やり奢っておいた。

 しかしニマは「美味しいですわ!」と幸せそうに完食したので、

 さらに二杯追加しておいた。


 そうだ、そのまま太ってしまえ!

 胸以外の、余計なところだけ全部な!


 そして――後日。


 ついにその時が訪れた。


 ニマが持参した小さな袋。

 その中には、白く、硬く、一粒一粒が宝石のように輝く、

 本物の「生米」が詰まっていた。


「…………これだ」


 ノアの瞳に、転生以来最大級の輝きが宿る。


 第一話でこの世界に産み落とされてから、紆余曲折を経てついに第26話。

 サキュバス・ノアは、ついに念願の「お米様」をその手に掴み取ったのである!


 手の中にあるのは、紛れもない生米。


 しかし、喜びも束の間、ノアは巨大な壁にぶち当たっていた。


「……これ、どうやって炊くんだっけ」


 横ではニマこと露出狂が、

 ポリポリと生米を齧りながら興味津々で覗き込んでいる。


「……やはり生はイマイチですわね。

 ノア様、これを本当にこのまま召し上がるおつもり?」


 歯ごたえがどうのこうのと文句を垂れるニマに対し、

 ノアは適当な嘘を吹き込んだ。


「これ、最新のダイエットなんだよ。

 魔王様も知らない秘密の美容法。

 しっかり噛んで食べなよ」


「まあ!

 美容に!?」


 ニマは目を輝かせ、さらに生米を口に放り込み始めた。

 よし、そのまま顎を鍛えて黙っていろ。


 問題は、調理法だ。


 ノアの頭にあるのは現代日本での記憶のみ。

 ボタン一つで美味しいご飯が出来上がる、

 あの魔法の「炊飯器」という文明の利器しか知らない。


 辛うじて脳の隅から引っ張り出せたのは、

 古の呪文のような一節。


『はじめちょろちょろ、なかぱっぱ』


「……その次は、

 赤子泣いても蓋取るな……だったっけ?」


 そこまで知っていれば大したものであるが、

 肝心の「どのくらいの火加減で、いつ火を止めるか」という核心部分が、

 完全に霧に包まれている。


 ましてや、水の加減など知るはずもない。

 指の第一関節くらいまで水を入れるとか入れないとか、

 曖昧な情報が頭の中をぐるぐる回るだけだ。


 ノアが真剣な顔で鍋と格闘していると、

 再びニマが口を挟んできた。


「ノア様、味付けの砂糖はどうしますか?

 お塩も少々入れますの?」


 ……無視だ。

 全力で無視である。


 お米様に砂糖をぶち込むなど、

 そんな冒涜は日本人の魂が許さない。


 計量カップもない、タイマーもない。

 あるのはノアの不確かな記憶と、並々ならぬ執念だけ。


 こうして、お米様復活の儀式は、

 調理という名の第二ステージへと進むことになった。


 果たしてギルドの厨房から立ち上るのは、

 芳醇な銀シャリの香りか、それとも――。

 

※本作はフィクションです。

生米を食べたりしないでください。


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