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第2話 サキュバスと首輪

「あー……痛い、痛いよぉ……」


 ノアは自分のお尻を両手でさすり、ぶつぶつと文句を言い募る。

 先ほど受けたのはギルドマスター直々のお仕置き――

 その武骨で分厚い、鍛え抜かれた手のひらによる、愛情たっぷりの痛すぎるお尻ペンペンだった。


 見た目年齢は成人女性、中身は元男性だが、肉体年齢は生後三日目である。


 ノアはカウンターの中で書類整理をするリリィに、大袈裟に身を乗り出して尋ねた。


「あのね、リリィさん。いくら生後三日目だろうと、この外見は立派なものじゃないですか。

 見た目は二十歳くらいの誰もが振り返るような麗しいサキュバスなわけで。

 しかも、そのお尻を容赦なく叩くとか、これはもはやセクハラじゃないですかね?

 常識的に考えてどう思います?」


 リリィは銀縁メガネの奥から、冷たい視線を一瞬だけノアに向けた。


「また、その話ですか。声が大きすぎます。聞かれてしまいますよ、ノア」


「聞かれたってどうってことないですよ、あのセクハラ親父!」


 ノアは鼻を鳴らし、首についた魔力封じの首輪をさすりながら、自信に満ちた口調で続けた。


「たとえこの魔力封じあっても、本気を出せば魅了でイチコロですよ。あのマスターだろうと!」


 リリィが呆れた息を吐く。

 ノアはふんぞり返り、自分の胸を叩いた。


 その仕草は、豊満とは程遠い胸の現実に、ただ虚しさを加えるだけだった。


 その時、休憩所から出てくるギルドマスターの威圧感のある巨体が、ノアの背後を通り過ぎた。


 マスターは、まるで独り言のように低い声でボソッと漏らした。


「別に、そこまで嫌なら首輪外して解放してやってもいいんだぞ。魔族の里にでも帰るか?」


 ノアは反射的にピタリと動きを止めた。そして、音速で振り向いた。


「あ、マスター! 何を恐ろしいことを言ってるんですか、断固拒否します!」


 ノアは小走りでマスターの前に回り込み、両手を大きく広げて盾となる。

 その形相は、まるで命懸けで故郷を守ろうとする兵士のようだった。


「こんな、三食昼寝付きのヌルい職場、じゃなかった、素晴らしい職場が他にどこにあるって言うんですか!」


 ノアは顔を引き攣らせて言葉を訂正するが、本音はダダ漏れだ。


 そう、ノアが首輪を付けられていようと、冒険者たちにかまわれていようと、このギルドの待遇は、なぜか異常に良かった。


 部屋は個室でプライバシーは完璧に保護されている。

 食事は三食、栄養バランスも考えられた上質なもの。さらにおやつまでついてくる。


 服も清潔な新しいものが定期的に支給される。


 昼寝もサボる時間も別についてるわけではないが、実質的には付いてくる。

 ノアを強く咎める者もいるけど、いない。


 ノアはさらに畳み掛けるように、顔を真っ青にして危機感を訴えた。


「それにですね。魔族の住処なんて、きっと暗くて寒くて、ロクな食事も出ないに決まってます!

 おまけに、豊満な肢体を持ったバリバリのサキュバス先輩たちに囲まれて、きっと小ぶりな胸を馬鹿にされるに違いないんです!」


 ノアは自身の胸元を軽く叩き、不満と恐怖で顔を歪める。

 それが、真実の恐怖だった。


「私は一生マスターについていきますよ。だから、この首輪を外すことは絶対に拒否します!」


「……そうか」


 マスターは心底どうでもよさそうな顔で顎鬚を撫で、そのままロビーの方へ出て行った。


 ノアはホッと胸を撫で下ろすと、受付カウンターに戻る。


「危ない危ない。リリィさん、次のレンタルはいつ入りますか?

 あ、その前に、ギルドの食堂で焼きたてのパンをもらってきてもいいですか?

 今、無性に小麦粉が食べたい気分で」


 一転して明るい声を出す。

 調子のいいサキュバスである。

 

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