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第21話 王都在住の魔族、該当者一名


 王都冒険者ギルド、昼下がり。


 ノアはいつもの定位置――冒険者たちのテーブルの端に、当然の顔をして腰掛けていた。


「だからさー、唐揚げは一人二個までっておかしくない?

 一個目は確認用、二個目が実食じゃん?」


「知らねえよ」

「勝手に試験工程増やすな」


 文句を言われながらも、ノアは三個目の唐揚げを狙う。

 だが今回は、箸が伸びてくる前に、妙な違和感が先に来た。


 ……静かすぎる。


 周囲の冒険者たちが、なぜかチラチラと受付の方を見ている。

 笑い声も、酒の音も、ほんの少しだけ控えめだ。


「?」


 ノアは首を傾げ、唐揚げを口に放り込んでから立ち上がった。

 羽を軽く揺らしながら、掲示板の前へ向かう。


 そこには、リリィが一枚の紙を貼り出していた。

 いつもの業務連絡とは違う、やけに分厚い封蝋付きの文書だ。


「ねえリリィさん、それなに?」


 気軽な調子で聞いたつもりだった。

 だが、リリィはすぐに答えなかった。


……

 それから、事務的な声で読み上げる。


「――王都在住の魔族。

 該当者一名に告ぐ」


 ノアは一瞬、きょとんとした。


「……該当者一名?」


 周囲が、ざわつかない。

 誰も「誰だ?」とは言わない。


 全員、もうわかっている。


「サキュバス・ノア」


 フルネームで呼ばれた瞬間、

 空気が、完全に止まった。


「え、指名制なの?」

「予約必要なタイプのやつ?」


 冗談めかして言ってみたが、誰も笑わない。

 リリィは紙から目を離さず、淡々と続きを読む。


「魔王陛下復活に伴い、

 人間社会に取り残された魔族の保護政策を開始する」


「保護、ねえ……」


 ノアは小さく呟いた。

 首元の重みが、急に存在感を主張してくる。


「該当者は三日以内に身元登録を行い、

 現在の居住地、職務内容、ならびに

 人間社会との関係性を申告すること」


「へー……」


 ノアは紙を覗き込む。


「私さ、職務内容って書けるほど働いてないんだけど。

 “唐揚げ消費係”とかでもいい?」


 やっぱり、誰も笑わない。


「登録を拒否した場合――」


 リリィの声が、ほんのわずかに硬くなる。


「魔王軍は、当該魔族を

 速やかに“本来あるべき居場所”へと移送する」


 数秒。

 ギルドの広いロビーが、真空になった。


「……ねえ」


 ノアは、ゆっくりと顔を上げた。


「それ、私が『帰りません』って言ったら?」


 リリィは、すぐには答えなかった。

 視線をカウンター奥へ投げる。


 腕を組んだギルドマスターが、そこに立っていた。

 怒鳴らない。

 殴らない。

 ただ、掲示板を見つめている。


 リリィは、ようやく口を開いた。


「……その場合」


 ……


「あなたは

 “人間社会に取り残された要保護魔族”として、

 正式な回収対象になります」


 ノアの口が、少しだけ開いたまま止まった。


「……あのさ」


 笑おうとして、失敗した声。


「私、今ここでさ」


「三食出て、おやつもあって、

 昼寝もできて、

 たまに怒られるけど」


 視線を巡らせる。

 見慣れた冒険者たち。

 気まずそうに目を逸らす顔。


「わりと……保護されてない?」


 誰も、答えなかった。


 ノアは理解した。


 これは戦争じゃない。

 革命でもない。


 ただ――

 自分一人の居場所が、公式に否定されただけだ。


「……やば」


 ぽつりと、本音が零れる。


「これ、差別とか以前に」

「私専用の通知じゃん……」


 誰も否定しなかった。


 王都にいる魔族は、ノア一人。

 だからこの張り紙は、世界で一番静かな名指しだった。


 ギルドのぬるま湯は、

 音もなく、冷え始めていた。


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