表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/49

第18話 サキュバスの営業


「お米食べたい……」


 私の魂からの叫びは、一瞬の静寂の後、ギルド中の微妙な空気の中に溶けて消えた。


「お腹が減ってただけか……」


 そう言いながらクッキーを差し出すアルクリームさん。

 だが、問題は何も解決していない。


 私の体内で荒れ狂う『日本人のDNA』は、依然として白米を求めて暴動を起こしているのだ。


 パンも美味しい。

 パスタも悪くない。


 だが、それらはあくまで「おかず」の相棒であり、主食の王様ではないのだ。


「くっ……震えが止まらない……」


 私はアルクリームさんが差し出してくれたクッキーをバリバリと齧りながら、糖分で脳を騙す。


(落ち着け、私。

 いつか必ず、この異世界で炊きたての銀シャリを見つけ出し、卵かけご飯にしてやる……!)


 口いっぱいにクッキーを詰め込みながら、私は脳内のホワイトボードに新たな目標を書き殴った。


【重要ミッション】

 1.米(ジャポニカ米に限る)の確保

 2.アルクリーム級の「優良物件パトロン」の確保


 そう、米を手に入れるには金がいる。情報がいる。


 今の私の手持ちの駒は、アルクリームさん一人だ。

 彼は確かに「当たり」だが、もし彼が都合で実家に帰ったり、あるいは万が一、正気に戻って私の魅了(勘違い)から覚めてしまったら?


 私は一夜にして、タダ飯とプリンを失うことになる。


(リスクヘッジだ!

 あと二人……いや、三人は欲しい!)


 私はふんす、と鼻息を荒くした。


(まあ、この私の美貌と溢れ出る愛嬌にかかれば、ちょろい冒険者の一人や二人、イチコロでしょうが!)


 私は自信満々に立ち上がった。


 ターゲットを探してギルド内を見回すが、あいにくアルクリームさん以外に、めぼしい「優良投資先オーラ」を出しているカモは見当たらない。


(ふん、まあいい。

 まずは地道なドブ板営業から始めるのが、トップセールスへの道だ)


 私は手近なテーブルの屈強な冒険者グループへと特攻をかけた。


「やっほー、そこのお兄さんたち」


 私は愛想よく手を振りながら、当然の権利のように彼らのテーブルの空席に座り込む。


 そして、自然な手つきで大皿に乗っていた唐揚げを一つ摘み、口に放り込んだ。


「あ、こら!」


「まあまあ、減るもんじゃなし」


 文句を言う冒険者をスルーして、私はニカリと笑う。


「ねえねえ、今なら《レンタルサキュバス》キャンペーン中だよ?」


「……はあ? なんだそりゃ」


 男たちがきょとんとした顔をする。


 私は人差し指を立てて、得意げにプレゼンを開始した。


「聞いて驚きまたえ? 超豪華だぞ」


 私は指を折りながら数え上げる。


「まず、わたしに『ご飯を食べさせる権利』」


「食事してる所を、横から『美味しそうだなー』ってつまんで食べてあげる」


「いつもやってるじゃねえか!」


 男たちは楽しそうにツッコミを入れる。

 その目は笑っていて、どこか親戚の子供のワガママを聞くような温かさがある。


「次に、『昼寝させたり』できる」


「おお、膝枕か?」


「いや、私が『すやすや』と気持ちよさそうに昼寝をする。

 その寝顔を見る権利をあげよう」


「俺らが寝るんじゃないのかよ!」


「そして極めつけはこれだ!

 なんと、『おんぶ』はされてあげる!」


 私は胸を張り、ドヤ顔で宣言した。


「……は?」


「おんぶしてやる、じゃなくて?」


 冒険者の一人が耳を疑うように聞き返す。


 私は呆れたように溜息をつき、チッチッと指を振った。


「何言ってるの。

 か弱い私がそんなことできるわけないでしょ?」


「特別に、出先で歩き疲れたわたしを運ぶ権利をあげるって言ってるの!」


「なんで俺らが荷物持ちしなきゃなんねーんだよ!」


「サキュバスのぬくもりを背中に感じられるとかご褒美でしょうが!」


 力説すると、冒険者たちは顔を見合わせ、ドッと沸いた。


「ガハハ! ぬくもりがご褒美かよ!」


「まあ、ノアちゃんは羽みたいに軽いからなぁ。

 荷物にはなんねぇか」


「俺の背中は空いてるぞ? 特等席だ」


 なんだかんだ言いながら、彼らは満更でもなさそうだ。


 私はさらに調子に乗って、とっておきのオプションを提示する。


「さらに!

 私の気が向いて、お腹がいっぱいで、機嫌が良い時に限り!」


「戦闘中に『黄色い声援』を飛ばしてあげるオプション付きだ!」


「条件厳しすぎだろ!」


 冒険者たちは呆れ果てて笑い出した。


「しょうがねぇなぁ、ノアは」


「ほら、食っていいぞ」


 私のふざけた営業トークすら、彼らにとっては楽しい酒の肴になっているようだ。


 差し出された唐揚げに、私がホクホク顔で手を伸ばす。


(ふふふ、手応えあり。

 こうやって徐々に私のファンを増やし、

 いつかは『ノア親衛隊』を結成させて米を貢がせる……!)


 私が勝算に酔いしれ、彼らの皿から二個目の唐揚げを奪おうとした、その時だった。


 ガシッ。


 首輪を掴まれ、グイッと上体を引き起こされた。


「……楽しそうだな」


 地獄の底から響くような声。


 振り返らなくてもわかる。ギルドマスターだ。


「……いや、そ、そうですね。

 新規顧客開拓を……」


 引きつった笑みで振り返る私に、マスターは冷ややかな視線を落とす。


「ちょっと来い……」


 抵抗する間もなく、私の体は後方へと運ばれていく。


 ズルズルと、足が床を擦る虚しい音が響き始めた。


「あれ?」


「ちょっと待ってマスター?」


「わたし、なんかやっちゃいましたか?」


 私がとぼけて見せると、マスターは一切の慈悲を含まない声で告げた。


「さっきの件も含めて、お仕置きだ」


「ひっ!?」


 そのまま、説教部屋へと連行されていく。


「やだー! お仕置きいやーーー!」


 今日も明るい悲鳴がギルドに響き渡る。


 冒険者たちは、そんな私を肴に、また楽しそうに酒を酌み交わしていた。


 結果として、パトロンは見つからなかった。

 だが、好印象であることは、どうやら間違いなさそうだった。


(いつか絶対、

 お米と都合のいい優良物件パトロンに囲まれた

 スローライフを勝ち取ってやる!)


 わたしは説教部屋へと引き摺られながら、

 まだ見ぬ白米に思いを馳せた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ