第18話 サキュバスの営業
「お米食べたい……」
私の魂からの叫びは、一瞬の静寂の後、ギルド中の微妙な空気の中に溶けて消えた。
「お腹が減ってただけか……」
そう言いながらクッキーを差し出すアルクリームさん。
だが、問題は何も解決していない。
私の体内で荒れ狂う『日本人のDNA』は、依然として白米を求めて暴動を起こしているのだ。
パンも美味しい。
パスタも悪くない。
だが、それらはあくまで「おかず」の相棒であり、主食の王様ではないのだ。
「くっ……震えが止まらない……」
私はアルクリームさんが差し出してくれたクッキーをバリバリと齧りながら、糖分で脳を騙す。
(落ち着け、私。
いつか必ず、この異世界で炊きたての銀シャリを見つけ出し、卵かけご飯にしてやる……!)
口いっぱいにクッキーを詰め込みながら、私は脳内のホワイトボードに新たな目標を書き殴った。
【重要ミッション】
1.米(ジャポニカ米に限る)の確保
2.アルクリーム級の「優良物件」の確保
そう、米を手に入れるには金がいる。情報がいる。
今の私の手持ちの駒は、アルクリームさん一人だ。
彼は確かに「当たり」だが、もし彼が都合で実家に帰ったり、あるいは万が一、正気に戻って私の魅了(勘違い)から覚めてしまったら?
私は一夜にして、タダ飯とプリンを失うことになる。
(リスクヘッジだ!
あと二人……いや、三人は欲しい!)
私はふんす、と鼻息を荒くした。
(まあ、この私の美貌と溢れ出る愛嬌にかかれば、ちょろい冒険者の一人や二人、イチコロでしょうが!)
私は自信満々に立ち上がった。
ターゲットを探してギルド内を見回すが、あいにくアルクリームさん以外に、めぼしい「優良投資先オーラ」を出しているカモは見当たらない。
(ふん、まあいい。
まずは地道なドブ板営業から始めるのが、トップセールスへの道だ)
私は手近なテーブルの屈強な冒険者グループへと特攻をかけた。
「やっほー、そこのお兄さんたち」
私は愛想よく手を振りながら、当然の権利のように彼らのテーブルの空席に座り込む。
そして、自然な手つきで大皿に乗っていた唐揚げを一つ摘み、口に放り込んだ。
「あ、こら!」
「まあまあ、減るもんじゃなし」
文句を言う冒険者をスルーして、私はニカリと笑う。
「ねえねえ、今なら《レンタルサキュバス》キャンペーン中だよ?」
「……はあ? なんだそりゃ」
男たちがきょとんとした顔をする。
私は人差し指を立てて、得意げにプレゼンを開始した。
「聞いて驚きまたえ? 超豪華だぞ」
私は指を折りながら数え上げる。
「まず、わたしに『ご飯を食べさせる権利』」
「食事してる所を、横から『美味しそうだなー』ってつまんで食べてあげる」
「いつもやってるじゃねえか!」
男たちは楽しそうにツッコミを入れる。
その目は笑っていて、どこか親戚の子供のワガママを聞くような温かさがある。
「次に、『昼寝させたり』できる」
「おお、膝枕か?」
「いや、私が『すやすや』と気持ちよさそうに昼寝をする。
その寝顔を見る権利をあげよう」
「俺らが寝るんじゃないのかよ!」
「そして極めつけはこれだ!
なんと、『おんぶ』はされてあげる!」
私は胸を張り、ドヤ顔で宣言した。
「……は?」
「おんぶしてやる、じゃなくて?」
冒険者の一人が耳を疑うように聞き返す。
私は呆れたように溜息をつき、チッチッと指を振った。
「何言ってるの。
か弱い私がそんなことできるわけないでしょ?」
「特別に、出先で歩き疲れたわたしを運ぶ権利をあげるって言ってるの!」
「なんで俺らが荷物持ちしなきゃなんねーんだよ!」
「サキュバスのぬくもりを背中に感じられるとかご褒美でしょうが!」
力説すると、冒険者たちは顔を見合わせ、ドッと沸いた。
「ガハハ! ぬくもりがご褒美かよ!」
「まあ、ノアちゃんは羽みたいに軽いからなぁ。
荷物にはなんねぇか」
「俺の背中は空いてるぞ? 特等席だ」
なんだかんだ言いながら、彼らは満更でもなさそうだ。
私はさらに調子に乗って、とっておきのオプションを提示する。
「さらに!
私の気が向いて、お腹がいっぱいで、機嫌が良い時に限り!」
「戦闘中に『黄色い声援』を飛ばしてあげるオプション付きだ!」
「条件厳しすぎだろ!」
冒険者たちは呆れ果てて笑い出した。
「しょうがねぇなぁ、ノアは」
「ほら、食っていいぞ」
私のふざけた営業トークすら、彼らにとっては楽しい酒の肴になっているようだ。
差し出された唐揚げに、私がホクホク顔で手を伸ばす。
(ふふふ、手応えあり。
こうやって徐々に私のファンを増やし、
いつかは『ノア親衛隊』を結成させて米を貢がせる……!)
私が勝算に酔いしれ、彼らの皿から二個目の唐揚げを奪おうとした、その時だった。
ガシッ。
首輪を掴まれ、グイッと上体を引き起こされた。
「……楽しそうだな」
地獄の底から響くような声。
振り返らなくてもわかる。ギルドマスターだ。
「……いや、そ、そうですね。
新規顧客開拓を……」
引きつった笑みで振り返る私に、マスターは冷ややかな視線を落とす。
「ちょっと来い……」
抵抗する間もなく、私の体は後方へと運ばれていく。
ズルズルと、足が床を擦る虚しい音が響き始めた。
「あれ?」
「ちょっと待ってマスター?」
「わたし、なんかやっちゃいましたか?」
私がとぼけて見せると、マスターは一切の慈悲を含まない声で告げた。
「さっきの件も含めて、お仕置きだ」
「ひっ!?」
そのまま、説教部屋へと連行されていく。
「やだー! お仕置きいやーーー!」
今日も明るい悲鳴がギルドに響き渡る。
冒険者たちは、そんな私を肴に、また楽しそうに酒を酌み交わしていた。
結果として、パトロンは見つからなかった。
だが、好印象であることは、どうやら間違いなさそうだった。
(いつか絶対、
お米と都合のいい優良物件に囲まれた
スローライフを勝ち取ってやる!)
わたしは説教部屋へと引き摺られながら、
まだ見ぬ白米に思いを馳せた。




