第1話 王都冒険者ギルド
ここは王都冒険者ギルド。
木と石造りの堅牢な建物の中には、依頼を受ける者、報告をする者、そして常に危険と隣り合わせの職場で疲弊しきった面々がひしめき合っている。血と汗と、時々かすかに酒の匂いが混ざった、活気と緊張の空間だ。
その喧騒の中、一際大きな怒鳴り声が響き渡った。
「ノアー! ノア! どこいったあいつ! またサボりかあいつは!」
ギルドマスターの巨体が、受付カウンターの奥から顔を出す。その顔は、今日も疲労と苛立ちで真っ赤だ。
「よんだー、マスター」
マスターの声に反応して、ロビーの隅から銀髪のサキュバス――ノアがひょっこりと顔を出した。
ノアは今、屈強な冒険者たち数人に囲まれ、焼いた肉やパンの切れ端をホクホク顔で恵んでもらっている真っ最中である。彼らは警戒心ゼロで、むしろその珍しい姿を愛でるように微笑んでいる。
受付嬢のリリィが、額を押さえながら冷静に突っ込む。
「餌付け、やめてくださいって昨日も一昨日も言いましたよね!」
「だって、サキュバスをここで飼ってるのが悪いんじゃん」
「おい、誰が飼っているだ!」
マスターは渋い顔をしつつも、ノアを連れてきた男たちに「世話になった」と軽く会釈した。ノアは口の周りをパンくずだらけにしながら、マスターの元へ小走りにやってくる。
「訓練もしろ! おまえはただでさえ弱いんだから! そんなんだからパーティを組もうとしても……」
「なんか、魔族がいるだけでパーティーの士気が下がるんで……」
「回復スキルも使えないなら、いらないっす」
「サキュバスって言っても、こんなもんなんですね……期待外れだわ」
「とか言われるんだ!」
そう私の仕事は、《レンタル冒険者》1人怪我した、とか後1人ほしい!とかそんな時に1日借りれるシステムだ。
グサグサと、過去に言われた心無い言葉がノアの胸に突き刺さる。うぅ、思い出しても痛い。このギルドに来てから、ずっとこんな調子だ。
ノアはムッと頬を膨らませ、腕を組んだ。
「チッチッチ、私を、ただぼんやり遊んでいるだけの役立たずだと思っていませんか?」
「私だって、この役立たずな身体でどうにか役に立つため、常に考えているんですよ!」
「ほほう?」
マスターは心底信じていないという表情で、長い顎鬚を撫でる。
「……信じていませんね。よろしい」
ノアはそこで背筋を伸ばし、大きく息を吸い込むと、優雅な仕草で一歩踏み出した。そして、その魅惑的な(はずの)顔に、全魔力を集中させる。
「刮目してみよ、マスター! これぞ、捕獲されてから三日で編み出した私の新たな奥義!」
「最終奥義ウインク!」
ノアは高らかに宣言し、次の瞬間――
**両目をぎゅっと閉じ、力みすぎて顔全体を歪ませた。**その姿はウインクというより、顔面を痙攣させているようにしか見えない。
……
……
……
ロビーに不自然な静寂が訪れる。
ノアはそのまま数秒固まった後、パチッと両目を開いた。
……
……
ノアは無言でさきほどまで座っていたテーブルに戻り、残りのパンを黙々と頬張り始めた。
……
「……おい!」
マスターはついにブチ切れた。その大きな手の甲が、ノアの頭頂部に降り注ぐ。
「いたたたたたた! たたたたい! いてててて!」
ノアは両手で頭を抱えるが、マスターの拳骨によるグリグリは止まらない。
「ちがいます! ちがいます! そもそもマスターもおかしいんですよ!」
ノアは涙目で、今度はマスターに反論し始めた。
「生まれたてのサキュバスとっ捕まえて働かせるって犯罪ですよ、犯罪!」
「 私、あの時生まれて3分ですよ3分!! 生まれたての子供を強制労働とか……」
「しかもこんなぶっとい首輪はめて、犯罪どころか変態ですよね!!?」
マスターの怒りが頂点に達していることに気づかないノア。その場にいた冒険者たちは、本能的に命の危険を感じ、そっと席を立って場所を開けていく。
「……よし、わかった。少しお仕置きが必要だな」
マスターは低く唸るような声で言うと、ノアの首に嵌められた魔力封じの首輪を、ためらいなく掴んだ。
「え……」 「来い、ノア」
ズリズリと首輪を掴まれ、ノアを引きずっていく。
「ちょっと待って!」
「大人気ないなーマスター!」
床にずるずると引きずられながら、ノアの悲鳴がギルド中に響き渡った。
「いやあー! お仕置きいやー!」
ここは王都冒険者ギルド。今日もノアの明るい悲鳴が、いつものように響き渡る。




