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第13話 KPIと業務改善計画

 ノアは頭を抱えていた。


 ギルドの片隅、いつもの定位置(サボり場所)であるテーブル席。

 だが今日ばかりは、いつものように冒険者から巻き上げたフライドポテトを咀嚼する余裕など、微塵もなかった。


 ことの発端は、昨晩の閉店後にマスターが放った、あの一言だ。


『給仕が嫌なら本職(レンタル冒険者)で結果を出せ。

 さもないと――クビだ』


 クビ。

 一般的に、それは解雇を意味する。


 だが、この状況における「クビ」とは、すなわち

 **『首輪を外す』**ということを意味していた。


「……詰んだ」


 ノアはがっくりとテーブルに突っ伏した。


 首輪を外される。

 それは自由の獲得ではない。


 衣食住の保証されたこのぬるま湯生活からの追放であり、

 あの寒くて暗い(偏見)魔族の里への強制送還を意味する。


 それは、死活問題だった。


「どうやら、私の完璧な魅了チャームだけでは不十分らしい……」


 ノアは深刻な顔で独りごちる。


 あのアル……なんとかクリームさんを骨抜きにした(と思い込んでいる)実績があるにも関わらず、マスターのガードは鉄壁だ。

 愛嬌だけでは、この冷徹な管理社会を生き抜くことはできないのか。


 ノアの脳裏に、前世の記憶がまざまざと蘇る。

 かつて日本という国で、すり減るほど働かされたサラリーマン時代のトラウマが。


「これは、あれだ……」


 ノアはわなわなと震える指先で、虚空を指した。


「目標設定をさせて、到達したら『よくやった』と褒めるふりをして、

 次はさらに高い目標を設定してくるやつだ……!」


 そう、これは**『社畜生成システム』**そのものだ。


 ノルマ達成。

 それはゴールではない。新たなる地獄のスタートラインなのだ。


「給仕が嫌なら冒険者をやれ」と言われ、

 仮に冒険者として成果を出せば、次は

「次はもっと稼げ」

「ランクを上げろ」

「ドラゴンを倒せ」

と、要求は青天井に吊り上がっていくに違いない。


 前世の記憶が、けたたましく警鐘を鳴らしている。

 **『真面目に働いたら負けだ』**と。


「くっ……!

 なんて汚いやり方なんだ、マスター!」


 ノアはバンッとテーブルを叩いた。


 周囲の冒険者たちが「またあいつか」という目で見てくるが、今のノアには届かない。


 このままマスターの思惑通りに働けば、待っているのは過労死。

 かといって働かなければ、首輪を外されて野垂れ死に。


 進むも地獄、引くも地獄。


「……いや、待てよ」


 ノアはふと、顔を上げた。


 悪知恵を働かせる時特有の、底意地の悪い光が瞳に宿る。


「要は、『結果』さえ出せばいいんでしょう?」


 マスターは言った。

 「結果を出せ」と。


 逆に言えば、

 「結果さえ出ているように見えれば、サボっていても文句は言われない」

 ということではないか?


「ふふふ……見えた。見えましたよ、私の生きる道が!」


 真正面から努力して目標を達成するなど、二流のやること。

 一流の社畜(元)は、数字と報告書をいじって、

 「やってる感」を出すことこそが真骨頂なのだ。


 ノアはニヤリと笑い、立ち上がった。


「見ていろマスター。私の『結果』を……!

 労働を最小限に抑えつつ、最大限の評価を掠め取る。

 これぞ、サキュバス流・業務改善計画サボタージュだ!」


 方向性を全力で間違えた決意を胸に、ノアはギルドの依頼掲示板クエストボードへと向かった。


 そこには、彼女の運命を(悪い意味で)変える依頼が待っているとも知らずに。


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