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DANDY〜もう戻れない〜  作者: kagari
プロローグ
9/18

タイトル未定2025/11/24 08:40

 実家の玄関のドアをそっと開けると、家政婦のまちこと鉢合わせをした。

 ボクは、小さな声で言った。

「おはようございます……親父は?」

「坊ちゃん、おはようございます。旦那様なら、診察室に行かれましたよ」

 まちこの言葉に、ボクは小さく息をついた。

 そんなボクに、まちこは言った。

「昨夜旦那様は、お怒りでしたよ」

 昨夜勤務が終わった後、父親に何も言わず報告会をすっぽかしてボクは瞳に会いに行った。

「やっぱり……まだ、怒り継続中?」

「坊ちゃんに急ぎの用事ができたと言っておきましたから、話をあわせてくださいね」

「ありがとうございます!」

「でも、嫌味のひとつやふたつは、覚悟してくださいね」

 嫌味のひとつやふたつ……まちこに言われた通り、ボクは覚悟をしていたが、父親は何事もなかったようにいつものように受付で朝礼をした。

 朝礼が終わると、父親はボクを呼んだ。

 此処で嫌味を言われる!そう思ったが、そうではなかった。

「これから看護師長と、此処へ行ってくれ。詳しいことは、ここに書いてある。わからないことは、看護師長に聞け」

 そう言いながら父親は、受付から出て行った。

 父親に手渡されたファイルを見ると、今日の日付と保育園の内科検診の日程表が書いてあった。

 看護師長が運転する車で、指定された保育園に行った。

 園内にあるホールで、検診は年少児から始めた。

 年少児の検診が終わり、年中児の検診になった。

 さすがに年中児ともなると、スムーズに検診ができる。

 流れ作業のように、内科検診は続いた。

 ふと、ある園児の胸に聴診器をあてた時、ボクの手は止まった。

 園児に背中を向けるよう言い、そっと服をめくり上げ、園児の身体に聴診器を当てながら園児の身体を観察した。

 園児は年中児にしては身長があるものの、ひ弱な身体つきをしていた。

 園児が着ていた服の名札に、ボクの目はくぎ付けになった。

「どうか、しましたか?」

 助手役の看護師長の声で、ボクは我に返った。

「いえ、なんでもありません」

 何事もなかったように、ボクは検診を続けた。

 ひ弱な身体つきをした園児は、瞳が話してくれた大門だった。

 瞳に息子がいることは、やはり本当のことだった。

 ボクは、落胆した気分だった。

 園児たちの内科検診が無事に終わり、職員室の入り口でボクと看護師長は、園長に挨拶をした。

 一通りの挨拶を終え、ボクは看護師長に車で待っているように言った。

 看護師長がいなくなってから、ボクはゆっくり切り出した。

「すみませんが、大門君の担任の先生と話をしたいのですが」

 ボクの頼みに、園長はすぐ呼び出してくれた。

 大門の担任は、まだ二十代の若い担任だった。

 突然の呼び出しに、ひどく緊張した表情をしていた。

 その緊張をほぐすため、敢えてすぐには本題に入らなかった。

「今日は、お疲れ様でした」

「お世話になりました」

「今年の四月から実家の病院で勤務するようになって、園児たちの内科検診は、これが初めてなんですよ」

 ボクの言葉に、園長が反応した。

「毎年麻生先生が、診察に来てくれるんですよ。先生に、息子さんがいらっしゃったなんて、知りませんでした」

「ボクも、父親が毎年園児の内科検診をしているとは、知りませんでした」

 少しだけ和やかな雰囲気になったのを機に、ボクは本題に入った。

「大門君のことで話が」

「大門君……」

 大門の名前を出しただけで、ボクが何を話したいのか、園長と担任は察しがついたようだった。

 ボクは一気に、話を進めた。

「大門君を診察したら、大門君の胸や背中に青あざが、いくつもありました。もしかして、家庭内で虐待があるのではと……」

 ボクの言葉に大門の担任と園長は顔を見合わせ、担任は小さくうなずくと、ゆっくり切り出した。

「お気づきのように、家庭内で日常的に虐待があります。保護者の方と、何度か面談をしたのですが」

「そうですか……大門君は知り合いの息子さんなので、気になって。ボクの方からも注意します」

「よろしくお願いします」

 担任と園長は、そろって頭を下げた。


 保育園を出て駐車場に向かうと、車の中で看護師長はスマホをいじっていた。

 ボクは助手席側のドアを開け、助手席に座った。

「先生、何かあったんですか?」

 普段、挨拶程度しかしたことがない看護師長だった。

 背が高くキリッとして、常に看護師たちをやさしく厳しく、指導をしていた。

 ごまかしたところで、看護師長は全てを見抜くだろう。

 ボクは、正直に看護師長に打ち明けた。

「検診中、知り合いの息子さんに会いました」

「そう言えば、年中児の検診中、少しだけ手が止まっていたわね。その児童?」

「はい。児童の胸や背中にあざがあって……」

「あざ……虐待?」

「担任に話を聞いたら、家庭内で虐待があると」

「家庭内のことになると、やっかいね」

 そう言った看護師長は、車のエンジンをかけた。


 午後の診察が終わると、父親は診察室を出て、診療所内から自宅に併設された自宅に行った。

 自宅から、診療所に戻ってきた父親はスーツ姿だった。

 父親はボクと、看護師長に言った。

「今から、出かける。戸締まりを頼む」

 そう言って、父親は出かけた。

 父親がいなくると、ボクは看護師長に言った。

「ボクも、出かけます。すみませんが、後を宜しくお願いします」

 ボクは、足早に看護師長の前を離れた。


 路線バスに乗ったボクはスマホを取り出すと、『遅くなるので、夕飯は外で食べる』と、さやかにラインを送った。

 

 保育園に着いた頃は、午後五時を回っていた。

 園庭では、親の迎えを待つ園児が遊んでいた。

 園児たちをゆっくり見ていると、園庭の隅にあるブランコで、ブランコに揺れていた大門を見つけた。

 大門は、一人だった。

 ボクは大門に近づき、大門に声をかけた。

「こんにちは」

 ボクに気が付いた大門は、揺らしていたブランコを止め、黙ったままボクを見上げた。

 ボクは大門の側に行き、腰を下ろして視線を合わせた。

「昼間ホールで、皆の身体を診た先生だけど、覚えているかな?」

 大門は、小さくうなずいた。

 大きな目でボクをみつめる大門は、黙り込んだままだった。

「大門君……だよね?ボクは、大門君のお母さんと友達なんだ」

 少し驚いた顔で、大門はボクを見ていた。

「お母さんは、優しい?」

 大門は少しの間を置いてから、大きく頷いた。

「お父さんは?」

 そう言うと、大門は視線を僕から外した。

「お父さんと、遊んだりするの?」

 大門はうつむいて、静かにブランコを揺らした。

 父親と、遊ばないのか。

 大門は、黙り込んだままだった。

「じゃあ、お母さんと遊ぶのかな?」

 大門は小さくうなずくと、ブランコから降りて、鉄棒の方へ行ってしまった。

 離れた場所から見ていると、大門は逆上がりに挑戦していた。

 しかしなかなか足が上がらない。

 ボクは、大門の方へ行った。

「しっかり鉄棒を握ってあごを引いて、思いっきり足を蹴るんだ。それ!」

 大門に声をかけながら、逆上がりの補助をした。

 大門の身体が、空に円を描くように周り、地面に着地した。

 大門は呆然とした表情で、ボクをみつめた。

「頑張ったね」

 言いながらボクは、手を上げた。

「タッチだよ」

 ボクがそう言うと、大門は恐る恐ると言うように手を上げた。

 ボクは、大門の手にタッチをした。

 すると大門は、初めてボクに笑顔を見せた。

「お父さんと、全然遊ばないの?」

「うん」

「お父さん、遊んでくれないの?」

「うん」

「そっか……じゃあ、ボクが大門君と遊ぶよ」

「……ホントに?」

「もちろん!」

 そう言った時だった。

 瞳の声が聞こえたのは。

「……七海君?なんで、此処にいるの?」

「この保育園の、検診に来たんだ」

「そう……」

 瞳は大門の手を引いて、歩き出そうとしたので、ボクは慌ててそれを阻止した。

「待てよ!話があるんだ」

「話なら、もうしたでしょ。大門、行くわよ!」

 すがるような目で大門はボクを見たが、瞳は大門を教室に連れて行った。

 遠ざかる瞳と大門を見ていたボクは、門の方へ歩いて行った。

 やがて大門の手を引いた瞳が、教室から出てきた。

 ボクを見るなり、瞳は小さくため息をついた。

「大門君と遊ぶ約束をしたんだ。約束を、守りたい」

「七海君……気持ちは嬉しいけど、私は、七海君に取り返しのつかないことをしたのよ。これ以上、七海君に迷惑をかけたくない」

「そんなこと、なんとも思っていないよ」

「何を言っているの!私たちのことは放っておいて。さぁ、大門行くわよ」

 瞳は言いながら、大門の手を引っ張った。

 ボクはすぐさましゃがみこみ、大門の頭をなでながら言った。

「約束は守るよ。大丈夫」

 不安そうだった大門の顔が、笑顔になった。

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