タイトル未定2025/11/24 03:04
さやかと医療の道を目指し、充実した日々をボクは過ごしていた。
しかし家では、ことあるごとに父親と衝突ばかりしていた。
幼い頃から医者になるように厳しく育てられ、それでいて普段は頑固で無口な父親だった。
幼い頃のボクは、父親は怖い存在でしかなかった。
ボクが成長をすると共に、父親との確執は益々広がり、家にいることにボクは苦痛を感じていた。
講義が終わり、いつものように学食でさやかと待ち合わせをして、さやかと学食でランチを食べながら、講義の内容を言い合った。
会話が途切れた時、ボクは思い切って切り出した。
「さやか、今住んでいる所を出て、一緒に暮らさないか?」
ボクの言葉にさやかは、息を飲んでボクをみつめた。
「家を出たいんだ」
さやかは、ゆっくりとコップの水を飲んだ。
静かにコップをテーブルの上に置きさやかは言った。
「今のマンションで、良いじゃない」
「広い部屋じゃなくて、良いのか?」
「お金がもったいないよ」
「……バイトするよ。もちろん、勉強も今まで以上にちゃんとやるよ!」
必死になって言うボクに、さやかはくすくす笑った。
「でもなぁ……バイトかぁ」
バイト経験がないボクは悩んだ。
とりあえず、情報誌でも見るか。
ネットだってあるんだし。
そう考えていた時だった。
「今夜、七海を連れて行きたい所があるんだけど。良い?」
「良いけど、何処?」
「その時のお楽しみ」
そう言ったさやかは、悪戯っぽく笑った。
全ての講義が終わり、ボクとさやかは夜の繁華街を歩いた。
さやかがボクを連れて行った所は、繁華街にあるbarだった。
深緑色のドアにはちいさな鐘が付いていて、ドアを開けると心地よい鐘の音が鳴った。
さやかに導かれるまま、ボクは店の中に入った。
店はカウンターの他にテーブル席があり、ゆったりしていた。店内はほどよく照明が落とされていて、カウンターの中には背が高い五十代くらいのひげをはやしたマスターが、優しく迎えてくれた。
さやかとボクは、カウンター席に座った。
カウンター席に座ると、マスターは笑顔でさやかに言った。
「さやかちゃん、いらっしゃい」
「こんばんは、マスター」
「この店に男性を連れて来たと言うことは、いよいよ身を固める決心がついたのかな?」
さやかは、笑顔でゆっくりうなずいた。
ボクとさやかは、カウンター席に座った。
さやかが、ボクに聞いてきた。
「ここは、ドリンクしかないの。何がいい?」
「任せる」
さやかは、カクテルをオーダーした。
カウンターの中でマスターは、カクテルを作り始めた。
派手なパフォーマンスこそないが、流れるようなカクテルを作る動作に、ボクはすっかり魅了していた。
「お待たせしました」
マスターの声で、ボクは我にかえった。
マスターが作ったカクテルは美しく、味も素晴らしかった。
カクテルを飲み干した時、さやかが言った。
「七海、この店でバイトをしてみない?」
思いがけないさやかの言葉に、ボクは息を飲んで声が出なかった。
「マスター、バイトをしてくれる人を探していたじゃない。七海も、バイトを探していたの。マスターの店なら安心だし。駄目かな?」
マスターは、ボクの方を向いた。
「七海君と言うのかな?」
「はい。麻生七海です」
「さやかちゃんのお墨付きなら問題ない。後は、きみ次第だ」
ボクは少しだけうつむき、顔を上げた。
「よろしくお願いします」
それから雑談を交えた身の上調査が始まり、具体的な仕事の話になった。
話が終わるとマスターは、再びカクテルを作り始めた。
ボクはカウンターの中でカクテルを作るマスターに、視線を送っていた。
いつかあんな風になりたい。
バーテンダーと言う、別の新しいもう一つの夢が、ボクの中に芽生えていた。




