タイトル未定2025/11/24 17:09
マンションからさやかが出て行き、数ヶ月が立っていた。
ボクもマンションから出て行き、実家の近くのマンションに移った。
やっと落ち着いた頃、勤務中緑と二人だけになった時、緑が言ってきた。
「先生、最近元気がないですね」
ボクが黙っていると、緑は楽しそうに言った。
「彼女と別れたとか」
ボクが黙っていると、緑は慌てて言った。
「えっ、本当に彼女と別れたんですか?」
「自業自得だよ。彼女に隠れて、元カノと会っていたんだから」
「まだ、会っていたんですか!」
「元カノと言うより、息子の大門が気になって」
「元カノの息子さん、大門君って言うんですか?」
「うん」
その時目の前の電話がなり、ボクは電話に出た。
電話の相手は、大門が通っている保育園の園長だった。
園長は、大門のことで話がしたいので保育園に来てほしいと言った。
電話の会話を隣で聞いていた緑は、険しい表情をしてボクに聞いていた。
「先生、保育園に行くのですか?」
「はい」
「私も、一緒に行きます」
「えっ?」
「車を出します。午後の診察に遅れたら、院長に嫌みを言われますよ」
緑がいたずらっぽく言うと、看護師が診察室に入って来てボクに声をかけた。
「先生、呼んでも良いですか?」
「はい、お願いします」
看護師は、患者を呼びに行った。
ボクと緑の会話は、そこで終わった。
午前の診療が終わり、昼休みボクは緑が運転する車の助手席にすわり、大門が通う保育園に向った。
「先生は、車の免許を取らないんですか?」
「時間がなかったからね。免許を取るなんて、考えたこともなかったよ」
さやかが言っていた。
ボクは、もう自由なんだと。
給食の時間が終わったのか、保育園は園児の声が響き、にぎやかだった。
園長しかいない職員室に入り、職員室のソファーに緑と並んで座った。
テーブルをはさんでソファーに座った園長が切り出した。
「お忙しいのに、お呼びだてをしてすみません」
「いえ。それより大門が何か?」
「大門君明るくなって、安心をしていたのですが、また以前のようにふさぎ込んでしまって。お母さんと面談をしたところ、家では普段と変わらないとおっしゃっていました。お母さんが帰られた後大門君と話をしたら、泣きながら「七海に会いたい」と言っていました。もうじき昼寝の時間が終わります。大門君が起きたら、会ってくれないでしょうか」
しばらくすると保育士が、大門を連れて職員室に入って来た。
大門はボクを見るなり、ボクに飛びついた。
「大門、七海にずっと会いたかったの!でもね、お母さんが七海に会っちゃいけないって言うの」
「大門には、お父さんがいるだろ」
ボクがそう言うと、大門は目にいっぱい涙をためてボクを睨んだ。
「ボクではなく、お父さんといっぱい遊んでもらえ」
「やだ!七海と遊ぶ!ずっと七海の側にいる!」
泣きじゃくる大門に、ボクは困り果てていた。
「……また、大門に会いに行くから」
涙で濡れた顔で、大門はボクを見た。
「本当?いつ?今日?」
「仕事が終わったら、会いに行くよ」
「本当?」
「約束する」
大門とゆびきりをすると、やっと大門は笑顔を見せた。
保育園を出て緑が運転をする車で、仕事場の診療所に向った。
ハンドルを握りながら、緑は言った。
「大門君に会いに、本当に行くんですか?私は、行かないほうが良いと思います」
「約束したからね。今日は、早めにあがります」
「大門君を理由に、元カノとよりを戻してしまうのではと心配です。大門君には、父親がいるんですよ」
「よりを戻すとか、そんなこと、これっぽちも考えていません」
「先生、いい加減縁を切りましょう」
「大門が、心配なんです」
「わかりました。先生が暴走しないように、私も一緒に行きます」
ボクは、ため息をついて言った。
「信用されて、いないんですね」
「信用していません。先生がはめているその指輪。奥様の指輪ですよね」
「はい」
「先生は、奥様の手をよく握っていたわ。そうすることで先生は安心していたのね」
ボクには、全く記憶がない。
今、目の前に母親がいたら、ボクに何を言うのだろう。
仕事を早めにあがり、緑と一緒に瞳と大門が住むアパートへ向った。
瞳と大門が住むアパートを、初めて見た緑は驚きの声を上げた。
「こんなアパートに、住んでいるんですか?」
目の前のアパートは錆だらけで、いつ崩れてもおかしくなかった。
ボクと緑が部屋の前に立つとそれまで聞いたことのない叫び声やうめき声が聞こえ、ボクと緑は顔を見あわせた。
我に返って、部屋の中に入る。
部屋の鍵は開いていたので、すぐ入ることができた。
垂れ下がっていた、厚い生地の暖簾をめくった。
部屋の中は、割れた食器や写真が散らばっていた。
靴を脱いで部屋の中に入ると、畳の上で血まみれになって横たわっていた男が、目の中に飛び込んだ。
小さな台所の前に、お腹にナイフが刺さった瞳がうずくまっていた。
部屋の隅で正座をして泣いていた大門は、ボクを見つけると、ボクの足元に飛びついて大声で泣き出した。
「駄目です!」
男の容態を診ていた、緑の声が聞こえた。
男は既に、息絶えていた。
台所の前で、うずくまっている瞳を見た緑は、携帯で救急車を要請した。
ボクは大門を離し、足早に瞳の側に行き、うずくまる瞳の容態を見た。
心配そうに、緑が瞳をのぞき込む。
「瞳ちゃん!しっかりしろ!」
昏睡状態の瞳に、ボクは叫んだ。
「私、外に出て、救急車を誘導します」
「お願いします」
緑が出て行、部屋の中に散らばっていた写真をボクは眺めた。
散らばった写真は、親子遠足に参加した時の写真だった。
その中に、ボクと大門のツーショット写真があった。
もしかして惨劇の原因は、この写真がきっけなのでは?
そんなことを、考えながらボクは瞳の救命処置をした。
限られた救命処置をしている時、瞳の細い指にはめてあった、シルバーの指輪にボクは気が付いた。
もうじき、救急隊員と警察官が来る。
そしたら瞳は、ボクの手の届かない所に行ってしまう。
ボクは、瞳の細い指からシルバーの指輪をそっと抜き取った。
やがて、救急車のサイレンの音が聞こえた。
しばらくすると救命士が部屋に入り、部屋の中は騒然となった。
泣きじゃくっていた大門を連れて、ボクは外に出た。
救急車は再びサイレンを上げ、見えなくなった。
救急車がいなくなると、警察官がやってきた。
ボクは警察官と鑑識員達と一緒に部屋の中に入り、現場検証にたちあった。
その間大門は緑の車の中に、緑と一緒にいた。
現場検証が終わり、部屋を出て緑の車の方へ行くと、車の後頭部座席で、大門は眠っていた。
緑はボクと大問を乗せ警察署に行き、ボクは警察で事情聴取を受けた。
事情聴取が終わり、緑と大門が乗っていた車に戻ると、大門は眠り続けていた。
ボクは車の外で、タバコを吸った。
タバコを吸っていると、緑がボクに缶コーヒーを差し出した。「ありがとう」缶コーヒーを受け取ったボクは、一気に半分ほど飲んだ。
冷たいコーヒーが、身体にしみる。
ボクの隣に立った緑も、タバコを吸いながら缶コーヒーを飲んだ。
全ては憶測だが、やはり保育園からもらった写真が惨劇の原因と言う結論に至った。
瞳は、一緒に暮らしていた彼氏を刺して、彼氏は即死をした。
その後瞳は、自ら命を断とうとしたが、意識不明の重体のまま警察病院で、生死の境をさまよっている。
「これから、どうするんですか?」
緑の問いに、ボクははっきり答えた。
「大門は、ボクが育てます」
「本気で、言っているんですか?」
「本気です。ただ、大門の保育園があるから、おまちさんの協力が必要だけど」
「……先生がそこまで、腹をくくったんならもう、何も言いません。朝一でおまちさんのとこに行って、事情をはなしましょう。先生の友人が交通事故で亡くなり、大門君が独り取り残されたから、先生が大門君を育てる……と、おまちさんに言いましょう」
「そんな作り話、おまちさんが信じるかな」
「信じなくても、おまちさんは先生に協力をしてくれます。もちろん、私も協力します」
黙り込んでタバコを吸い続けるボクの肩を抱いた緑は、タバコを吸いながら言った。
「奥様なら、きっと笑って許してくれるわ。大丈夫!」
緑にマンションまで送ってもらい、部屋に戻ったボクは、大門をベッドに寝かせた。
ボクはベッドに腰掛け、大門の寝顔をみつめた。
こうなってしまったのも、全てはボクのせいだ。
ボクが元凶。
あの頃には、もう戻れない。
瞳と出会った季節に。
さやかと過ごした日々に。
大門、一緒に生きていこう。
もう戻れないのなら、ここから始めよう。
涙が流れ、大門の顔がゆがんだ。
涙は、とめどなく流れた。
何に泣いているのか、自分でもわからなく。
ただただ、ボクは泣き続けた。




