タイトル未定2025/11/24 12:54
「本当に、大丈夫?」
ボクの背後から、さやかの心配そうな声が聞こえた。
「大丈夫だから!」
振り向きもせず言うと、さやかは黙ったままリビングのソファーに座った。
仕事の休憩中、類の店で緑と過ごした時「彼女が大事なら、休みの日に手料理でも作ったら?」と緑に助言されたのだった。
青空が広がる日曜日。
ボクは、朝から台所に立っていた。
食事はいつもさやかが作っていたし、実家では家政婦のまちこが全てこなしていたから、ボクは自炊なんてしたこがなかった。
緑とまちこから料理を習い、そのおかげで少しくらいなら作れるようになった。
初めてさやかにもてなす料理は、カレーとサラダ。
一番無難な料理と言うことで、緑にこのメニューを勧められた。
やがてカレーが出来上がり、キッチンからカレーの香りが漂う。
セッティングを終えたボクは、リビングのソファーに座っているさやかを呼んだ。
椅子を引いてさやかを座らせ、テーブルを挟んださやかの向かいにボクは座った。
「わぁ、美味しそう~いただきます!」
元気よく言ったさやかは、カレーを食べた。さやかをじっとみつめながら、ボクは恐る恐る聞いた。
「……どう?」
「美味しい!」
「本当?」
「初めてにしては、上出来!」
安堵の息を漏らしたボクは、やっとスプーンを手にした。
しばらくの間無言でカレーを食べていたが、突然さやかが聞いてきた。
「七海の手料理なんて、初めてだね。どうしちゃったの?」
「一緒に暮らしているのに、ふたりでいる時間が少ないだろ。そのお詫びってわけじゃないけど」
「そっか。ありがと」
「料理する楽しさが、少しわかったよ。これからも作るよ」
「期待して良い?」
「期待に応えられるように、もっと腕をあげるよ」
さやかは嬉しそうに笑い、ボクが作ったカレーを幸せそうに食べた。
そんなさやかを見たボクも、幸せになった。
食事を終えると「いつも、七海がやっているから」と、さやかが後片付けを始めた。
ボクはリビングのソファーに座って、ゆっくりタバコを吸った。
タバコを吸いながら、洗い物をしているさやかの後ろ姿を見て。
今夜自分の店に、さやかを連れて行こうと思った。
さやかを店に連れて行くなら、簡単に作れるデザートを作ってみるか。
カウンター席に座るさやかに、サプライズで、デザートを出そう。
携帯で、簡単なデザートの作り方を検索する為、ボクはタバコを灰皿にもみ消し、ソファーから立ち上がり、携帯を取りに寝室に向かった。
寝室には充電された携帯があり、ボクが携帯に手を伸ばそうとした時だった。
突然、携帯の着信音が鳴った。
携帯の画面には、瞳の名前が浮かんでいた。
ボクは、ゆっくり携帯を手にして通話ボタンを押した。
「もしもし……」
「……七海君?」
「どうしたの?」
待ち合わせ場所の、大手デパートの入口の前には既に瞳と大門がいた。
ボクを見つけた大門は、思い切りボクに抱きついてきた。
大門を受け止めると、瞳がゆっくり近づいてきた。
その顔は申し訳なさそうな、でも少しだけ嬉しそうな顔をしていた。
「突然呼び出して、ごめんなさい。大門の服を買いに行こうとしたら、七海君と一緒に行きたいって、大門が言いだしちゃって」
瞳は、電話で言った言葉を繰り返した。
「忙しかったでしょ?」
ボクは黙ったまま、首を横に振った。
「付き合わせて、ごめんなさい。買い物が済んだら、すぐ帰るから」
瞳が言った『すぐ帰るから』に、大門が素早く反応した。
「やだぁ!七海とずっといる!」
「大門。七海君を、困らせちゃ駄目でしょ!」
「やだ!やだ!」
初めて駄々をこねる大門に、ボクはしゃがみこんで、大門に視線を合わせた。
「大門、ずっと一緒にいるよ」
「本当に?」
「今日だけだよ」
「うん!」
デパートの子供服売り場に入ると、瞳は大門の夏用の服を選び始めた。
ボクは大門と手をつなぎ、瞳の後ろにいた。
売り場は女性客で賑わっていたけど、大門といるせいか気恥ずかしさはなかった。
「服がすぐ、小さくなっちゃう」
そう言いながら瞳が選んだ大門の服は、白地で夏らしい爽やかな服だった。
「服を買ったし、七海君にも会えたから、大門そろそろ帰ろう」
エスカレーターに向かう途中、瞳が大門に言った。
「え~やだぁ!」
大門は、ボクの手を強く握って離さなかった。
大門は頑としてボクから離れないので、ボクたちはおもちゃ売り場に行った。
おもちゃ売り場は、子供たちで溢れていた。
大門はケースから出ていたおもちゃに夢中で、瞳が声をかけても聞く耳もたない状態だった。
「瞳ちゃんに、似たんだね」
「私は、こんなに頑固じゃないわよ」
「いやぁ、けっこう頑固だよ」
「もぉ」
ふくれっ面をする瞳にボクは笑い、おもちゃに夢中になっている大門に声をかけた。
「大門、そろそろ行くぞ」
「え~」
大門はしゃがみこんだままボクを見上げ、うらめしそうな声を出した。
「なんだよ。一緒に夕飯を食べようと思ったのに」
ボクの言葉に、大門はおもちゃを片付けボクに飛びついた。
「七海君!」
瞳が慌てて、ボクを呼んだ。
「大門とずっと一緒にいるって、決めたんだ。さぁ、大門行くぞ!」
デパートの最上階にある食堂街は、早くも人が出ていた。
迷った末、一番無難な和洋中何でもありのレストランに入った。
大門は、定番のお子様ランチ。
ボクと瞳は、ハンバーグのセットをオーダーした。
料理が運ばれると、大門は凄い勢いで食べ出した。
保育園の親子遠足の動物園で、お弁当を食べた時の大門とは、まるで別人だった。
ボクは、驚いて大門をみつめた。
そんなボクに気が付いた瞳は、恥ずかしそうに言った。
「外食なんてしたことがないから、嬉しいのね」
想像以上に、厳しい生活を送っているんだな。
「大門、もっとゆっくり食べろよ。身体に悪いぞ」
「うん」
素直に大門は、ゆっくり食べだした。
今夜の仕事は休業にすると、瞳に会う前に厨房の料理人のたきこに電話で伝えてある。
「食事が終わったら、ボクの店に来ないか?」
「七海君の店って、七海君がバーテンをしているお店?」
「うん。今夜店は、休業するって決めていたから。休業だから、飲み物くらいしか出せないけど」
「本当に良いの?」
心配そうに、でも嬉しそうな瞳だった。
いつ何があるかわからないから、店の鍵はいつも持ち歩いていた。
まさか、瞳を自分の店に連れて行く日がくるなんて!嬉しい気持ちを噛みしめながら、すっかり暗くなりネオンで明るい繁華街を歩いた。
やがて店に着き、鍵を開けて店の中に入って行った。
電気をつけると、瞳は短いため息と共に店内を見回していた。
「此処何処?」
不安そうに、大門がボクに聞いてきた。
「ボクの店だよ。カウンター席に座って」
ボクはカウンターの中にある冷蔵庫から、オレンジジュースを出した。
グラスに氷とオレンジジュースを注ぎ、ストローをさしてから大門の前に、オレンジジュースのグラスを置いた。
「いただきます」
大門は、グラスに手を伸ばした。
「瞳ちゃん、お酒飲めるだろ?」
「少しなら」
「何が良い?」
「……お任せします」
「かしこまりました」
おどけたようにボクが言うと、瞳は笑った。
ボクがお酒を作っている間、瞳はずっとボクをみつめていた。
瞳の視線が身体じゅうを駆け回り、なんだか照れくさい。
「お待たせしました」
ボクはグラスを、瞳の前に差し出した。
ボクが作ったお酒は、イチゴのカクテルだった。
「いただきます」
瞳は味わうように、ゆっくりカクテルを飲んだ。
グラスを空にした瞳は「凄く、飲みやすくて美味しかった!ごちそうさま」と言った。 ボクは、空になったグラスを洗った。
グラスを洗い終え振り返ると、大門はいつの間にか眠っていた。
「疲れたんだな、奥の和室で寝かせよう」
店の奥には厨房と、小さな和室があった。
ボクは大門を抱き上げ、和室に行った。
和室から出てくると、薄暗い店内に瞳と二人きりと言うことを、へんに意識してしまった。
カウンターの中に入り椅子に座ったボクは、タバコを吸った。
「彼氏と、うまくいってる?」
「……私は凄く愛されていると思った。でも、それは間違いだった。大門が生まれたのに……自分の息子なのにあの人は、大門に見向きもしない。『子供は、嫌いだ。お前だけがいれば良い』って」
「そんなの、ただのわがままじゃないか」
「そう。わがまま。子供嫌いで、私を束縛するくせに平気で浮気をしている」
「この先どうするの?そんな状態でずっと三人で、暮らしていくの?」
「私は、もう嫌だ。大門とふたりで暮らしたい」
「そっか。それが、いいと思う」
「別れてくれるか、わからないけど」
ボクは吸っていたタバコを、灰皿にもみ消した。
タバコを消しながら、ボクは思わず笑ってしまった。
「……なんて、ボクも同じか。人のこと言えないな」
「七海君は……七海君は、違う!」
「同じだよ。ボクのしていることは」
瞳は、僕を見て言い出した。
「七海君。七海君のことを忘れたことは、一度もなかった。七海君に会いたかった!ずっと、このことを言いたかった。七海君から離れたのは、私なのに。勝手なことばかり言って、ごめんなさい」
「ボクもだよ。ボクも、瞳ちゃんにずっと会いたかった」
「七海君……」
「でも、ボクたちはあの時終わったんだ。あの時のつらい思いを、ボクはもうしたくない。瞳ちゃんと大門に会えた。それだけで、じゅうぶんだよ。ボクには、大学時代からつきあっている彼女がいる。今は同棲をしているけど、そのうちちゃんと籍を入れようと思っている」
「嫌っ!彼女のところに行かないで!」
そう叫んだ瞳は、泣き出した。
カウンターに右手で頬杖をついたボクは、指輪をはめている左手で、瞳の頭をなでた。
言った言葉に、嘘はなかった。
でも本音は、ボクはずっと、瞳を待っていた。
瞳もさやかも、手放したくなかった。
瞳が住むアパートの側まで送った後、ボクはマンションに帰った。
部屋の中は真っ暗で、ひっそりとしていた。
電気をつけると、違和感を覚えた。
何故だ?
部屋の中を見渡すと、さやかの物がほとんどなくなっていたことに気が付いた。




