タイトル未定2025/11/24 09:02
瞳と別れたボクはマンションに帰り、二杯目のお茶漬けを食べていた。
そんなボクを、さやかはあきれた声で言った。
「外で食べてくるんじゃ、なかったっけ?」
「……コーヒーだけで、食べていない」
「コーヒーだけ?」
「昔の友人に、偶然会ったんだ。待ち合わせをした店で、すっかり話こんじゃって」
「ふ~ん」
とっさに出たボクの言葉を、さやかが信じたのかわからないけど、それ以上さやかは追及してこなかった。
食事を終え後片付けをした後、ボクはさやかと並んでソファーに座った。
ボクはさやかの肩を抱き、さやかはボクにもたれていた。
「週末、ちゃんとした休みが取れそうなの。久しぶりに、何処かへ出かけない?」
「そうだなぁ」
ボクは、大門のことを考えていた。
不安気な表情をしていた大門が、笑顔になった。
大門の笑顔が、焼き付いて離れない。
大門は、ボクを待っている。
大門を裏切ることが、ボクにはできない。
「週末は、忙しいんだ。夜、店だってあるし」
「お店……私、まだ一度も行ったことがないのよね。行っちゃおうかな」
店を始めた時は、さやかには絶対自分のバーテン姿を見せたいと思っていた。
ボクをバーテンの道に導いてくれたのは、さやかだ。
そう思っていたのに、店にやってきたさやかを想像したら恥ずかしさの方が勝り、ボクは思わず照れ笑いをした。
「もぉ、何照れているの!」
さやかは笑いながらボクの頭を両手で突き、ボクに抱きついてきた。
そんなさやかを、ボクは受け止めた。
その夜布団の中で、どうやって大門を連れ出そうか考えていた。
しかし、答えが出ないまま朝を迎えた。
いつものように、実家の診療所に行くと、自宅の敷地内の駐車場に、見覚えのある車が止まってあった。
その車から、大門が通う保育園の内科検診に一緒に行った、看護師長が出てきた。
「……おはようございます」
寝ぼけまなこで挨拶すると、看護師長はボクとは対照的に、爽やかに挨拶を返してきた。
看護師長は大きなバックの他に、切り花の花束を抱えていた。
ボクが切り花の花束を見ていると、聞かなくても看護師長は教えてくれた。
「休憩時間に、奥様の墓前に活けようと思って」
奥様とは、ボクの母親のことだ。
そう言えば、母親の墓参りなんて、何年も行っていない。
「あの……ボクもご一緒させてもらっても、よろしいでしょうか?」
「もちろんです!」
ひょんなことから看護師長と、母親の墓参りに行くことになった。
勤務中の昼休み、ボクは看護師長の車の助手席に座り、看護師長が運転をした。
母親が眠る墓は、郊外の静かな場所にあった。
平日のせいか、人っ子一人いない。
看護師長と一緒に花を活けた後、墓に水をかけ、線香を焚いた。
両目を閉じ、静かに手を合わせる。
数秒後ゆっくり目を開けると、隣ではまだ看護師長が手を合わせ、目を閉じていた。
看護師長は、普段長い髪の毛をアップにしているが、この時はおろしていた。
長い髪の毛が、風に揺れていた。
モデル並みの体型で、看護師と言う職業柄きつい顔立ちの彼女が、この時ばかりは少なからず綺麗だと思った。
ボクの視線に気が付いたのか、看護師長が不意に顔を上げ、ボクの方を向いた。
「今年も無事に、お参りができて良かった」
「えっ、今日は母親の命日ではないけど?」
「奥様に、初めて出会った月なの」
そう言いながら、看護師長は青空を仰ぎ、ボクに言った。
「奥様と初めて出会った時も、こんな青空だったわ」
「母親と親しかったんですか?」
「留学先のアメリカの田舎町で奥様と知り合って、以来親しくしていただいたわ」
「母親って、どんな人でした?」
「優しくて、綺麗な方だったわ。同じ時期に奥様と院長が知り合って、院長は奥様に一目惚れして、私が二人の仲をとりもったのよ」
「そうだったんですか!」
「院長から、聞いていない?」
「まともに、話をしたことがないから。信じられないなぁ」
「無口で近寄りがたい院長だから、信じられないのも無理ないけど、本当のことよ」
本当にボクは両親のことを、何も知らない。
そして目の前にいる、看護師長のことも。 ボクは今更ながら、看護師長に聞いた。
「あの……看護師長の名前って……」
「やだ!私の名前、知らないの?」
「すみません。なんと言う名前ですか?」
「名前言うの、やだなぁ」
「えっ、なんで?いいじゃないですか」
「笑わない?」
「笑いませんよ」
「……紫野」
「紫野……変わった名字ですね。名前は?」
「緑」
「紫野緑……さん」
「……私は、気に入っているわ!紫も緑も好きだから!」
「ボクは、何も言っていませんよ!」
「これからは、『緑さん』と呼んで下さい!」
「え~っ?」
「これは、看護師長命令です!」
ボクたちは、思わず吹きだしてしまった。
落ち着いた後、看護師長が静かに言った。
「でも、本当に名前で呼んで下さい。……先生」
「はい?」
「虐待をされていた子供は、その後どうなりました?先生、その子供に執着をしているみたいだけど」
「執着って……」
「知っている子供?」
「子供の母親は、ボクの同級生です」
「……元カノとか?」
「まさか!同級生の子供が、虐待を受けていると知り心配をしているだけです」
「心配をする気持ちはわかるけど、深入りしちゃダメよ。彼女いるんでしょ。彼女を泣かさないで。相談なら、いつでものるわ」
「はぁ……あっ!もう、こんな時間だ!うわぁ、午後の診療に間に合わない!」
「大丈夫。遅れることは、院長に言ってあるから」
「そうなんですか?ありがとうございます!」
「私が、奥様と院長の仲をとりもったのよ。院長は私には、頭があがらないんだから!」
そう言った看護師長は、ボクの母親の墓の前で豪快に笑った。




