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ドンゾコナビ ~滅びの世界で少女導く~  作者: 内村一樹
第4章:切り捨てる者

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第96話 嵐を追う大地

 嵐を抜けた瞬間、世界が変わった。


 耳を引き裂いていた金属音が嘘のように遠ざかり、風はただの風に戻る。

 それもかなり大きな変化だったけど、それ以上のものが足元に広がってたんだ。


「……なんだ、これ」


 そこにあったのは、刃だらけの金属の大地じゃなかった。

 柔らかく波打つ地面。踏み込めば、わずかに沈み込む感触がある。


 嵐に追われる側の大地では、選別衆以外の生き物は見なかった。

 だが、ここは違う。


 少し先に、動く影が見える。

 人の集団だ。それも一つや二つじゃない。

 簡易的な天幕を張り、家畜のような魔獣を連れ、互いに距離を保ちながら移動している。


「……動物がいるわ」


 イザベラが、ぽつりと呟いた。


 さらに視線を巡らせると、野生の魔獣も確認できた。

 金属の角を生やした鹿が、地面を蹴りながら駆けていく。

 空には、小さな鳥の群れが舞っていた。羽毛の一部が金属化しているらしく、太陽光を受けてきらきらと光っている。


「嵐を追う側の大地には、生き物がいるんス」


 前を歩いていたベニーが、振り返らずに言った。


「削られたばかりの大地にはこうして草も生えるんスよ。だから選別された人間はみな、嵐を追いかける側にいるっス」


 確かに、地面の状態がまるで違う。


 ベニーの言葉を借りるなら『嵐に追われる側』の大地は金属がむき出しで、どこを踏んでも刃があるような荒野だった。

 それに対して、こちらの大地は――まるで、耕された畑みたいだぜ。


「どうして、こんな……」


「嵐に削られた金属が、わずかに残った岩の欠片と混ざるんス。それが水分を吸ってこうなるらしいっスよ」


 ベニーが地面を蹴る。

 土埃が舞い、その中に微細な金属光が混じっていた。


「ただし、土も草も中身は金属入りっスけどね」


 確かに、ところどころに生えている草は、葉脈がわずかに光って見える。


 そんな話をしているうちに、前方から人の波が迫ってきた。

 数が多い。さっき見た集団とは規模が違う。


「止まれ」


 囲まれる。

 武器を構えた者たちが、俺たちを中心に半円を描いた。


 緊張が走るが、ベニーは気にした様子もなく手を挙げる。


「連れてきたっスよ」


 その言葉に応じるように、人垣が割れた。


 現れた男を見て、俺は息を呑んだ。


 豪奢な衣服。

 左腕には、明らかに後付けと分かる立派な義手。

 そして顔には、東の大陸では見なかった大きな傷跡が刻まれている。


「久しぶりじゃねぇか」


 ――エオウィンだ。


「その腕……どうしたの?」


 イザベラの問いに、エオウィンは義手を軽く掲げた。


「戦利品だ。ガルドって野郎とやり合ってなぁ。勝ったからには奪わねぇとダメだろ?」


 その名に、周囲の人間たちがざわめく。


「元々、選別衆を率いてた男だ。今は捕虜の身だがな」


 淡々と言い放ったエオウィンの視線が、背後の人ごみに向けられた。

 ぱっと見じゃ分からないが、奥の方にガルドって言う男がいるみたいだな。


「この大陸じゃ、勝った奴が選ぶ。生かすか、殺すかをな。だから今、選別衆は俺に従ってる」


 なるほど。

 歪んでるが、一貫した理屈だ。


 ちょっと考えれば分かる。

 そういうルールがないと、この大陸では争いが絶えないんだろう。


「で?」


 エオウィンは、俺たちを一瞥して続けた。


「この大陸に来たってことは、北のソヴリンも退治してきたんだろ?」


 その瞬間、周囲の空気が変わる。

 取り囲んでいた人々の間に、明確な動揺が走った。


 そんな人々を見渡したイザベラが、続いて俺たちに目配せをしてから一歩前に踏み出した。


「倒してきたわ」


 はっきりと告げた彼女の声が浸透するように、どよめきが広がる。

 それを楽しんでいる様子のエオウィンは口の端を吊り上げた。


「じゃあ次は、西か?」

「もちろん。そのつもりよ」


 一瞬の沈黙。

 次の瞬間、エオウィンは失笑した。


「良い度胸だ。だがな、テメェらじゃビャッコは倒せねぇ」

「……なぜ?」

「魔導書がねぇからだ」


 そう言って、彼は語り始めた。


 南の大陸にあった氷の魔導遺跡。

 そこで彼は目にしたのだと。

 不自然に穿たれた大穴と、その底に落ちていた書見台。


「テメェらは氷の魔術を使ってた。そしてセイリュウ討伐のときはあのナイフだ。少し考えれば分かるぜ。魔導書が鍵なんだろ?」


 だからこそ。そう結んだエオウィンは首を振りながら告げる。


「この大陸に遺跡はない。いや、建物が存在できない。ここまで来たテメェらなら、理解出来てるだろ?」


 イザベラは、反論するように口を開く。


「嵐の中心に、まだ遺跡が残っているかもしれない」


 だが、エオウィンは鼻で笑った。


「だといいなぁ。だが、コイツらの話だとそれはないらしいぜ?」


 彼の声が、少し低くなる。


「夜遅く、中心の嵐に近づくとよ……空に浮かぶ巨大な瞳が見えるらしいぜ」


 ぞくりとした感覚が背中を走る。


「だから昔から、この大陸の連中はあの嵐に近づかねぇ。恐れて逃げるだけの、臆病者どもだ」


 そう吐き捨ててから、エオウィンは俺たちを見据えた。


「それでも、テメェらは行くんだろ?」


 空気が張り詰める。

 イザベラは一瞬だけ視線を伏せ、そして顔を上げた。


「当たり前ね。じゃなきゃ、ここまで旅してきた意味が無くなっちゃうわ」


 周囲がどよめく。


「いいねぇ、嫌いじゃねぇぜ」

「エオウィン様!?」

「うるさいぞ、黙ってろ」

「は、はい……」


 唐突に声を張り上げた女は、エオウィンにすごまれて黙り込んだ。

 選別衆? じゃなさそうな雰囲気だな。

 どちらかというと、エオウィンの仲間というか女というか。

 べったりくっついてるぜ。


 そんな女性が、深々とかぶったフードの奥から、イザベラを睨みつけてる。

 見通す瞳で見たから分かったけど、イザベラには黙っておくとしよう。


 まさか睨まれてるなんて考えてもいない様子の彼女は、少し考えてから口を開いた。


「それで? わざわざ私たちを呼びつけたのはどうして? まさか、再開の挨拶をするためだなんて言わないわよね?」

「当たり前だ。テメェらの仲良しごっこに付き合うつもりはねぇ。だが、使える物は全部使うのが、俺の流儀だからな。手を貸せ。じゃなければ、全力で邪魔するぜ」

「どうせそういう事だと思ったわよ。良いわ。邪魔されたら撃退するのが面倒そうだし。ここは一旦、共闘する方針で動いた方がいいわね」


 彼女は続けた。


「ただし、嵐の中心で魔導遺跡を見つけられた場合、魔導書の捜索を最優先する。それが条件よ」


 エオウィンは、数秒黙ったあと、楽しそうに笑った。


「いいだろう」


 こうして、話はまとまった。

 あいかわらず、イザベラは胆が据わってるぜ。


 その夜、俺たちは一晩の休息を取ることになった。


 ゆっくり休息を―――取れればいいんだけど。

 嵐の中心に“何が待っているのか”を思うと、胸の奥がざわついて仕方ないぜ。

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