第91話 選択する権利はない
ルースとアレックスが、風に呑まれて消えた直後だった。
次に来たのは、逃げ場のない暴力。
頭上から、叩きつけるような風が降りてきた。横殴りじゃない、上から。
押さえつけるためだけに調整された、重たい風。
「――っ!」
足が地面から浮き、次の瞬間、全身を金属の大地に縫い止められた。息を吸おうとすると、肺ごと押し潰される感覚がある。
ダグが何か叫んだ。でも、言葉は風に千切れて届かない。クゥは必死に羽ばたこうとしていたけれど、小さな体ごと押さえ込まれている。
これは戦闘じゃない。
捕獲だ。
風が弱まった時には、私たちはすでに囲まれていた。手足を拘束され、荷物を奪われ、抵抗する余地は何一つ残っていない。
そのまま、歩かされた。
夕方まで、ずっと。
重たい荷物を持たされたまま、刃の荒野を進む。足を止めれば怒鳴られ、歩幅が乱れれば殴られる。休む権利は、与えられていなかった。
疲労の中で、1つ気付いたことがある。
それは、私たちの周りにいる人々のこと。
憐れむような、嘲るような。そんな視線が私たちを刺してきたんだ。
まるで、監視するように。
今の私たちに、身を隠せるような場所はどこにもない。そう感じたわ。
日が傾く頃には、腕の感覚がなくなっていた。ダグは歯を食いしばって耐えてる。クゥは声を出す力も残っていない。ライラは、クゥの背中で身動き一つ取ってない。
やがて、野営地が設けられた。
幕が張られ、焚き火が灯される。
やっと休める――そう思った矢先だった。
「おい」
声が、上から降ってくる。
顔を上げると、十人ほどの男たちが立っていた。全員、同じような装備。同じ目。こちらを“物”として見る視線。
「話がある」
地面に放り投げられたのは、私たちの荷物だった。
「ずいぶん魔導書を持ってるな。どこで手に入れた?」
答えたくない。
そんな気持ちを込めて睨み返すと、別の男が口を開く。
「この杖はなんだ? もしかして魔道具か? だったら使い方を教えろ」
沈黙。
男たちはそんな私の様子を楽しむように見下ろしてる。
すると男の一人が、にやりと笑って、別の物を掲げた。
ダグの、大願のナイフ。
「良いナイフだ。どこで手に入れた?」
ダグの肩が、ぴくりと跳ねた。
ナイフをちらつかせてきたということは、今私たちは脅しを受けているってことよね?
彼らの手には、怪し気に光る指輪もはめられてるし。
ここは大人しく従ってた方がいい。
分かってはいたけど納得できなかった考えに、私はようやく従うことにする。
「答えるわ」
男たちの視線が、集まる。
「でも、その代わりに。私たちを解放して」
一瞬の静寂。
そして、嘲るような笑い声が弾けた。
「ははっ! 聞いたか?」
「お前らに、選択する権利はないぞ」
背筋が冷えた。
理解した。
これは交渉じゃない。
服従の確認だ。
「分からせてやる必要があるな」
男の一人が、私に近づいてくる。
殴られる。そう思った瞬間――
「やめろ!」
ダグが、前に出た。
拳が振り上げられる。
その時だった。
びし、と空気が裂ける音。
クゥの背中から、無数のツタが伸びてきたんだ。
一瞬で、男たちの足に絡みつき、そのまま宙へと投げ返す。
「なっ――!」
地面に叩きつけられる男たち。
ライラだ。
彼女は、ずっと静観していた。耐えていた。限界まで。
だけど、手を出してしまったからには、穏便に話が進むはずがない。
次の瞬間、怒号が飛び交った。
「囲め!」
男たちが一斉に動き、クゥとライラを取り囲む。
「みんな、下がって!」
叫んだ。
でも、ダグは走り出していた。
私を守るために。
ライラを助けるために。
――間に合わない。
クゥごと地面に押さえつけられたライラ。
必死にツタを使って男たちを追い払おうとしてるけど、ナイフ相手には不利に決まってる!
私も、助けに行かなくちゃ。
分かってるのに。
身体が動かないのは、どうして?
私たちは、ソヴリンを倒してきたのよ?
こんなこと、今考えてる場合じゃないのに。
だからこそ、思い知らされる。
今まで、ルースにどれだけ助けてもらっていたのかを。
きっとこれは、罰なのかもしれない。
彼に助けられてきたのに。
仲間として、一緒に歩んできたのに。
彼のことを、少しだけ怪しいと思ってしまってたから。
―――刃が振るわれ、ツタが断ち切られる。
直後、私は信じられないものを目にしたんだ。
男の頭上に高々と掲げられたのは、ぐったりと動かなくなったライラ。
彼女は根元から切り裂かれ、クゥから剝がされてしまってる。
「ライラ!」
地面に放り捨てられた小さな体は、動かない。
ダグが、怒りのまま男たちに飛びかかる。
次の瞬間、殴打の音が重なった。
倒れても、蹴られる。
立ち上がろうとして、また殴られる。
クゥが泣きながら、ライラに覆いかぶさる。
その背中に、容赦なく暴力が落ちる。
私は、動けなかった。
声も、出なかった。
ただ、迫ってくる男を見上げる。
この光景を、止める方法がない。
正しい判断なんて、どこにもない。
だから――
「やめて……」
声が、震えた。
「もう、やめてよ」
そう呟くのが、精一杯だった。
面白いと思ったらいいねとブックマークをお願いします。
更新の励みになります!




