第87話 待ち望んでいた言葉
日が沈み、刃の荒野を包んでいた光が、ゆっくりと闇に削り取られていく。
焚火の火だけが、ぎこちなく夜を押し返していた。
―――その時だ。
「来た!!」
俺の声と同時に、空気が張りつめる。
「ライトアップ!」
「っ……」
「我輩に任せろ!」
闇夜に乗じて荷物を盗もうとしてたんだろうな。
その女は背後に現れたアレックスの気配から逃げるように、大きく跳躍した。
迷いのない動きだ。
ま、そう動くのは想定内だけどな。
『ナイトビジョン! ダグ、とっ捕まえるぜ!』
「うん!」
ダグが放り投げた小石が地面に落ちると同時に、濃い霧が噴き出す。
女の視線が一瞬だけそちらに引き寄せられた。
次の瞬間。
「今だ!」
「クェーッ!!」
羽音とともにロープが巻き上がり、女の足を絡め取る。
悲鳴が夜に響き、身体が宙に引きずり上げられた。
「離せ! このっ!」
「お嬢さん、大人しくしてはいただけないだろうか。我輩、女子を傷つけたくないのでね」
「私達はあなたの姿を把握してるわ。ちなみに、霧は何回でも出せる。晴れるのを待つのは得策じゃないわよ」
「……分かった。降参する」
アレックスが手早く拘束を施し、女は地面に下ろされた。
こうして、奇襲はあっけなく終わった。
正確には、盗み未遂だけどな。
女を囲んだまま、俺たちは何事もなかったかのように野営を再開する。
焚火がはぜる音だけが、妙に大きく聞こえた。
その間、俺は女を観察する。
感情の読めない表情。
整った顔立ちだが、どこか冷たい。
肌の一部には、髪と同じ銀色の変色。
装備は軽装、武器はナイフ一本。
ぱっと見だと、盗賊だな。
そんな俺の感想を知ってか知らずか、イザベラが口を開いた。
「で、私たちの荷物を狙ってたみたいだけど。あなたは盗賊であってる?」
「……」
「答えないつもり? まぁ、いいわ。盗賊にしては珍しく単独みたいね」
「アレックスさん、串はこっちに回収してほしいな」
「おぉ、すまないダグ殿!」
「ねぇダグ。もう一匹食べたいクェ」
「うん、クゥはライラの分も食べなくちゃだからね。ちょっと待って」
仲間たちの会話が、わざとらしいほど穏やかに続く。
「武器として持ってるのはナイフだけ。荷物の中身はほぼ空っぽ。やっぱり、食料が狙いだったの?」
「……」
「この辺り、全然食べれそうなものがないもんね。そりゃ、奪いたくなる気持ちも分かるわ」
「ねぇルース。ロープ、いつまで持つクェ?」
「もう少しだ。この女が逃げ出そうとしたら、また空に吊り上げるんだ。いいな?」
「クェ」
イザベラの問いかけに応える素振りを見せない女。
口は開かないみたいだが、その瞳は忙しなく俺たちの様子を観察してるみたいだ。
まぁ、そうしたくなる理由もわかるけどな。
年若い男女の子供に小人、喋る鳥とその背中に生えてる奇妙な植物、それから屈強な魚人。
見るからに珍妙な一団だもんな。
今頃、変な奴らに手を出したことを後悔してるかもしれないぜ。
寝転がったまま眉をひそめてる女を見上げながら、俺は口を開いた。
「なぁ。名前くらい教えてくれよ。じゃないと、対話もできないだろ?」
「私達から名乗る? 私はイザベラよ」
「気前がいいな。まぁ、いいか。俺はルースだぜ」
「我輩はアレックスだぞ!」
「クゥだよ!」
「オイラはダグ。あの、お姉さんも食べますか?」
「ちょっとダグ。まだ早いわよ。それは最後の切り札に残してるんだから」
どうやら、知ってることを吐けば食事を分けるという方法で交渉するつもりだったらしい。
イザベラの奴、相変わらず恐ろしいな。
「もう聞かれちゃったら仕方ないわね。で、どうする? 色々と教えてくれるなら、食事を分けても良いけど」
「……水も付いているんだろうな」
「もちろん」
「分かった。私の名はシグだ。さぁ、食事を寄越せ」
「図々しいわね。まぁ、約束は守るわ。拘束は解かないけど」
アレックスが腕の拘束だけを解きダグが干物と水を手渡す。
それらを静かに見下ろしたシグは、堰を切ったように食事を始めた。
貪るその様子から察するに、かなり腹が減ってたらしい。
「シグさん。あなたはこの辺りに住んでるということで間違いない?」
「この辺りに住む? 馬鹿なことを言うな。そんなワケ無いだろう」
「それは旅をしてるってこと? だから、荷物が少ないのね」
「……普通じゃないな、お前たちは」
そう言ったシグはイザベラから視線を外して俺たち全員を見渡した。
まぁ、言いたいことは分かるぜ。
そんなことより、このままだと話がこじれる可能性があるな。
ここはちょっとだけ、会話の軌道修正をしておこう。
「なぁイザベラ。まずは俺たちがこの大陸の外から来たってことを伝えたほうが良いんじゃないか?」
「ちょっと! ……できれば伏せておきたかったんだけど。仕方ないわね」
「……外から来ただと?」
「そうよ。だから、この大陸のことを全然知らなくて、あなたから色々と聞こうと思ってたんだけど……」
「悪い、気が利かなかったぜ」
「……」
謝る俺を睨みつけるイザベラ。
視線が鋭いぜ。
考え込んでるシグの元にダグが近寄り、控えめな声で告げた。
「オイラたちね、シグさんの敵じゃないと思うんだ。だから、知ってることを教えて欲しいな。お礼だってするからさ! 何か手伝えることがあれば、オイラ、できるだけ頑張るよ!」
「フッ」
相変わらず、ダグは優しい奴だぜ。
もしかしたら、シグも俺と同じように思ったのかもしれない。
失笑を溢した後、彼女は呆れをにじませた視線をダグに向ける。
「敵じゃない? 仲間でもないんだろ?」
「えっ? あ、えっと、オイラ、そういうつもりで言ったんじゃ……」
「大陸の外とやらは、さぞかし平和なようだ」
「ダグ。交渉は私に任せて。シグさん。あなた、自分の立場ってものを分かってるの?」
「分かってるさ。無知な子供に捕まった愚か者。それならそれで、生き延び方ってものを私は知っている。余計なことは喋らない」
「ちょっと!? 食事は与えたでしょ!?」
「知るか」
それっきり、口を開こうとしないシグを前に歯を食いしばってるイザベラ。
そんな二人を見比べた俺は、用意してた溜息と共に言った。
「まぁ、何か月かかったとしても、じっくりと話を聞き出せばいいだろ。もしくは、南の砂嵐を調べに行くとか。その時はシグも連れて行こうぜ! きっと色々詳しいだろうからな」
「そうね。別の人を探すって手もある気がするけど。まぁ、その方が手っ取り早いかな……」
そう言って尋問を切り上げようとしたイザベラの視線が、シグの表情を捉える。
よし、これでいい。
「あら? 私、なにか都合の悪いことでも言った? 教えてくれてもいいのよ?」
「……アレに近づくのは、やめろ」
「アレって?」
「砂嵐だ」
「どうして?」
「近づけば、命はないぞ」
「へぇ~。そんなに危険なんだ?」
「危険……それはもしや、ソヴリンと関係しているのではないか!?」
「そうだ」
「なるほど。あの砂嵐はソヴリン由来なのね。それじゃあ、しばらくここで様子を見た方がいいかもしれないわね」
イザベラがそんな結論に至った途端、シグが大きく目を見開く。
そして、告げたんだ。
―――俺が、待ち望んでいた言葉を。
「留まるな。逃げ続けろ。それだけがこの大陸で生きる方法だ」
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