表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドンゾコナビ ~滅びの世界で少女導く~  作者: 内村一樹
1章:焼き殺す者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/103

第9話 叡智の鍵

 イザベラ。

 それが私の名前。父さん―――バルドがつけてくれた。


 口に出してみると、胸の奥が少しだけ温かくなる。

 ……いい名前だと、今は素直に思える。


 父さんと過ごした十六年間。笑って、泣いて、ときに怪我して。振り返れば危なっかしい毎日の連続だった。彼はとにかく豪快で、嵐のように生きる人だったから。

 でも、だからこそ、私は世界がこんなにも鮮やかだと知ることができたんだ。


 もう、その父さんはいない。

 ソヴリンを倒すための戦いで、私を庇って―――命を落とした。


「どうせなら一緒に死ねればよかった」

 かつては、そんな弱音も胸をかすめた。


 けれど今は違う。

 彼が遺した『叡智の鍵』を、私が使わなければ。彼が果たそうとした願いを、私が引き継がなければ。

 それが、残された者の使命。


 ……そんな気負いだけで魔導遺跡に踏み込んで、あっさり命を落としかけた私を助けたのは―――。


「ほんと、変なやつ」


 小さな体で、大きな口をきく小人。名前はルース。

 敵かと思えば、何度も何度も食料を運んできてくれたりして。正直、あの時この彼がいなかったら私は簡単に飢え死にしていただろう。

 命の恩人……でも、どこか信用しきれない不思議な存在。


 それでも―――。


「だからって、見捨てるわけにいかないよね」


 私は意識を失って倒れたルースを拾い上げ、瓦礫を抜けて進んでいた。ガーディアンが追ってくるかもしれないから、立ち止まることはできない。


 けれど落ちた先は最悪だった。


 一面、氷の壁。凍てつく迷宮。息をするだけで肺が痛い。

 壁の奥には、歪んだ人影が凍りついているようにも見えて……足を止めるたび背筋を冷気以上に冷たくする。


「さ、寒い……」


 声にすると、余計に孤独が広がる。

 歩き続けても出口は見えず、感覚はどんどん失われていく。


「まだ……死ねない……!」


 強がりを吐きながら、私はとうとう膝を折った。

 凍える手足をさすり、倒れないよう壁に寄りかかる。抱えるのは意識のないルースと分厚い魔導書。もう限界だった。


「まだ起きないなぁ」


 彼を揺さぶっても目を開ける気配はない。

「お湯でもぶっかければ起きるかな?」

 半分本気、半分冗談でつぶやきつつ、魔導書を開いた。探すのは“ケトル”。


 ページを繰りながら、ふとルースの右腕の文様に視線が吸い寄せられた。黒く複雑に絡み合った模様。その中心に―――。


「……鍵穴?」


 見間違いじゃない。文様の一部が、まるで鍵穴のような形をしていた。


 脳裏に浮かぶのは、父さんから託された『叡智の鍵』。持ち主の願いを叶えるという、不思議な力を持つ鍵。

 この鍵で遺跡の扉は開いた。なら……もしかして。


「そんな、まさか……」


 心臓が早鐘を打つ。

 冗談だと笑い飛ばすべきなのに、手は勝手に上着の内から鍵を取り出していた。震える指先で、そっとルースの腕に添える。


 カチリ。


「え……っ!?」


 鍵が、吸い込まれるように文様へと沈んでいった。

 あり得ない。皮膚に鍵が差し込まれていくなんて。


「ど、どうなってんの……!」


 パニックに胸が詰まる。

 でももう戻れない。

 差し込めたってことは、回せるってことだよね?

 ここまで来たなら、最後まで試すしかない。


「悩むくらいなら―――やろう!」


 父さんなら、きっとそう言うはず。

 私は強く息を吸い込み、鍵を捻った。


 ―――瞬間。


 ルースの右腕が光の奔流を放ち、文様が脈打つように明滅した。轟音と共に叡智の鍵が弾き飛ばされ、私は壁に叩きつけられる。氷の冷たさが背を焼いた。


「ルース!?」


 彼の身体がゆっくりと起き上がる。焦点のない瞳。糸に操られる人形のように、ぎこちない動作で私を見つめてきた。


「……ケトル」


 短く呟いたその瞬間、指先から五本の熱湯が噴き出し、氷の壁を焼き刻む。

 蒸気が立ち込め、氷が弾ける音が迷宮に響いた。私は呆然とその光景を見つめるしかなかった。


 数分後。お湯は消え、ルースは糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。

 残されたのは氷壁に刻まれた奇妙な模様だけ。


「……何、これ?」


 震える声で模様をなぞる。

 そのとき、倒れていたルースが微かに身じろぎした。


「ん……なんだ? 何が起きた?」

「ルース! 身体は大丈夫!?」

「お、おう……大丈夫……たぶん」


 いつもの調子が戻ったことに胸をなで下ろす。けれど彼は自分の右腕を凝視し、眉をひそめていた。


 まさか……バレてないよね?


 心臓が跳ねる。必死で平静を装った。だが、彼は私を射抜くように見据え、口を開いた。


「……何をした?」

「え? な、なにが?」

「誤魔化すな。分かってるんだぜ?」


 ルースの視線が叡智の鍵に向けられる。

 その口元に、不敵な笑みが浮かんだ。


「叡智の鍵……? ほう。面白そうなものを持ってるじゃねぇか」


 ―――秘密は、もう隠しきれないみたい。

面白いと思ったらいいねとブックマークをお願いします。

更新の励みになります!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ