第86話 付け狙う者
西の大陸を一言で表すなら、鋭く研ぎ澄まされた地だ。
何を言っているのか分からない、と思うかもしれない。
だが、この光景を前にすれば、誰だって同じ言葉を口にするはずだ。
「なにこれ……地面から刃物が生えてるみたい」
「それも、相当な切れ味だぞ。みんな、足元には十分注意するのだ」
「岩……じゃないね。オイラのナイフより堅そう」
「こんなところじゃ、ゆっくりお昼寝もできそうにないクェ」
困惑する仲間たちの声を背に、俺はイザベラの頭の上に立ち、辺りを見渡した。
―――懐かしい。
喉まで出かかったその言葉を、胸の奥に押し戻す。
口にしてしまったら、キリンとの約束を破ることになるかもしれないからな。
ここまで3つの大陸を巡ってきて、俺は薄々気づいていた。
生前の俺が暮らしていたのは、きっとこの西の大陸だったのだと。
地面から突き出している刃の正体は、地質の奥深くに眠っていた金属の鉱脈だ。
削り出され、磨かれ、剥き出しになったそれらは、岩とも植物とも違う。
動物すらほとんど見当たらない、異様な大地。
なぜ、こんな有様になったのか。
答えは単純だ。
―――奴の仕業だ。
「これって、やっぱりソヴリンの影響なのかな?」
「そうだろうな。その可能性が一番高いと俺は思うぜ」
「そうなんだ。ところでルース。アンタ、随分と落ち着いてるように見えるのは気のせい?」
「もう4つ目の大陸なんだぜ? 今更こんなことで驚いたりしねぇよ」
「さすがはルース殿! 我輩は初めて見るものばかりで興奮が抑えられないぞ!」
少し前まで、別れた仲間を思って沈んでいたアレックスの表情は、もう見えない。
彼にとっては、ここにあるすべてが未知で、新鮮な刺激なのだろう。
もっとゆっくり見て回りたいところだが、そうはいかないことを俺は知ってるぜ。
「クゥ。とりあえず周辺の様子を見てきてくれないか?」
「分かったクェ!」
「その間に、俺たちは少し高い場所に出よう。見晴らしがいい方が合流しやすいしな」
「よし! 荷物は我輩に任せるがよい!」
「それじゃあオイラが先導するね」
手慣れた動きで隊列を組み、俺たちは歩き出す。
それにしても、アレックスが荷物を持ってくれるだけで旅の速度が格段に上がったぜ。
北の洞窟を抜けてくる間に、魚の干物も大量に確保できたし。
この男が加わった意味は、戦闘力だけじゃないな。
しばらく歩いて高台に上った俺たちは、そこで西の大陸の全貌を目にする。
ぱっと見は、だだっ広い荒野が広がってるだけ。
でも、固い岩の荒野じゃなくて鋭利な金属が地表を覆う、刃の荒野。
ところどころに立ってる柱みたいなものも、金属でできた物のはずだぜ。
そんな荒野をざっと見渡した俺たちは、自然と“それ”に注目することになる。
「あれは……砂嵐?」
「それにしては、キラキラ光ってるけど」
「こちらに近づいてるように見えるのだが……」
「だな。南から北に向かってきてるって感じか。とりあえずは、あの砂嵐から逃げたほうがよさそうだな」
「そうだね。クゥが戻ってきたら北に出発しよう!」
ほどなくクゥと合流した俺たちは移動を開始した。
クゥの報告では、近くに人の姿は見当たらなかったらしい。
まぁ、そうだろうな。
なぜなら、この西の大陸に住んでる人々は、こんな外周にいないはずだからな。
だから俺は驚いたんだぜ?
クゥと合流して移動を開始した俺たちを、ひっそりとつけてくる女がいたんだからな。
もちろん、見通す瞳で警戒してた俺は、その情報を皆に伝えた。
その女が何を企んでるのかは分からねぇが、襲ってくるならきっと夜だろう。
なぜそう思うかって?
俺ならそうするからさ。
―――かくして物語は次の章へと紡がれる。
立ちはだかるのは『切り捨てる者』。
仲間を増やし、歩みを速めたルースたち。
そんな彼らの背中を付け狙う者が1人、身を潜めて姿を隠していた。
鋭く研がれた刃を手に、獲物が油断する、その瞬間を待ちながら。
「……」
沈黙する彼女に声をかける者は誰もいない。
かつてはいたのかもしれないが、そんなことすら彼女は覚えていないだろう。
西の大陸では、彼女こそが正しいのだから。
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