第85話 先の世界
願望は力だ。
力ある者だけが生き残れる。
それが、この世界で唯一の絶対的なルールだ。
「いやー助かりましたねボス!」
「……いつまで着いて来るつもりだ?」
「つれないなぁ。そりゃ死ぬまでに決まってるじゃないっスか!」
「大人しくティタノボアに食われちまえばよかったものを」
「マジで、食われるかと思ったっスけどね」
洞窟の中。
くすんだ金髪の男が、頭を掻きながら立ち上がる。
そんな男の背後には、巨大な蛇の死骸が転がっている。
「このベニー、逃げ足だけには自信があるんスよ」
「そうか。人を盾にするのも上手いみてぇだけどなぁ」
「へへへっ。そんな褒めないでくださいよ」
「何を言ってやがる? 自慢できる特技じゃねぇか」
それだけ、生き残りたいという強い願望を抱いてるってことだろ?
この俺を盾にしたとしても。
「すぐにボアの肉を集めるぞ。それから、毒袋も使えるから採っとけ」
「了解っス!」
「ところで、あの女はどこに行った?」
「ん? そういや、見えないっスね……もしかして! ボアに食われたとか!?」
「勝手に死んだことにしないでください」
暗い栗色の髪を後ろで束ねた女が、そそくさと俺の元に駆け寄って来た。
「エオウィン様。ご無事ですか?」
「そりゃオレたちのセリフっすよ。ねぇボス」
「ベニーはすこし黙ってて」
「ひどいよね!?」
「怪我はないんだな?」
「はい! あのボアに踏み潰されそうになってたところを、エオウィン様が助けてくださいましたので」
助けたつもりは全くないが。
結果として無事ならそれでいいだろう。
全身に切り傷が散見されるが、動けないほどではないみたいだからな。
「それにしても、この量を持って帰るのは骨が折れるっスね」
「それなら心配する必要はありませんよ。ティタノボアを討伐したらすぐに肉を回収できるよう、準備を整えてきましたから」
「さすがクララっスね。手際が良い」
「それもこれも、エオウィン様のためですから」
「よぉーし。そういうことならオレ、一旦村に戻って皆を連れてくるっスよ!」
「それは良い考えですね! 早く出発してください! そして、ゆっくりこちらに向かってくださいね! その間、私とエオウィン様は二人きりの時間を楽しみますので!」
「全速力で戻ってくるっスよ!」
そう言って、ベニーは洞窟の奥へと消えていった。
直後、距離を詰めてくるクララ。
二人きりの時間を楽しむつもりはないが、密着するくらいなら許してやろう。
「あまり興が乗らないのですか?」
「ここは安全な場所とは言えねぇからな」
「そ、それは……私の身を案じてくれているのですね」
別にそういうわけじゃないが。
勝手に思い込む分には好きにしてくれ。
そんなことよりも、俺の頭の中は別の考えに満ちていた。
東の大陸でソヴリン:セイリュウが打ち倒されてから4か月ほど。
そろそろ奴らは北の大陸で次のソヴリンと対峙してるころだろうか。
もしそうなのだとしたら、俺も動き出す必要があるかもしれねぇ。
この世界において、願望こそが力だ。
だからこそ俺は、生き残ることだけを考えて生きてきた。
だが、その常識は近いうちに壊される可能性が高い。
生き残ることを考えるだけでは、足りなくなってしまう。
生存した者たちの中で、より優位な立ち位置に立つ必要がある。
だからこそ俺は、南の大陸で放浪していた人間をまとめ上げ、村を作った。
この辺りで俺たちに逆らえるような奴らは、存在しない。
ただでさえ、ソヴリンが居なくなったあと危険な魔獣どもが自由にうろつくようになったからな。
まともな奴らは、安全を求めて村に取り入ろうと近づいてくる。
そうやって集まった人間を、支配することこそがこれから先の世界で活きる術だ。
逆らう者には容赦しない。
従う者には深い慈悲を。
ただ、まだこれでは足りないのだ。
さらなる影響力を、持つ必要がある。
その絶好の機会こそが、ソヴリン討伐のその時。
俺がその場に立ち会い、あまつさえ奴らより先に討伐を実現してしまえば。
この支配は絶対的なものになるだろう。
「エオウィン様? なにか考え事ですか?」
「クララ。前に指示していたものは、どれだけ集まった?」
「元々指示されていた数は、既に集まっています。今は持ち運びができるサイズのものを中心に厳選しているところですね」
「上出来だ」
「もしかして、そろそろなのでしょうか?」
「あぁ。直に動くぞ」
「分かりました……」
「不満でもあるのか?」
「いえ、そうではありません」
そう呟いた彼女は、暗い栗色の髪に表情を埋めながら、続ける。
「ただ、この穏やかな日々と離れるのが、寂しいのです」
甘い考えだな。
そのようなことでは、いずれ簡単に命を落としてしまうだろう。
「穏やかさに慣れるな。それはいずれ弱さになるぞ」
「……フフフ。やっぱりエオウィン様はお優しいですね」
「そんなバカげたことを言うのは、お前だけだぜ」
「それでいいのです。いいえ、それがよいのです」
その後、ベニーが引き連れてきた男衆にボアの肉を回収させた。
これでようやく、道を確保することができたぜ。
南の大陸から、西の大陸へとつながる深い洞窟。
そんな洞窟を、このボアが根城にしてたんだからな。
道が開けたのなら、その先を調査するだけだ。
敵はソヴリン。
そして、場合によっては奴らもだ。
東の大陸では、生き残るために共闘することを選んだ。
だからと言って、仲間になったなどとは考えていない。
むしろ、ソヴリンに並ぶ強敵だと考えている。
奴らの、甘ったれた考え方に従うつもりはねぇからな。
「この先が、西の大陸につながってるんスね」
ベニーの呟きが、深い大地の洞窟に吸い込まれていった。
まるで、何者かが俺たちを誘っているかのようだぜ。
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