第82話 3体目:朽果てる者
夕刻を待ち、魔導遺跡に入った俺たちは例の氷樹の元に向かう。
なんとなく予想はしてたけど、僧侶はまだ姿を見せてないぜ。
それから数分くらい待った後だろうか、氷の中から彼女が出てきた。
「あら、待たせてしまったようですね」
「待っててくれるなんて、思ってもなかったわよ」
「そうですか。少し気になる言い方ですが、待つ余裕があったという意味で受け取っておきましょう」
言いながら、ゆっくりと腰を降ろした僧侶が、静かな瞳で俺たちを見渡してくる。
「私がどのような存在なのか、理解していただけたようですね」
「そうね。あなたに恨みはないけど、遠慮はしないから」
「ふふふ。とても安心です」
「ホントに良いのクェ?」
「良いのですよ。今日という日を迎えるために、私は待ち続けていたのですから」
そうなのか、と納得できた奴なんかこの場に誰もいなかったはずだ。
なぜって?
背筋を伸ばして座ってる僧侶が、一筋の涙をこぼしたんだから。
垂れた雫が、彼女の足元に小さな染みを作る。
それがまるで、微かな未練のように俺には見えたぜ。
「失礼しました。決して、やせ我慢をしているわけでは無いのですよ。ただ、私たちの守れなかった世界にも、希望が残っていたのだと。そう思えてしまっただけですから」
「……」
「躊躇いは要りません。一思いに、やってください」
安らかな表情のまま瞳を閉じた彼女に促されるように、俺はイザベラと欠乏と結合する。
そして、魔導書:浄界に宿っていた神秘を発動した。
究極魔導:悲嘆の浄界。
遺跡を形作っている岩壁がみるみるうちに形を変え、ゴーレムへと変貌を遂げていく。
巨大な体と平べったい手が特徴だ。
そんなゴーレムの両手で、座り続けている僧侶をそっと包み込む。
冷たい静寂のせいで、時間が経つのを忘れちまったような感覚だぜ。
遠くで響く鳥の鳴き声が聞こえ、ようやく我に返った俺たち。
ゆっくりと開かれたゴーレムの手の中を覗き込んだ俺たちは見たんだ。
僧侶が座っていた場所に咲いている、小さな花を。
直後、花から2つの光が飛び上がる。
咄嗟に空を見上げたイザベラたち。
だが俺だけは、別の物に目を奪われちまったんだ。
それは、まっすぐ俺に向かって飛び込んでくる光。
唐突に、視界が真っ白に染め上げられていく。
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3度目ともなれば慣れてくるよな。
なんなら、待ちわびてたくらいだぜ。
心の中でそう呟いた俺は、ふぅっと息を吐いてから言葉を選んだ。
「ようやく、アンタの名前を知ることができたぜ。もっと早く名乗ってくれてもよかったんじゃないか? キリン様」
「私が何者なのかを知ったところで、あなたがするべきことは何も変わらないのですよ? それよりも、今回は随分と手際よく討伐することができたようですね。やはり、私の加護があったおかげでしょうか」
「逆だろ! あんたが封印を解いちまったせいで、大変だったんだからな!」
「邪魔をするよりはマシだったと思うのですが。まぁ、そんなことより、ご褒美のお時間ですよ? いつもなら、食い気味に要求してきてましたよね?」
「食い気味って程でもなかっただろ……」
なんていいつつ、俺はその先を続けることができなかった。
聞きたいことがないわけじゃない。
むしろ、僧侶から聞いたことも含めて、色々と問いただしたいことだらけだ。
だけど。
知りたいと思う自分と、知らないままでいたいという自分が、混ざり始めてるんだ。
「見ぬもの清し、言わぬが花。なんて言葉もあるくらいですからね」
「何が言いたいんだよ」
「知ることで淀んだり、教えることで濁らせてしまうこともあるのだという事です」
分かりにくい言い方しやがって。
このまま、キリンの調子に乗せられるのは癪だぜ。
「前回と同じく4つまで。質問していいんだよな?」
「答えるのは1つだけですけどね?」
「分かってるさ。まず1つ目だ。大地の女神キリン様はなぜ、ゲンブを討伐しなかったんだ?」
「それは皮肉のつもりですか? 秘密ですよ」
「皮肉のつもりはないけどな。それじゃあ2つ目。騎士や魔術師、そして僧侶に宿ってた暴虐とか貪欲とか怠惰のことを、アンタは知ってたのか?」
「秘密ですね」
「次、3つ目だ。他の大陸の魔導遺跡を作ったのも、アンタなのか?」
「秘密です」
「そうか」
案の定、この3つの質問は秘密だよな。
残す質問はあと1つ。
何を聞くべきか少し考えた俺は、意を決して口を開いた。
「……最後、4つ目だ。僧侶が流した涙の意味を、アンタは知ってるのか?」
「……知っていますよ。内容は教えることはできませんけれど」
「そうか。まぁ、内容まで話す時間はどうせないんだろ?」
「その通りです。ですが、そう遠くない未来に、あなたは知ることになると思います」
「ならなおさら、今聞く必要はないようだな」
そう言いながら、意識が靄に呑まれるのを待とうとした俺。
だけど、いつものように靄が広がってこない。
どうしたんだ?
「そろそろ時間じゃないのか?」
「ずいぶんとせっかちになってしまったようですね。なにか心変わりでもあったのですか?」
「そりゃ俺のセリフだぜ」
「ふふふ。まぁ良いでしょう。少しだけ、驚いていただけですから」
「驚いてた?」
「はい。ですが、その選択を私は否定しませんよ」
キリンのその言葉を皮切りに、靄が俺を包み始める。
意識が飛ぶ最後の最後に、俺の耳が彼女の呟きを捉えた。
「あの者たちと共に歩む中で知れると良いですね。その方がきっと、あなたの―――」
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