第81話 足りてなかったもの
遠い場所、はるか昔。
ボサボサの髪と煤だらけの少女が、笑いかけてくる。
大丈夫だよと言う彼女の唇は、妙に赤く腫れているようだった。
薄暗く人気もない小屋の中で、ふたりきり。
泣きじゃくる俺の頭を、その娘が撫でてくれるんだ。
俺の頭を?
ってことは、これは俺の記憶なのか。
忘れてることにすら気づけてなかった、そんな記憶。
色々あったせいで、掘り起こされちまったんだろう。
深い、ドンゾコから。
彼女の名前も、この後俺たちがどうなったのかも、詳しくは思い出せない。
ただ一つ。
目が覚めた時にその夢が俺に残していったのは、強い喪失感だった。
「ルース? 大丈夫クェ?」
「……クゥか。あぁ、大丈夫だぜ」
洞窟に差し込んでくる朝日が清々しい。
そんな朝日を背に駆けこんできたダグとアレックスが、笑顔で告げる。
「イザベラ! 鉄のインゴットある? 鍋を作りたいんだけど」
「鍋? それなら、いつも使ってるのがあるじゃん」
「フハハハハッ! 昨晩のあれでは、到底入りきらない大きさなのだっ!」
そう言ったアレックスが掲げて見せたのは、大きなイノシシだ。
「そういうことね! 手持ちじゃ足りないから、ちょっと待ってて!」
「オイラも手伝うよ!」
朝から騒がしいぜ。
まぁそれくらいの方が、変なことを考えずに済むけどな。
僧侶が話してくれたこと。
俺だけじゃなく、みんな色々と考えたはずだ。
正直、考えつかれちまったぜ。
魔術の真髄とか、願いや祈りとか、魔王とか。
一気に話されても、理解が追い付かねぇよな。
でも一つ、分かったことがある。
魔導書に宿ってるゴーレムの魔導は、強い願望に反応した時だけ使えるんだ。
問題は、その“願望”とやらが何を指してるのか。
「お腹減ったクェ~」
「そうであるな! 我輩、空腹では考えがまとまらないぞ!」
「お腹いっぱいになったら、眠たくなっちゃうクェどねぇ~」
「クゥ殿! そういう時は、腹八分でとどめるのだぞ!」
「“はらはちぶ”ってなに?」
「満腹にならない、ちょうどいいところのことだ」
「難しそう。あ、でもライラの分も食べなくちゃだから、二人分は食べて良いってことだよね?」
「それは食べすぎだと思うぞ」
そうこうしていると、大きな鍋を作り上げたダグが焚火の元に戻って来た。
アレックスとイザベラの3人で、手際よくイノシシを調理していく。
なんていうか、平和な光景だぜ。
「それじゃ、食べよう!」
「うむ!」
ぐつぐつと煮込まれてる鍋を囲んで、俺たちは豪勢な朝食を満喫する。
夕刻まで、まだ時間はあるからな。
日がてっぺんまで登った頃、魔導遺跡の様子を見に行ったんだが動きはないようだ。
僧侶は律義に夕方まで待ってくれるらしい。
まぁ、あまり動きたくないだけかもしれないけどな。
それから俺たちは、改めて焚火を囲んで話し合いをすることにしたんだ。
「結局、どうやったらゲンブを倒せるクェ?」
「ん? ゲンブはもう倒せたのではないのか?」
「昨日の僧侶を解放しないと、ソヴリンを倒したとは言えないかもしれないの」
「それはなぜだ?」
「昨日の話だと、あの僧侶には『怠惰』が宿ってる。それを解放することが、ソヴリン討伐に関わってると思うんだけど」
「解放するためには、ゴーレムを作るしかないんだよね? 前みたいに、今からやってみる?」
そう提案するダグが言ってるのは、東の大陸でゴーレムを作ろうと試行錯誤したことを言ってるんだろう。
そんな彼の提案を、イザベラは首を振って否定した。
「そういう事じゃないみたい。言ってたでしょ? 願いや祈りが、魔術になるって」
「そういえばそうだった! このナイフも、そういうことなんだよね?」
「神の奇跡ってやつみたいね。アレックスの聖浄のフキンと同じかな」
「つまりは、ゴーレムを作りたいと強く祈る必要があると。それで、あの僧侶を解放することがソヴリン討伐につながるのだな?」
「簡単に言えば、そういうことね」
それで済むなら、既に魔導書が反応してくれてるはずなんだよな。
「祈る、か。それは、時間がかかるかもしれないな」
「そうね」
残念ながら、今の俺たちに時間は残されてない。
改めて、額を押さえて考えこもうとしたイザベラに、ダグが声をかけた。
「イザベラ、スザクの時とセイリュウの時は、どうやってゴーレムを作れたの?」
「え? どうやってって言われても……」
そう呟いた彼女の視線が、俺に注がれる。
「言われてみれば、2回ともルースに言われて発動してた気がする」
「ルースが?」
「そうだな。まぁ俺も、見出す瞳で使えるようになったことを知っただけだけどな」
「その見出す瞳ってどんな力なの?」
「えっと、『能力整理』には『未知なる可能性を見出すことができる瞳』って書いてるね」
「見出す瞳。セイリュウの時は、周辺環境の変化があったとか、書かれてなかったっけ?」
「そういえばそんなことが書かれてたな。あの時、何か変化があったっけ?」
「少なくとも私は、心当たりがないわね。クゥは何か分かる?」
「あの時は、逃げ出したいってことしか頭になかったクェ」
「それじゃあダグは? あの時はセイリュウの中に入ってたと思うけど」
「変化……オイラ、よくわかんないんだけど……」
そう呟いたダグは、手にしてたナイフを前に突き出した。
そして告げる。
「最後の一突きだけ、ナイフの切れ味がすっごく鋭くなったんだ」
一瞬の沈黙ののち、イザベラが口を開いた。
「それってもしかして、その時に大願のナイフになったってこと?」
「そうなんだとオイラは思ってるけど。それが何か関係あるのかな?」
「あるかもしれないわね。ちなみに、その最後の一突きの時、何を考えて―――願ってたの?」
「あの時、願ってたこと?」
少しだけ考えたダグは、ギュッとナイフを握りなおしてから言う。
「生きて、また皆のところに戻りたいって思ってた」
「なるほど、ダグ殿の強い願いが、そのナイフに力を宿らせたのだな!」
「そしてそれが、環境の変化だったってことか」
「可能性はあるわね。少なくとも、ダグのナイフが無かったらセイリュウも魔術師も倒せなかったはずよ」
「それじゃあスザクの時はどうだ? あの時、何か変化があったか?」
「あの時は必死だったから、よく覚えてないけど……とにかく騎士を倒すことだけ考えてたわね」
「オイラも。気づいたら周りが霧でいっぱいになってて、とにかく騎士から離れようとしてたくらいだね」
「待て、霧でいっぱいになってた? もしかして、それなんじゃないか?」
「どういうこと?」
俺は、今の話を頭の中で整理してから、皆に説明することにした。
「セイリュウの時は、大願のナイフ。スザクの時は、大量の霧と氷。つまり、周りの環境がソヴリン討伐に適した環境になった。そういう可能性は無いか?」
「環境。そう言われるとそうかも? でもそれなら、どうして今回は発動しないのかな?」
確かに、今までの流れなら今回のゴーレムは大地のゴーレムのはずだ。
ゴーレムを作るための環境はすでに整ってるはずだぜ。
まだ何か、足りないものがあるのか?
と、俺がそんなことを考えていた時、アレックス控えめに手を上げながら口を開いた。
「すまない、我輩はいまいち理解できていないのだが。そもそも本当に昨日の僧侶と戦う必要があるのだろうか?」
「そうよ。そうじゃないと、いずれゲンブが復活しちゃうかもしれないから」
「本当にそうなのか? このまま、ゲンブが目覚めずに、ずっと平穏が続くことはないのだろうか?」
そう言ったアレックスは、洞窟の外に視線を投げた。
「今朝の狩りで思ったのだ。すでに山の周辺から分厚い雲が消えて、この大陸の様子も穏やかなものになりつつある。これで充分ではないだろうか? わざわざ戦うだけの理由は、無いように思えるのだが」
その問いかけに、俺が応えにくさを感じてた時。
以外にもクゥが反応した。
「ダメだクェ」
「クゥ殿?」
「今日のうちに、決着をつけるべきだクェ。ってライラが言ってるの」
「ライラ殿が? それはなぜなのだ?」
「クェーッ、なぜなら、このまま停滞を選ぶのは、あの子たちに決着を押し付けるだけだから。だそうだクェ」
決着を押し付ける。
確かにそうだ。
わずかでも、不安を残したまま引き渡すのは、気分のいいものじゃないぜ。
「さすがライラね。言いたいことをしっかりと言葉にしてくれたわ。そういうことよアレックスさん」
「……そうであるな。我輩が間違っていたようだ。やはり、ここで決着をつけるべきである!」
「うん。ソヴリンがいない世界をあの子たちに引き継がなくちゃ……」
何かを決心したかのように、深く頷くイザベラとアレックス。
その直後、イザベラがハッと気づいたように呟いた。
「引き継いでいく……?」
「イザベラ、どうかしたのか?」
「え? あぁ、ううん。なんでもない」
「よし! そうと決まれば、ゴーレムを作るための方法を皆で考えるぞ!」
気合が入ったのか、両の拳をぶつけるアレックスが勢いよく立ち上がった、その時。
俺は、視界のど真ん中に、とある文言が表示されたことに気が付いた。
少し思案して、気が付く。
もしかしたら俺たちは、無意識で僧侶のことを敵だと思えてなかったのかもしれないな。
そしてそれが、足りてなかったものなのかもしれない。
なんていうか、あっけないぜ。
「気合を入れてるところ悪いが、どうやらもう、準備は整ったみたいだぜ」
「え?」
「僧侶を倒す。その決心が、俺達には足りてなかったらしい」
面白いと思ったらいいねとブックマークをお願いします。
更新の励みになります!!




