第80話 願いか祈りか
「しんずい? ってなんだっクェ?」
「クゥ殿。今はすこし黙っていた方が良いと思うぞ」
「なんで?」
「我輩たちにはいささか難しい話だからだ」
いやいや、何を言ってんだアレックス。
俺やイザベラも理解出来てない話だぜ?
とはいえ、このまま黙り込んでても話が進まねぇからな。
『イザベラ。こうなったらこの僧侶から魔術の真髄とやらを聞き出すしかなさそうだぜ?』
「……」
俺の声が聞こえてないのか?
いいや、頭の中で直接語り掛けてんだ、聞こえて無いワケがない。
ってことは何か考え込んでるんだろう。
と、少しの間沈黙してたイザベラが不意に口を開いた。
「魔術の真髄。あなたも同じことを言うのね」
「そうですね。たしかに、彼なら言いそうなものです」
「てっきり、ただの嫌味か何かだと思って聞き流してたけど、そうじゃないってこと?」
「そうなのでしょう、少なくとも彼は、無駄を嫌う方でしたよ」
僧侶の返事を聞いて、イザベラが小さく笑う。
多分だけど、今話題に上がってるのはセイリュウの中から出てきた魔術師のことだよな。
言われてみれば、イザベラに対して魔術の真髄を理解してないとか言ってたっけ?
「真髄ね。そんな深い話ってわけじゃないけど、小さな違和感くらいならずっと持ってたのよね」
そこで一拍間を置いた彼女は、言葉を続けた。
「魔導遺跡にいたゴーレム。あれは誰が作ったの? 誰が動かしてたの? っていうか魔導遺跡って何? どうして遺跡の中に魔導書が保管されてるの?」
「……」
「ソヴリンを倒したら、騎士とか魔術師が出て来るし。そんな彼らを解放するためにゴーレムを召喚したり……正直、理解なんてできてない」
「……」
「一番理解出来ないのは、ソヴリンからあなたたちが出てくることよ。こうして話ができてるから聞くけど、もしかしてあなたたちを解放しないとソヴリンを倒したってことにならないの?」
「……」
イザベラの口調は、淡々としてる。
怒ってるわけじゃないらしい。だけど、彼女の言葉からは確かな気迫を感じ取れた。
「―――実は、ソヴリンを生み出したのはあなたたち、なんて言わないわよね?」
「……」
「あなたは解放されるのを待ってたんでしょ? 少しくらい協力したらどう?」
拭いきれない憤りを発散させるように、吐き捨てるイザベラ。
気持ちは分かるぜ。
彼女からすれば、ソヴリンを倒すために行動してきたすべてに、何者かの思惑を感じてるわけだ。
それが、違和感の正体。
彼女が見ないようにしてたもの。
きっとイザベラは、それらの違和感を抱きながらも、無心でここまで来たんだ。
ソヴリンを倒すためだけに。
その先の、平和な世界を手にするために。
それなのに、ここにきてその違和感を無視するなと突きつけられている。
勝手だよな。
ここで1つ、見誤っちゃいけないことがある。
それは、俺もイザベラの感じてる『何者かの思惑』に加担してるってことだ。
あるいは、俺がしっかり彼女を導いていれば、そんな違和感を抱かせることもなかったのか?
と、その時。
ずっと座りこんでいた僧侶がゆっくりと立ち上がった!
慌てて身構えるみんな。
そんな俺たちを、どこか悲し気な表情で一瞥した僧侶は、ゆっくりと口を開いた。
「魔術の真髄。それを説明するためにはまず、魔術とは何なのかを理解しなければなりません」
「……教えてくれるの?」
「はい」
なんだ?
どうして急に教えてくれる気になったんだ?
そんな俺の疑問を知ってか知らずか、僧侶は小さく告げる。
「今のあなたを見ていると、少しだけ昔のことを思い出しましたので」
「昔のこと?」
僧侶とイザベラは似てたってことか?
いいや、そういうわけじゃないか。
『まぁ、教えてくれるならありがたく教わろうぜ』
「そうね。で、魔術って何なの?」
「魔術とは、かつて魔に囚われた者が行使した力のことです」
「魔? オイラもうわかんないや」
「魔は、人を惑わし災いをもたらすもの。その総称です。そして、魔術を行使して世界を混乱と恐怖に陥れた者がいました。それこそが、魔王と呼ばれた者」
「魔王! それならば、我輩も知っているぞ!」
「勇者たちが倒したってお話に出てくるよね。オイラも知ってる!」
「ダグたちの言うとおり、それくらいなら私も知ってるわよ」
「では、彼が魔術を何のために行使していたのか、知っていますか?」
「世界を壊すため、とかじゃないの?」
「違います。あえて彼の言葉を借りるなら、そう」
―――ドンゾコから、這い上がるため。
なんだ?
僧侶の言葉と重なるように、何か変な声が頭の中で響いた気がした。
この言葉。どこかで聞いたことがあるような……。
気のせいだよな。
ドンゾコ。
まさに少し前の俺たちの状況と同じようなもんだし。
勝手に親近感を持っちまっただけだろ。
魔王に親近感、か。
それもなんかやばい気もするが。
気のせいに決まってるぜ。
「ドンゾコから、這い上がる?」
「はい。彼はそう言っていました。話を戻しますが、そんな彼が強力な魔術を使えた理由は一つ、彼の思いや願望が、ことさらに強力だったからです」
「願望が強力だった?」
「はい。願いか祈りか。形は違えど思いの強さが影響を及ぼす。人はそれを神の奇跡と呼ぶこともあります。あなた方も、似たような経験をしたことはありませんか?」
そんな彼女の問いかけに真っ先に反応を示したのは、ダグとアレックスだった。
それぞれ、小ぶりのナイフとボロボロのフキンを手にしてる。
「願望が魔術になる。ということですか?」
「それは半分正解といってよいでしょう」
「まだ半分なの?」
「はい。これは魔術の話です。では、魔導とは何だと思いますか?」
「え? 一緒じゃないの?」
「違います。魔導とは魔を導くこと。つまり、惑わせる力だった魔術を、良い方向に導くために整えられたものという事です」
「導く……」
小さく呟いたイザベラ。
心なしか、彼女の思考が俺に向いている気がする。
『なんだよ』
「なんでもない」
掠れるほど小さな声。
当然僧侶には聞こえていないはずだが、かといって気づかないワケもないだろう。
彼女の視線が、俺を捉える。
途端に首根っこを掴まれたような感覚が全身を襲った。
だけど結局、僧侶は静かに話をつづけたんだ。
「良い方向に導くため整えられたもの。なぜ、そのようなものが作られたのでしょう?」
「なぜって、そりゃ世界を平和にするためじゃないの?」
「はたして、そうなのでしょうか?」
不思議そうに頭を傾げるダグ。
彼と同じように、俺たちもまた考えを巡らせるしかできなかった。
「少し時間が必要なようですね。明日の夕刻、再びここへ来てください。期待していますよ」
「ちょっと、まだ話は終わってないわよ」
「私はもう疲れてしまいましたので、今日はお休みさせていただきます」
そう言った僧侶は、氷樹の中へと溶け込んでしまった。
ったく、怠惰な奴だぜ。
あっけにとられた俺たちは、仕方がないから魔導遺跡の外に出る。
遺跡の中は寒すぎるからな。
そして、道中に見つけた焚火の元に戻ったんだ。
洞窟の中、揺らめく炎を見つめながら考える。
気づいた時には、夜が更けてしまってたぜ。
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