第79話 魔術の真髄
「ふたりとも、無事!?」
「うん。私たちは大丈夫よ。ダグたちも、けがはなさそうね」
白い息を吐きながらイザベラが微笑む。
雪と氷に閉ざされた静寂の中、俺たちは再び――遺跡の前に立っていた。
『こうして見ると、すげぇ建物だな』
「まさか、ゲンブの上に遺跡があるとは思わなかったわ」
「スザクやセイリュウの時とは違うよね。オイラもビックリしたよ」
「非常に気になる話題ではあるが、先に進まなくて良いのか?」
「みんな、警戒は怠らないようにね」
白い息を吐くイザベラが先導する。
彼女の赤い髪が風に舞い、霜を払うように通路を進んだ。
遺跡の奥に続く回廊。
壁の文様が淡く脈打ち、どこか鼓動のように響いている。
その時、前方―――半開きの扉から青白い光が漏れた。
『こっちに来いって言ってるみたいだな』
「アタシが偵察したほうが良いクェ?」
「そういう話であれば我輩が行こう!」
「2人とも待って。たぶん大丈夫。ルースが見てくれてるはずだから」
『さすがダグ、察しが良いな。イザベラ。危険はなさそうだぜ。少なくとも、騎士みたいに突然襲ってくるつもりはないみたいだ』
「分かったわ。行くわよ」
扉が静かに開く。氷のきしむ音が、心臓の鼓動をなぞるようだった。
広間の中央――氷でできた巨大な木がそびえ立っていた。
天井の穴から差し込む光を受け、枝の結晶が風に揺れる。
それは木漏れ日のようであり、祈りの残響のようでもあった。
その根元に、一人の女性が腰を下ろしていた。
白いローブに包まれた冷たい美貌。
彼女は微笑み、穏やかに言葉を紡ぐ。
「ようやく、この時が来たのですね」
静かな声。それでいて氷の芯に触れるような響きだった。
「……なぜだ? 我輩、彼女を知っている気がするぞ」
「え、会ったことあるの!?」
「いいや、見覚えはない……のだが、なぜか―――」
「アレックスですね。あなたの祈りを、私はいつも聞いていましたよ」
祈りを聞いていた、というのはどういう意味なんだろう?
「とても、清らかな祈りでした。だから、キリン様もあなたの祈りを聞き届けてくれたのでしょう」
「キリン様が……」
アレックスが手首のフキンに目を落とす。
祈りって言うのは、フキンを手に入れることだったのかもしれねぇな。
イザベラが一歩前に出て、静かに問う。
「あなたは……突然襲ってきたりしないんですね」
「“あなたは”ということは、すでに他の3人と会われたのですね」
「オイラたちが会ったのは、騎士と魔術師の2人だよ」
「なるほど。それは良いことを聞きました」
今の問答で、彼女が何者なのか分かったぜ。
彼女もまた、かつて世界を救った勇者一行の1人。
姿から察するに、僧侶に違いない。
でも変だな。
勇者一行はたしか5人のはず。
俺がそんなことを考えていると、僧侶が座り込んだまま姿勢を正した。
「騎士と魔術師。そうですね、あの2人に宿ったものを考えれば、突然襲い掛かったとしても不思議ではないでしょう」
「2人に宿ったもの?」
「ええ。彼らの魂に刻まれた業の形。暴虐と貪欲です」
そう言うと、僧侶は肩を落として欠伸をかみ殺した。
その仕草があまりに自然で、場の緊張がふっと緩む。
「言われてみれば、そんな感じだったわね」
「オイラ、その2つをどこかで聞いたことがあるような気がするんだけど」
「あの本ですよ! ってライラが言ってるクェ!」
「本? あぁ! ライラの家で読んだあれだね!」
「火炎と暴虐、森林に貪欲……ってやつだったっけ? あったわね」
本の内容を詳細に思い出すことはできないけど、確かに書いてあった気がするぜ。
あんまり深く考えてなかったけど、あれは勇者一行のことを書いてたってことなのか?
てっきり、ソヴリンについての話かと思ってたぜ。
『ってことは、僧侶にも何かが宿ってるってことか?』
「そっか、そういうことになるわね。あなたには何が宿ってるの?」
「怠惰、よ」
「……なるほどね」
イザベラの反応を見た僧侶は苦笑し、再び氷の幹に背を預ける。
なんか、納得だぜ。
さっきから立ち上がろうとすらしないしな。
「納得されてしまうのは残念ですが、まぁ、致し方ないですね。それよりも、今のあなた方にはやるべきことがあるのではないですか?」
「やるべきこと?」
そう言ったアレックスが、一歩前に出た。
「イザベラ殿。そろそろ教えて欲しいぞ。彼女は何者なのだ? 我輩たちはここで、何をすべきなのだ?」
『そういや、アレックスは知らないんだったな』
「……そうね。アレックスさん。勇者一行のことは知ってる?」
「昔、魔王を倒したとかいうお伽噺のことなら」
「彼女はそのうちの一人なの」
「フハハハハハハッ! そんな馬鹿な!」
「本当ですよ」
「……本当なのかっ!?」
「はい」
氷の木の光が反射し、アレックスの瞳が震える。
彼はしばらく言葉を失っていた。
「そのようなことよりも。早く、私を解放してください」
「そうしてあげたいけど……何も反応がないのよね」
『だな……』
今までの騎士や魔術師との決着はいつも、魔導書の隠された力によるものだった。
でも今回、新たに手に入れた魔導書:浄界は何の反応も見せてくれてないぜ。
恐らく僧侶が言ってる『解放』ってのは、それがないとできないよな?
って言うかそもそも、俺たちはまだ見てないんだよ。
『イザベラ、この遺跡でゴーレムを見たか?』
「そういえば見てないわね。もしかして……」
『ゴーレムを見てないと発動しない……とか?』
「イザベラ、どうかしたの?」
「ねぇダグ、ここに上ってくるまでに、ゴーレムを見なかった?」
「ゴーレム? 見てないよ。オイラたち、ほとんど水中を昇って来たからね」
「そっか」
重い沈黙。
その中で、僧侶がゆっくりと息を吐いた。
「……もしかして、ゴーレムも作れないのですか?」
ちょっと馬鹿にされてる感じでムカつくぜ。
イザベラとの結合を解いて、文句を言ってやろうか。
なんて考えたところに、続く僧侶の言葉が俺たちの耳を捉えて離さなかったんだ。
「つまりあなた方は、魔術の真髄を理解できていないのですね」
その言葉は氷より冷たく、しかし火のように胸に刺さった。
静寂の中、遺跡の奥で何かが軋む。
魔術の真髄。
そりゃ一体、何なんだよ。
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