第8話 凍界
――魔導書:凍界。
俺たちが必死で探し求めてきたブツには、そんな仰々しい名前がついていた。
「へぇ……凍界。いかにも強そうな響きね」
「だな。中身が“冷え冷えのギャグ集”だったら泣くけどな」
「それはないと思うけど」
「いや、この世界ならあり得る。油断できねぇ」
冗談めかして言ったが、油断は禁物だ。こういうお宝は盗難防止の罠が定番。しかも、さっきまでガーディアンが守ってたくらいだ。そりゃ警戒するに決まってる。
「……見た感じは、特に罠はないみたい」
「ホントかよ?」
「信じられないなら、自分で確かめてみたら?」
イザベラが小首をかしげる。
なら遠慮なく――見物する瞳発動。魔導書も台座も調べるが、異常なし。
「よし、問題なし。……たぶん」
「“たぶん”は不安しかないんだけど」
「安心しろ、最悪俺だけ死ぬ」
「全然安心できないんだけど!?」
そんなやり取りの最中、イザベラはためらうことなく魔導書を手に取った。パラパラとページをめくる音が、ひどく清らかに響く。
俺も当然、彼女の肩に乗って覗き込んだ。
……中身は便利魔術100選とはまるで違う。どこか禍々しくも洗練された呪文群。だが、それより気になることがあった。
「堅氷壁、氷震激、氷柱突……え、3つだけか?」
「そんなはず……こんなに分厚いのに」
イザベラと顔を見合わせ、同時に首をかしげる。
厚みの大半は、俺の見物する瞳でも読めない文字で埋め尽くされていた。
「解読できれば新しい魔術が出てくるかも」
「できんのか?」
「……自信は、ない」
「そりゃそうだよなぁ」
まぁいい。3つ覚えられるだけでも十分な収穫だ。
俺は行使する瞳に読み込ませて効果を確認する。
堅氷壁は名の通り分厚い氷の防壁。
氷震激は地中の氷を砕き、大地ごと震わせる攻撃。
氷柱突は鋭い氷柱を生み出すが、放つには風の魔術が必要――。
「実質2つじゃねぇか」
「ゼロよりはマシでしょ」
「いや損した気分だな」
肩をすくめたところで、イザベラが唐突に顔を強張らせた。
「……これじゃ、無理かな」
「ん? どうした?」
「ううん……そろそろ戻らないと―――」
言いかけて固まった彼女の視線を追う。
次の瞬間、俺も絶句した。
―――扉の隙間から覗く赤い光。
ガーディアンの目が、俺たちを射抜いていた。
「イザベラ! 逃げるぞ!」
「どこに!?」
「決まってんだろ、扉の脇をすり抜け―――」
「そんな芸当、私にできると思う!?」
会話してる間にも、ガーディアンは冷気をまき散らしながらゆっくりと部屋に入ってくる。イザベラは魔導書を抱え込み、じりじりと後退。
だが、逃げ道はあの扉だけだ。
武器は覚えたばかりの氷魔術……対する相手は冷気を纏った化け物。分が悪すぎるぜ。
「とりあえず壁で隠れるぞ!」
「わ、分かった! ソリッド・アイス・ウォール!」
彼女が叫ぶと同時に、分厚い氷壁がせり出す。
「よし! そのまま壁を何枚も――」
俺が指示を最後まで言う前に轟音が響き、氷壁が粉々に砕け散った!
「きゃあ!」
「なっ!? ハンマー!? あいつ武器まで使えんのかよ!」
崩れた氷の奥で、ガーディアンが氷製の巨大なハンマーを構えていた。あんなもん食らったら即ミンチだ。
「イザベラ! 立て! 次来るぞ!」
「分かってるってば!」
振り下ろされる一撃を、彼女は土壇場で跳んで回避。
床を叩いた衝撃波が背をなで、鈍い音が耳を突く。心臓が縮み上がった。
「右から来る! 避けろ!」
「はぁぁぁっ!」
転がりながらなんとか躱す。だが、このままじゃジリ貧だ。避け続けるだけで精一杯。反撃の余地はない。
「仕方ねぇ! イザベラ、俺が隙を作る! その間に逃げろ!」
「えっ、ちょ、ちょっと――!」
彼女の返事を待たず、俺は肩から飛び降りて走った。
狙うはガーディアンの足元。
「喰らえ! 氷震激!」
叫んで地面に手を叩きつけた瞬間、指先が凍りついた。
「ぐっ……しまった!」
接近すれば冷気で氷漬けにされる――忘れてた!
だが完全な無駄ではないはずだぜ。その証拠にビシリと亀裂が走り、床が揺れる。
巨体がふらつき、振り下ろしたハンマーが見当違いの場所に突き刺さった。
轟音と粉塵が巻き起こる。
「よし! 今のうちに――」
振り返ってイザベラに叫ぼうとした、その瞬間。
――床が崩れた。
「え……?」
イザベラの足元がぱっくり裂け、彼女は悲鳴もなく闇へ消える。
「嘘だろ!? さらに地下ぁ!?」
俺の足場も同時に崩れ、抗う間もなく落下する。
最後に見えたのは、穴の縁に立ち、冷たく赤い眼で俺たちを見下ろすガーディアンの姿だった。
氷の悪夢に追われながら、俺たちは暗黒へと呑まれていった――。
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