第74話 震える指先
俺たちがこれからやらなくちゃいけねぇのは―――ゲンブの討伐。
けど、その前にどうしても手に入れなきゃならねぇものがある。魔導書だ。
問題は、その魔導書がある魔導遺跡が、よりによってゲンブの背中に乗っかってるってことだ。
つまり、近づこうとすれば必然的に、あの化け物の間近に行く羽目になる。
……まったく、笑えねぇよな。
「ゲンブの側面から近づくわよ! よろしくね、クゥ!」
「任せて!」
『イザベラ、奴の頭に注意しててくれよ、俺は尻尾を見張っておくからな!』
「頭ね、了解!」
よし、これで俺はゲンブの尻尾に注意すればいいはずだ。
なぜわざわざ尻尾なんかを気にする必要があるのか。
理由は1つ、ゲンブの尻尾が異様に長いことに気づいたのさ。
ただでさえ身体がデケェのに、その体に巻き付けるくらい長い尻尾があるんだ。
まっすぐ伸ばしたら、霧氷山よりも高くなるんじゃないだろうか。
なんてな。
「私たちに気づきすらしないわね! このままなら簡単に遺跡に入れそうかな」
『油断するなよ! 相手は―――』
ソヴリンなんだぞ!
そう言おうとした瞬間、激しい水しぶきが噴き上がった!
冷ややかな風がクゥの翼を煽り上げる!
「きゃ!?」
「イザベラ! しっかり掴まっクェ!!」
『なんだ!? 尻尾の先は動いてねぇぞ!?』
てっきり、ゲンブの尻尾が動いたせいで水しぶきが上がったんだと思ったんだが。
どうやらそういうわけじゃないらしい。
それじゃあ原因はなんなんだ?
疑問を解決するため、尻尾を辿って水中に目を凝らした俺は、2つの瞳がこちらを見上げていることに気が付いた。
『おいイザベラ! 悪い知らせだぜ!』
「なに!?」
『あれはゲンブの……亀の尻尾じゃないらしい!! クゥに伝えろ! もっと高度を上げるんだ!!』
「クゥ! 高度を上げて!!」
警告と同時に、水面を突き破って黒い巨影が飛び出した!
真っ黒な鱗に覆われた巨大な蛇。その身をねじりながら、亀の甲羅に絡みついてやがる!
「どうなってんのよ!?」
『そりゃ俺が聞きたいぜ!』
俺とイザベラが嘆いたのは、視界いっぱいに表示された情報のせいだ。
この蛇も、ゲンブだっていうのかよ!?
「ルース! ここは一旦退却を―――」
「来る! しっかり掴まっクェ!!」
クゥの判断が早くて助かったぜ!
悠長に空を飛んでる俺たちめがけて、蛇が得体のしれない液体を吐きかけてきやがったんだ!
機敏な動きで躱すクゥ。
直後、液体が岩壁に当たって溶かしていく――。
『なんだありゃ!? 岩が溶けたぞ!?』
「絶対に避けないとヤバそうね!! クゥ! 逃げるわよ!」
「分かってる!」
亀の甲羅を這いながら高所に上りつつある蛇。
そんな奴から逃げるためには、俺達も高度を上げるしかない。
とはいえ、空を閉ざされてる今、逃げ場は例の洞窟だけだ。
飛び交う蛇の液体を搔い潜りながら飛ぶクゥ。
あと少しで洞窟にたどり着く!
そんな事実に、俺が少し安心しかけた時。
嫌な音が空洞内に響いたんだ。
それは、ズシリという重たい音で、咄嗟に背後を確認した俺とイザベラは目にする。
亀が大口を開けて、こちらを狙ってやがる!!
『マズイ!! イザベラ!!』
「クゥ!! 避けて!!」
「なにっ!?」
まるで、大砲でも発射されたのかのような轟音が響き渡り、巨大な水の塊が俺たちの頭上を掠めていった!!
ギリギリ避けることができたのは、イザベラがクゥの後頭部を思い切り右に引っ張ったからだろう。
クゥには悪いけど、ナイスだぜイザベラ!
背後で轟音。
水弾は洞窟の入り口に激突し、砕け散ると同時に――瞬時に凍りついた。
もし当たってたら……背筋が凍りそうだぜ。
「ク、クゥ!! 早く立て直して!!」
「む、ムリ!! クェ!! クェェェェェ!!」
空洞の壁に何度も衝突を繰り返しながら、落下し続ける俺たち。
ぐるぐる回る視界じゃ姿勢を戻すのは難しいみたいだ!
これは、着地の方法を考えた方がいいか!?
と、俺がそんなことを考えてたその時。
クゥの背中の花―――つまりはライラが、そのツタを一気に伸ばしてクゥの翼に巻き付けたんだ!
まるで、ツタでクゥの身体を操るように翼を広げさせるライラ。
直後、クゥの翼が風を受け、俺たちはなんとか体勢を整えることに成功する!
「ライラ!! ありがと!」
「ライラさん! 助かったわ!!」
『さすがってところだな! でも、まだ油断できねぇぞ!!』
逃げ道は埋められちまった。
おまけに、蛇の吐く液体があたりの水に溶け込み変色し始めてやがる。
このまま水に落ちたら、ただじゃ済まねぇだろう。
「クゥ!! こうなったら遺跡の中に逃げ込むわよ!」
「遺跡に!?」
『おい! それはホントに大丈夫なのか!? あの液体で遺跡ごと溶かされるとか、嫌だぜ!?』
「他に何ができると思うの!? こうなったら攻め込むしかないのよ!」
イザベラの声には、恐怖よりも決意の色があった。
……本当に、強ぇ奴だ。
『分かった。やろう。でもその前に、せめて魔導書の位置だけは外から見つけようぜ!』
「そうね。クゥ! なるべく遺跡に近づきながら飛べる?」
「やってみる!」
クゥが翼を広げ、再び上昇する。
俺は見通す瞳を展開し、遺跡全体を俯瞰した。
視界に、薄く光るものが見えた。
遺跡の中央――塔の最上層に、魔導書が浮かんでやがる。
『あった! 塔の上だ!!』
「了解! そこまで一気に突っ込むわよ!」
そんな俺たちめがけて、再び例の液体が飛んできた。
しかも今度は、亀の視線付きだぜ。
っておいおい、俺たちが作戦会議してる間に、亀の甲羅から大量の水があふれ始めてるじゃねぇか!
「制限時間ありってことね」
イザベラの言うとおり、ゲンブから溢れる水でこの空洞が満たされるまでに、なんとかしなくちゃいけねぇ。
弱気になんかなりたくねぇが、今回ばかりはマジでやばい気がする。
大丈夫だよな?
イザベラは震える指先で杖を握りしめ、短く息を吸った。
「ルース、クゥ、ライラ――行くわよ!」
『ああ、任せろ!』
「了解クェ!」
その瞬間、クゥの翼が空気を弾いた。
氷霧の中を突き抜け、ゲンブの背に背負われた遺跡へと一直線に飛び込む――。
弱気になってる暇なんかねぇ。
俺たちは負けられないんだからな。
そんな熱いものが、肺に刺さる冷気を溶かしてくれてる気がしたぜ。
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