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ドンゾコナビ ~滅びの世界で少女導く~  作者: 内村一樹
3章:朽果てる者

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第73話 空を閉ざされ

 霧氷山むひょうざん―――。

 俺たちの向かってる山は、そんな名前らしい。山に近づいたところで、見物する瞳(スペクテイター)が教えてくれたぜ。


 その名にふさわしく、眼下に広がる山は白い霧と氷に覆われ、異様な景観を晒していた。


 地表からは牙のように鋭い氷柱が無数に突き出し、ところどころに開いた大穴からは濁流が轟音を立てて噴き出している。まるで山そのものが呻き、暴れているようだぜ。


 そんな山に近づく俺たちを妨げるのは、猛烈な吹雪だ。


『クゥ! これ以上は危険だぜ! あそこの洞窟に逃げ込むぞ!』

「あたしはまだいけるよ!」

『クゥ! イザベラさんはあなたのような羽毛を持っていないのですよ!?』

「そうだった!」


 冷気は骨まで凍えるほどだ。イザベラの体が震えているのが分かる。

 あと少しの辛抱だ、持ちこたえてくれ!


 クゥは急降下に転じ、氷柱の合間を縫うように滑り込みながら、山腹の洞窟へ飛び込んだ。

 氷の風が一瞬だけ切り裂かれ、俺たちは暗闇に包まれる。


「ぶはぁ!! どこよここ!? 急に真っ暗になったんだけど!」

「洞窟の中クェ。イザベラ、大丈夫?」

「死ぬかと思ったわよ……でも、助かったわね」


 イザベラは冷え切った体で立ち上がり、外の吹雪を見上げて息を吐いた。

 外の雪が光を反射して、白く滲んで見える。


「よっと。ここでいったん休憩しようぜ! さすがに体が冷えただろ?」

「でも、今は急いだほうが」

「そうやって無理して、体調崩したのをもう忘れたのかよ? それに、おあつらえ向きなもんがあるしな」

「なんのこと?」


 俺はイザベラの肩に飛び乗り、ライトアップの魔術で洞窟の奥を照らした。

 光が広がり、壁の影がゆっくりと浮かび上がる。

 そこには――焚き火の跡があった。


「……誰かが使ってたみたいね」

「鍋もあるしな。しかも見ろ、酒のビンまで転がってる」

「酒!? じゃあもしかして……」


 突然クゥがパチンと翼をたたき、ライラの声を拾うように言った。


「ライラが言ってるクェ! ザハンのだって!」

「ザハンが……ここに?」


 たしかに、あの焚き火の跡と酒瓶ならアイツっぽい。

 ゲンブ討伐を止めた本人が、こんな場所に来てた理由は分からねぇが……。

 推測なら色々できるぜ。


「考え事は後にしようぜ! それよりも鍋に湯を張るぞ。足先を温めるだけでも効果あるはずだ」

「そうね……指先がもう感覚ないもの」


 鍋にケトルで湯を入れる。

 湯気が立ちのぼり、冷え切った空気が少しだけ柔らかくなった。

 その静けさの中で、俺たちは新たな試みを始めることにした。


「とりあえず、魔導書を増やせるのかどうか確認しておきたいよな」

「でも、こんな場所に本も紙もないわよ?」

「それもそうだが」

「本じゃなきゃダメなのクェ?」

「たしかに、そもそも何に書き込めるのかも分かってねぇ。まずはそこから試してみようぜ」


 俺たちが話してるのはもちろん、書き記す喉(スクライブ)についてだ。


 魔術を物質に書き込めるらしいんだけど。

 そもそも俺たちが知ってる魔術って言うのは、魔導書に書かれてるものだからな。


 すでに出来上がったものを0から書けって言われても、無理があるぜ。


 そういう意味では、叡智の鍵で解放された新しい力が有望だ。


 書き写す喉(トラン・スクライブ)

 魔導具に書き込まれてる魔術を別の物に複製できるってワケだ。

 こんなおあつらえ向きなもん、なかなかないよな。


『とりあえず、この石ころにライトアップの魔術を書き写してみようぜ!』

「今から使えそうだし、賛成だわ」


 なんだかんだ言って、便利魔術100選も重宝してるよな。

 そんな便利なライトアップのページを開いた状態で、イザベラが石を持つ。


書き写す喉(トラン・スクライブ)! これで良いの?」

『えっとどれどれ? お? おぉぉ!? イザベラ、魔導書を閉じて石ころに向かって唱えて見ろよ!』

「やってみる! ライトアップ! やった、光った!! できたってことよね!?」

「光る石だクェ!?」


 コイツは便利じゃねぇか。

 わざわざ魔導書を開いてなくても、さっきの石ころが光り続けてるぜ。

 見物する瞳(スペクテイター)でも、石ころにライトアップの魔術が付与されてるのが分かる。


『成功だな!』

「これは便利ね」

『じゃあ次は、書き増す喉(イン・スクライブ)を試してみようぜ!』

「書き増すってことは、もっと強く光るってことかな?」

『そりゃやってみての楽しみだろ』

「そうね。それじゃ、書き増す喉(イン・スクライブ)!!」


 次の瞬間、洞窟の中が白一色に染まった。

 目が焼けるほどの閃光。俺もイザベラも思わず顔を覆う。


「あたまクラクラするクェ」

「つ、強すぎるわね。なに今の」

『ライトアップが増幅されて、フラッシュになってるぞ。光が強すぎて耐久力はないみたいだな。見ろよ、石にひびが入ってやがる』

「もしかして、使い続けたら壊れる感じ?」

「かもしれねぇな」


 そのあと、俺たちは色々と試してみたんだ。

 その中で分かったことは3つ。


 まず、今の俺たちが書き込める数は3つまで。

 4つ目の魔術を何かに書き込んだ時点で、一番古い魔術が消失しちまうんだ。


 次に、書き増す喉(イン・スクライブ)で魔術を増幅したものは、数回使うだけで壊れちまう。


 最後に、書き消す喉(デ・スクライブ)で消せるのは石ころとかの魔術だけで、魔導書に書かれた魔術は消せないようだ。


 上手く使えば、かなり強力な武器になりそうだよな。


「さて。そろそろ出発できそうか?」

「そうね。で? まさかまた外を飛んでいくつもりじゃないよね?」

「そんなワケねぇだろ。それよりも、この洞窟の奥の方が気になるからな」

「さっきより、大きくなってきてるよ」


 クゥが言っているのは、音の話だ。


 ザハンが残したと思われる焚火跡。

 そんなものがある洞窟の奥から聞こえるのは、腹の底に響くような水のうねり。


 この先に行けば、色々と分かる気がする。

 っていうか、俺とイザベラはもう見ちまったんだよな。

 洞窟の奥にある、それを。


「いよいよゲンブと戦闘になるかもだから、二人とも警戒してね」

「分かってるぜ!」

「うん! いざとなればアタシが2人を外に逃がすからね!」


 イザベラが腰に光る石を括りつける。

 柔らかい光が揺れ、岩壁の水滴を照らした。

 奥へ進むたび、空気が重く、冷たく、息苦しくなっていく。


 やがて――視界が開けた。


 そこは、氷と滝に満たされた巨大な空洞だった。

 天井から垂れ下がる氷柱、地を這うように流れる濁流。

 無数の氷面に反射した光が、まるで空を閉ざした天界みたいに煌めいている。


 そして――その中心。


 水面に浮かぶ岩づくりの遺跡。

 その遺跡を背中に背負い、静かに息づく“山そのもの”のような存在。


 ――ゲンブ。


 霧氷山に封印されていた、滅びを招く水のソヴリン。


 俺たちはついに、その姿を目の当たりにした。

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