第69話 生きる知恵
「はい、お水」
「ワリィなぁ。ノワレン」
突然乱入してきた男は受け取った水を一気に飲み干した後、座り込んだままその場の全員を見渡した。
……張りつめていたイザベラとアレックスの空気が、少し緩んだ気がする。
だが同時に、余計にややこしくなったような気がするのは俺だけか?
「ザハン殿。久しく見ないと思っていたが、どこで何をしていたのだ?」
「おう、アレックスも元気そうで何よりだな。俺はいつも通り、山をぶらついて使えるもんを探してた。今回はなかなかの酒にありつけてな、上出来な収穫だったぜ。で、久しぶりに水浴びでもしようかと帰って来たってワケさ」
「飲みすぎは身体によくないですぞ」
「んなこと気にしたところで、意味なんかねぇだろ? 楽しめる時に楽しむのが、人生ってもんさ!」
「っ……」
アレックスの顔が強張る。
――長く生きられない。イザベラに突かれた傷を、さらにえぐられたのと同じだ。
『ルース様。なんとかこの場を穏便に治めることはできないでしょうか』
『んなこと、俺にできると思うか?』
『それでは他に、誰ができるというのですか?』
『……やってみるよ』
クゥの体の中に身を隠して事の成り行きを見守るって言うのは、得策じゃないらしい。
観念して、欠乏と結合を解除した俺はテーブルの上に躍り出たぜ。
「イザベラ、アレックス。とりあえずその辺にしておこうぜ。これ以上喧嘩しても、解決するとは思えねぇしな」
「うおっ!? なんか、ちっこいのが出てきたぞ!? なんだこりゃ」
「おっさんはちょっと黙っててくれよ、な?」
「容赦ねぇなぁ~。で? 嬢ちゃんとアレックス、喧嘩中ってわけか」
「そ、それは……」
「ふ~ん。泣いてるセリスと怒り顔のドレク、逃げ腰のルファ。……まぁ、いつも通りっちゃいつも通りか」
ザハンはふらふらと立ち上がると、ドレクのところへ行き、ガシガシと頭を撫でた。
「ちょ、やめろよ!」
「やめねぇよ。おめぇはよく頑張ってるんだからなぁ。バルグのこともあって、色々考えてんだろ?」
その名前を聞いた瞬間、ドレクの顔が歪んだ。
今にも泣きそうだぜ。
『バルグ』って言う知らない名前が出てきたけど、それが関係してるんだろうか?
おっさんは止まらない。次はルファの頭を撫でる。
「お前さんもだルファ。色々考えてるくせに、毎日明るい笑顔で皆を励まそうとしてる。おじさんにもその元気を分けて欲しいくらいだぜ」
ザハンの顔を見上げてるルファの表情に安心感が生まれたぞ。
俺のいる位置からはザハンの表情が見えないが、どんな顔してるんだ?
それを確かめる暇もなく、ザハンは続いてセリスの頭を撫でつける。
「お前さんは優しいからなぁ。ルファを庇おうとしたら意地悪ドレクにどやされたんだろ?」
「んなっ!? お、俺はそんなこと」
「してないって言うつもりかぁ?」
「っ……」
「やっぱりそうじゃねぇか。そりゃ涙が出てきてもおかしくねぇよな。お前はそれでいい。そのうえでセリス。お前さんに足りないものがあるとしたらそれは勇気だぜ。涙ってのは、誰かを悼む時のためにとっておいた方がいいからな」
「うん」
小さく頷くセリスに満足げな顔を見せたザハンは、ようやくイザベラへ向き直った。
「嬢ちゃん、名前は?」
「……名前を尋ねるなら、まずは自分から名乗るべきじゃないの?」
「こりゃ失敬。俺は礼儀ってものを知らねぇからさ。俺の名前はザハン・クロウ。ザハンって呼んでくれて構わねぇぜ」
「ザハンね。私はイザベラよ」
「イザベラか。そりゃいい名前だ。きっと愛されて育ってきたんだろうな。ところで、嬢ちゃんたちはどこからやって来たんだ?」
そこで言葉を切ったザハンは、まっすぐにクゥを指さした。
「そんな鳥、ここらで見たこともねぇ。ましてや、背中の植物もな。外から来たんだろ?」
「そうよ。南の大陸から東の大陸に渡って、この北の大陸に来たの」
「ほう。そりゃ随分と長い旅をしてきたってわけか。で? なぜアレックスと喧嘩に?」
「私たちはソヴリンを……ゲンブを倒すためにここに来たの。それを否定されたから」
「なるほどなぁ。そりゃ喧嘩になるわけだ」
まるでお手上げって感じで両手を広げるザハン。
そんな彼の態度にイラついたのか、イザベラが口を開こうとした時。
彼女の言葉を遮るように、ザハンが話を続けだした。
「ここにいる子たちは皆、10歳未満の幼いガキンチョだ。そんな子供たちが勝手にここに集まってくると思うか?」
「……それは、どういう意味?」
「この教会はな、この大陸を生き延びてきた人間たちの……俺たちの、生きる知恵なんだよ」
生きる知恵?
そりゃどういう事だ?
確かに、子供が勝手にこの教会に集まってくるって言うのはおかしいよな。
言われてみれば変な話だ。
長生きできない北の大陸で、なぜ教会にだけ子供が集まってるのか。
「何十年という長い年月をかけて、俺たちが培ってきた生き方なんだよ」
そう言って、彼はズボンをまくり、足首に巻かれた布を見せる。
「それは……聖浄のフキン?」
「そうだ。これは俺が鼻垂れのガキだった頃にここで手に入れたもんだ。そして、ここにいるガキたちも、これを手に入れるために幼子の頃からここで生活してる」
「どうしてそんなこと―――」
「アレックスが持ってるそれと違って俺たちが持ってるフキンで守れるのは、せいぜい一人だからだ。分かるか? 大人は皆、自分の身を守ることしか出来ねぇんだよ。だからこの教会を頼る。だから、アレックスを頼る。そうすることでしか、子供たちを育てることが出来ねぇからな」
つまりこういう事か?
子供が生まれたら、この教会に連れてきてアレックスたちに世話を任せてる。
そうでもしないと、生きていくことが難しいから。
そして何らかの方法で聖浄のフキンを手に入れた子供たちは、大人として教会を離れる。
「それならなおさら! 早くゲンブを倒さないとダメじゃない!」
「それができりゃ一番いいけどな。絶対に失敗しないって確信はないんだろ? そりゃそうだ。確信を持てるほど甘い相手じゃないからな。もし失敗して、ゲンブが本格的に暴れ始めたら。今の暮らしすらも全部失うことになっちまう。だから、俺たちは止めるんだ。嬢ちゃんはなぜ、ゲンブをうち滅ぼしたいんだ? 復讐か? 執念か? もしそんなものが理由なんだとしたら今すぐやめろ。大勢を巻き込むだけじゃすまない話なんだぜ?」
「っ……」
「言い返せねぇなら、まだその時じゃねぇってことだ」
そう言い残し、ザハンはひらひらと手を振って教会を出て行った。
残されたのは、俯くイザベラと、気まずい沈黙だけ。
――そこへ、アモリを抱いたダグが戻ってきた。
「えっと……何があったの?」
「色々だ。今は、そっとしておいてやれ」
「……そっか」
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