第68話 ひりつく空気
蟹の宴を楽しんだ翌日。
俺たちは助けてもらった礼も兼ねて、教会の補修を手伝うことになった。
古い建物だからな。屋根や壁があちこち崩れてるんだよ。
材料はそこらに転がってる石から材錬成で抽出したインゴットだ。
こういう時、この魔術はほんと便利だぜ。……っと、余計なこと考えてる場合じゃねぇな。今は鉄板作りに集中だ。
「こうして手伝っていただけるのは、本当にありがたい! 一人ではどうしても限界があったのだ」
アレックスが俺の作った鉄板を受け取り、窓から屋根の上のダグへ渡す。
すぐに外からダグの声が返ってきた。
「むしろ一人でここまで補強できてたのはすごいと思うけどなぁ」
「アレックスはすごいんだよ! いつも魚を獲ってきてくれるし、僕たちのことを守ってくれるんだ!」
一階からインゴットを抱えてきたルファが、胸を張ってそう言い放つ。
「フハハハハハハッ! 吾輩はただ、できることをやっているだけに過ぎん! それを凄いというのであれば、君たちも誰かにやってあげて欲しいのだ! いいかい、ルファよ!」
「うん! それが、助け合いなんだよね! それじゃ僕、ミルナ達と一緒に皿を作ってくるよ!」
元気いっぱいで階段を駆け下りていくルファ。微笑ましいやつだぜ。
「ダグ! 屋根はあとどれくらい必要だ?」
「あと2枚で良いよ!」
「よしきたっ! 板錬成!」
「おぉ! ルース殿の術は何度見ても素晴らしいぞ! 吾輩も使えれば、どれほど助かるか!」
「あとでいくらでも付き合ってやるぜ? でも慣れるまで、補修はこの姿でやらせてくれ」
「もちろんである! 楽しみにしていますぞ!」
俺が今、小さな体のままで補修作業をしているのには理由がある。
簡単に言えば、アレックスと欠乏と結合すること自体はできるんだが、体が馴染んでないから上手く魔術を使えなかったんだ。
彼が魚人で、俺と若干呼吸方法が違うって言うのも影響してるぜ。
息苦しさを覚えながら、細かな作業なんかできないだろ?
その点、ダグやイザベラは慣れたもんさ。共有に違和感なんてもうねぇ。
ほどなくして、屋根の補修を終えたダグが身軽に窓から戻ってきた。
「ふぅ。屋根は終わったよ」
「おぉ! 本当に感謝するぞダグ殿! ルース殿も!」
「いやいや、むしろオイラ達の方が感謝してるよ。昨日は助けてもらったし。ね、ルース」
「まぁそうだな。これで貸し借り無しってやつさ。気楽に行こうぜ」
もちろん本音を言えば、昨日の“呪い”の話を聞かせてもらった時点で、貸し借りどころじゃねぇんだが。
ま、アレックスが言い出さないなら俺も触れないでおく。
「っていうか、教会の中に雪が入り込んだら俺達も困るわけだし。ここはお互いさまってことにしとこうぜ!」
「はぁ、ルースはホントに、素直じゃないんだから」
「なっ!? おいおいダグ。言うようになったじゃねぇか」
「まぁね。それよりアレックス。ちょっと聞きたいんだけど」
「ん? 吾輩に分かることなら、なんでも―――」
アレックスがそう言いかけた時。
突然、1階から何かがひっくり返るような物音が響いてきたんだ!
「なんだ!?」
「先に行くねっ!」
ダグが真っ先に駆け降りる。俺とアレックスも後を追った。……と言っても、俺はアレックスの腰に飛びついただけだが。
魔物でも襲ってきたか?
見通す瞳で探ってみるが、敵の気配はない。
代わりに目に入ったのは、椅子から転げ落ちたルファと、立ちはだかるドレクの姿だった。
ドレク――昨日も黙々と蟹を食っていた寡黙な子。
その彼が、鬼気迫る様子でルファを睨んでいた。
「ふ、ふたりとも、落ち着いクェ!」
「そ、そうだよ、ドレク君。ルファ君も、悪気があったわけじゃ」
「セリスは黙ってろ! どうせいつも泣くことしかできないくせに!」
「ぅ……」
「ちょっとドレク! あんたまたセリスを泣かせてっ!!」
「ぅ……うわああぁぁん!」
「えっと、とりあえずオイラは、アモリ君を別室に―――!」
ダグが爆泣きする幼子アモリを抱え、慌てて部屋を出ていく。
それにしても、何があってここまでドレクを怒らせたんだ?
「ドレク君! どうしたんだ!?」
「……」
「……ルファ君。ケガはないか?」
「うん。僕は大丈夫だよ」
「良かったぞ。それで、喧嘩の原因は?」
「俺が全部悪いんだ。そうだろ? ルファ」
「そ、そういうわけじゃ」
「そうだろ! だってお前、さっき言ったじゃないか! “そんな馬鹿なこと考えるな”って! 俺に向かって言ったじゃんか!!」
「ちょ、ドレク君、落ち着くのだ!」
何の話だ?
互いに冷静じゃない以上、詳しく聞き出すのは無理だな。
こういう時は――冷静なやつに頼るしかない。
そう考えた俺は、すぐに欠乏と結合を発動したぜ。
『ライラ。いるか?』
『あっ! ルース様! よかった。来てくださったのですね』
『あぁ、なんかすげーことになってるけど。もしかして一部始終を見てたんじゃないかって思ってな』
『はい。簡単にお話ししますね。私とクゥは子供たちと一緒にお皿を作っていたのです。そこから雑談になり……その雑談が原因で喧嘩になってしまったのです』
『その雑談って言うのは?』
『ルース様たちがソヴリンを倒した話をしていたのです。それを聞いたドレク君は大喜びして……』
『……“ゲンブも倒せるんじゃないか”って言い出したわけか』
『はい。ですがルファ君は――』
『“できるわけない、そんなこと考えるな”と』
『はい。もしかして、一部始終を見てました?』
『いいや、見てないぜ』
……なるほどな。
この構図、俺は知ってる。生前の記憶で何度も見てきた光景だ。
困ったな。これは俺たちが介入しても簡単には収まらねぇ。
それこそ、アレックスが宥めてくれないと―――。
「ドレク君! 何度も言っているはずだぞ! ゲンブを倒そうなど愚かな考えだ!」
『あちゃー、アレックスはそっち派だったかぁ』
「吾輩たちはキリン様の力によって生きることができている! ゲンブは、そのキリン様ですら討ち滅ぼせなかった存在! そのようなものに、我らのような矮小な者が敵うわけがない!」
「でもっ!」
「なぜだ!? 今の暮らしが不満なのか!?」
「ちがっ!」
「ではなぜなのだ!? もしや、伝説の勇者でも現れてゲンブを打ち倒してくれるとでも―――」
「現れるわよ!!」
普段の穏やかな雰囲気はどこへ行ったのか、怒りを抑えるようにしてドレクに食って掛かるアレックス。
そんな彼の言葉を鋭く断ち切ったのは裏庭から現れたイザベラだった
「いるわよ。伝説の勇者なら。ここに」
「―――は? イザベラ殿? なにを」
「私とルースとダグとクゥ、そしてライラ。私たちは、南と東のソヴリンを倒してきたんだもの」
やれやれ。こりゃ揉めるぞ。
「アレックスさん。あなたにはすごく感謝してるし、お礼だってするつもりよ。でも、考え方に共感はできない。私はドレク君に賛同よ」
「賛同? それはどういう意味だ」
「ソヴリンはうち滅ぼすべき。私たち自身の手でね」
「な、何を言う!? なぜ君のような子供が、そのようなことを」
「こ、子供!? ……まぁいいわ、それは置いといて」
そこで言葉を切ったイザベラは裏庭の方を指さす。
「裏庭のお墓。あれは何?」
「っ!? そ、それは、お墓で。そう、マザーの」
「マザーの? それだけじゃないでしょ? まだ新しいお墓があったわよ。あれは誰のもの? 随分と小さなお墓に見えたけど」
「……」
「死んじゃうんでしょ? 呪いのせいで。だからここには子供しかいないんじゃないの?」
ピシリ、と空気が凍りついた。
冷たくひりつく空気のせいで、些細な音まで詳細に聞き取れるぜ。
と、そんな折、クゥの耳が一つの音を耳にする。
視線を向けると、フラフラと歩く人影が扉を押し開けてきた。
「ふぃぃぃ~~~っとぉ。んぁ? 客人かぁ? 珍しいこともあるもんだぜぇ~」
それだけ告げた男は、酩酊したかのように倒れ込みやがった。
いいや、マジで酩酊してやがる!
こいつ、酒臭せぇぞ!
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