第7話 胆力が大事
ぱらぱらとめくられていく魔導書の紙面。古びた羊皮紙からは、乾いた匂いとわずかな墨の香りが漂ってくる。
覗き込むだけでも、そこに記されているのは実用性ばかりの魔術だった。
焚き火の火力を一定に保つ術。匙が自動で食材を混ぜ続ける術。……まさに、題名通りの「便利」魔術集だ。
「どうした? もしかして、湯を出す魔術を見つけたのか」
ページを止めたイザベラに身を乗り出すと、彼女は口元をほころばせる。
「そんなのより、もっといいもの」
期待して覗き込んだ俺は、思わず肩を落とした。
「汚れた服を綺麗にする魔術……?」
「試してみるね。――フローラル!」
瞬間、甘やかな花の香りがふわりと広がった。見る間にイザベラのドレスが色鮮やかに蘇り、煤や泥は影も形もなくなる。
「おお……本当に綺麗になってる」
思わず見物する瞳で確認してしまった。前時代の遺産、恐るべし。
ただし――この魔術、ページを開いていなければ発動できないらしい。そこがどうにも不便だ。昔の人間は、この欠点をどう解決していたのか。
「そんなことより湯だ、湯! 早く探すぞ」
「はーい」
数分後、俺たちはようやく《湯沸かしの魔術ケトル》を見つけ出した。
鍋を置き、呪文を唱えると――ごぼごぼと泡を立て、熱い湯が溢れ出す。湯気が立ちのぼり、鍋の縁からふわりと白煙が広がっていく。
目的の霧は、これで作れる。……ただ、地味だ。
俺たちは鍋を遺跡の入口に並べ、息を潜めて湯気が霧へと変わるのを待った。
「本当にうまくいくのかな……」
「おいおい、それを口に出すな。狩りってのはな、待つ胆力が大事なんだ。俺たちは獲物を仕留める側になるんだぜ」
「……なるほど。私たちは狩られる側じゃなくて、狩る側になる。そうだね」
彼女の言葉に、妙な決意の色が混じってるように感じたのは俺だけか?
どれほど待ったろうか。二つの変化が訪れる。
一つ目は、俺の腕の文様だ。
以前と同じく明滅を繰り返す文様に、俺は見物する瞳を向ける。
『情報の繰り返し活用を確認。見物する瞳は――行使する瞳へ拡張されました』
「……おお!」
思わず声が漏れたぜ。要はこうだ。
何度も繰り返し使った魔術や情報を、ユーティライザーに記録できる。そうすれば、魔導書を開かずとも即座に使えるようになるらしい。
これなら不便さも解消だよな。
喜びを噛み締めていると、隣のイザベラが怪訝そうに俺を睨んできたぜ。
「ねぇ、その文様……やっぱり特別な力なんでしょ?」
「ああ。これは俺の能力のひとつ、《ユーティライザー》っていうんだ」
「ユーティライザー?」
「例えば――」
試しに呪文を思い浮かべる。すると鍋の中に湯が噴き出してきたぜ!
「えっ!? 本、閉じてるのに……どうして!」
「これが俺の力さ」
彼女の目が驚きと感嘆で見開かれる。よし、俺の有用性は伝わっただろう。
その時、遺跡の奥からゴウン、と重い物音が響いた。
二つ目の変化――ガーディアンの動きだ。
気が付けば遺跡の中に広がってた霧の奥で、赤い光が揺れ、廊下に沿って移動してる。
「ガーディアンが……動いてる」
「でも、こっちに気づいたわけじゃなさそうだ」
赤い光は右の通路へと消えた。
「追うか?」
「もちろん。ルースだけじゃ本を持ち帰れないでしょ。私も行く」
「……分かった。じゃあ俺を肩に乗せてくれ。離れると危ないからな」
「うん」
肩の上に乗った俺は、視界が広がったのを感じた。これでさらにユーティライザーを活かせるはずだ。
俺たちは慎重に廊下を進む。霧が思った以上に広がっていて、視界は数歩先も怪しい。だが逆に言えば、ガーディアンからもこちらが見えにくい。
廊下にはいくつもの扉が並び、その奥はすべて書庫らしき部屋だった。
「ここ、もしかして巨大な図書館だったのか?」
なぜ地下にこんな施設を築いたのか、理由は分からない。だが、今の俺たちに必要なのは考古学じゃなく、魔導書だ。
一室ずつ調べて移動してを繰り返すが、今のところ成果はない。その間も、赤い光が時折廊下を横切り、俺たちは息を潜めてやり過ごす。
巡回……そう、あれは巡回だ。入口を睨みつけていたあのガーディアンが、霧に惑わされ行動を変えたのかもしれない。
とにかく、これは好機だ。
次の部屋に入ろうと扉を開けた瞬間――俺とイザベラは、同時に息を呑んだ。
「……あれだな」
「うん、間違いないと思う」
円形の広間。その中央に、ただ一冊だけ仰々しく飾られた本。
他の書物とは明らかに扱いが違う。
祭壇のような台座に置かれ、淡い光すら帯びている。
それこそ、俺たちが探していた魔導書に違いなかった。
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