第66話 蟹の宴
アレックスのおかげで元気を取り戻したイザベラを連れて、俺たちは一度、クゥが待つ湖のほとりへ向かうことにした。
“呪い”のこととか、イザベラを治した“祈り”のこととか、聞きたいことはあったけど。
寒い中立ち話をするのも嫌だろ?
ってなわけで今、俺たちは巨大な蟹の甲羅の上に座ってる。
イザベラを乗せてたソリに、この大蟹が載せられてよかったぜ。
「どんな怪力してたら、このソリを引っ張れるワケ?」
「この蟹を一撃で仕留めたからな。アレックスはかなり強いみたいだぞ」
「泳ぐのも速いよね! オイラ、こんなに速く泳げないよ!」
「そりゃ魚人だから泳ぐのは速いだろ。でもなダグ。この蟹を引っ張りながらってところが異常なんだぜ? 覚えとけよな」
「うん!」
「アンタのそれは、何目線なの?」
さぁな。俺にもよく分からねぇ。
ただ、ついさっきまで危機的状況だったのが一気に解消された安堵。そして、この強者が敵ではないという心強さ――それが胸を満たしていた。
落ち着いて考えると、あまりに都合が良すぎる。こういう時こそ冷静さが要るよな。
そして俺が導き出した結論は一つ。
「……どうやったら、こんなバカでかい蟹を引っ張りながら沼地を泳げるんだよ!?」
それだけアレックスの言動に隙が無いって証拠だ。
蟹をソリに載せるときも率先して動き、俺たちを甲羅に乗せる時も気遣ってくれた。移動中も蟹が揺れぬよう配慮までしてくれる。
なんだよコイツ、マジで良いヤツじゃん。
って思うよな?
なんだよコイツ、マジで良いヤツじゃねぇか。
初対面で石を投げてきたり、盗みを働いたりなんかしないんだぜ? ……いや、くだらねぇ比較だな。
良いヤツ。それはつまり、心が清らかなヤツ。そう思った瞬間、自称神様の言葉がよぎる。
知れば知るほど好印象なのに、都合が良すぎて疑いが湧く。この堂々巡りが、妙に胸に引っかかった。
「アンタ、なんか失礼なこと考えてないでしょうね?」
「そんなことないぜ? うん。全然そんなことないさ」
「ねぇ二人とも! 見えてきたよ!」
良いぞダグ。いい感じにイザベラの注意を逸らしてくれた。
「あれが湖ね」
「ずいぶんデカい湖だな。って言うか、気づいたら川を進んでるじゃねぇか」
どうやらアレックスは川を通って湖の中に入り、そのまま建物まで連れてってくれるみたいだ。
「あと少しで着くぞ! 降りる準備をしていてくれたまえ!」
慣れた感じで背泳ぎに転じたアレックスは、再び身をよじって加速し始めやがった。
水深が深くなったおかげで、さらに泳ぎやすくなったとでもいうんだろうか?
それからほどなくして、俺たちは湖のほとりに建ってる建物に到着する。
あれは、教会だな。
ボロボロに崩れてて分かりにくいけど、屋根のてっぺんに付いてる円形のシンボルがその証拠だぜ。
「変わった建物ね」
「教会だろ。本で読んだことがあるぜ。実物は見たことなかったけどな」
「ルースは物知りだね!」
「そうだぜ? なんて言ったって、ナビゲーターだからな!」
「さ! 3人ともこっちだぞ!」
巨大な蟹を軽々と担ぎ上げたアレックスが、俺たちを手招きする。ついていくと、崩壊した教会の中に足を踏み入れた。
「クゥ!」
「あ、イザベラ、ルース、ダグ。遅かったね。アタシ、待ちくたびれちゃったよ」
待ってただけでくたびれるなよ!
そう言おうとした俺は、横たわってる彼女の姿を見て言葉を失っちまった。
正直、驚くべきことは沢山あったんだぜ?
例えば、教会の中には歳がバラバラの子供が6人いたこと。
例えば、子供たちが俺たちの方を見向きもせずにアレックスに飛びつき始めたこと。
例えば、寝たままのクゥが起き上がろうとしないこと。
でも、そんなことよりも気になるモノが……者が、クゥの背中にいたんだよ。
多分それは、彼女の背中に生えてた1輪の芽《《だった》》もの。
クゥの身体に根を張り、細い茎をうねらせ、開いた花弁の間から黒い種のような目をこちらに向けている。
「おい! どうなってるんだよそれ!?」
「クゥ!? 何があったの!?」
「もしかして、ライラなんじゃない!?」
花がぺこぺこと頭を下げた。確かにライラを思わせる。だが言葉は発せられないみたいだ。
と、俺たちが驚いてるのを見て笑い声を漏らしたクゥが、楽しそうに告げる。
「ダグ正解だクェ! ライラだよ!」
「それは本当!? どうして分かるの!?」
「アタシの頭の中だけで、ライラの声がするんだよ!」
「ルースと欠乏と結合した時みたいな感じ!?」
「そうだクェ!」
「マジかよ。そんなことあるのか。でもだったらどうして、お前は寝たまんまなんだ?」
「それはね、ライラがアタシの身体から起きるための力を借りちゃったせいで」
「食われかけてるってことかよ!?」
「そうだクェ。えへへ~」
「笑い事じゃないでしょ!? どうすればいいの!? ライラはなんて言ってるの!?」
「ご飯を食べて、ゆっくりしてれば、回復するはずって言ってるよ」
「フハハハハハッ! そういうことなのだぞ! だから今日は、歓迎の意を込めて蟹の宴を開くのだ!」
そういうことだったのか。
マジで一瞬、アレックスがクゥに何かしたのかと思っちまったぜ。
クソ。
つくづく、俺自身の心が汚れてるのを実感しちまうな。
「そっかぁ~。それじゃあ早速、蟹を食べないとだね!」
「調理の準備は吾輩がしよう! 君たちは、手伝ってくれるかなっ!?
「うん! 料理するぅ!」
子供たちを引き連れて、アレックスは外へ出ていった。たぶんわざとだ。俺たちが落ち着いて話せるように、気を利かせたのだろう。
俺はすぐに欠乏と結合を発動した。
相手はもちろん、クゥだぜ。
『クゥ、それからライラ。聞こえるか?』
「お、ルースだクェ」
『お久しぶりですね、ルース様』
『本当にライラじゃねぇか! 突然でびっくりしたぜ』
『ふふふ。私も驚いていますよ。まさかこのような形で再会できると思っていませんでしたので』
『だな! それにしても、生きててよかったぜ。イザベラもダグも、絶対に喜ぶぞ!』
『そう言っていただけるのは、とても嬉しいですね。ですが、ごめんなさい。私のせいでクゥが……』
『そこはほら、俺達でなんとかするから気にすんな! さっき見ただろ? アレックスがあのデカい蟹を獲ってくれたからな。とりあえず、食料は確保できてるはずだぜ』
『そうですね。彼には本当に沢山感謝しなければなりません』
『あぁ。積もる話はあとでしようぜ。とりあえず俺は、本当にライラだったってことをイザベラたちに伝えてくるからよ!』
『よろしく言っておいてくださいね。あ、一応外の様子は見えていますので』
『分かった!』
俺の言葉を伝え聞いたイザベラとダグは、動けないクゥごとライラを抱きしめていた。
俺も混ざりてぇが……あの勢いじゃ潰されるな。
そうして、一通りの話を終えた俺たちは、アレックスたちの料理を手伝いに向かうことにした。
こういう時に便利なんだよなぁ。
『日常で使える便利な魔術100選』がよ。
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