第55話 鋭い一閃
巨大なつぼみの中心、その頂にライラは立っていた。
そこへ至るまでの道のりは、想像以上に過酷だったぜ。
まず、まともな道が存在しない。俺とダグは、中心に突き出た巨大な柱をよじ登るしかなかった。柱は花の雌しべのようにそびえ、まるで無限に続く壁だ。
クゥに乗ったイザベラが、登れそうな足場を教えてくれなかったら厳しかっただろうな。
足場がない時は、鉄板を柱に突き刺して助けてくれたし。
まぁ、それもこれも、ダグがいなかったらきっと登れてなかったけど。
そうしてたどり着いた柱の頂上で、俺たちはついにライラと対峙した。
そんな柱の先端は若干膨らんでいて、そのふくらみの頂上からライラが俺たちを見下ろしてきてる。
彼女の頭上には、無数の生命の種が鈍く明滅しながらぶら下がっている。
彼女の意思ひとつで、あの植物人間がここに雨のように降り注ぐだろう。
『警戒を怠るなよ』
「うん!」
「ダグ。私達も降りた方がいい?」
「イザベラは飛びながら警戒をお願いしてもいいかな!」
「そう? まぁ、アンタがそういうなら」
イザベラが高度を上げる。俺もダグと同意見だ。
ここは高さがありすぎる。おまけに足場が不安定でよほど運動神経が良くないと、足を滑らせて落ちかねない。
そんな場所にイザベラが降りるのは危険だろ?
なにより、ダグだって足を滑らせる可能性があるんだ。
だったら、イザベラたちには上空で援護してくれる方が心強いぜ。
「準備は良い? ルース」
『俺はいつでも大丈夫だぜ』
俺の声にダグが踏み出した瞬間、ライラが両手を広げた。
髪が無数のツタとなり、四方八方から襲いかかる。
「ライラ!!」
ダグがナイフで切り払いながら叫ぶ。しかし彼女は反応しない。
「ライラさん!! イザベラです!! 聞こえませんか!?」
「オイラだよ! ライラ!! 助けに来たよ!!」
「……」
宙を仰ぎ、虚空を見上げるだけ。視線は俺たちを捉えていない。耳も、声を拾っていない。
木の実を食べて美味しそうにしてた表情も。
クゥを撫でる時の愛おしそうな表情も。
森の中を始めて見た時のような嬉しそうな表情も。
今の彼女からは、何一つ感じ取ることができないんだ。
まるで、植物みたいだ。
俺はふと、そんなことを思っちまった。
『意識がないのかもしれねぇな。ダグ! なんとか本体まで近づけないか!?』
「やってるけど!! ツタが近づけてくれないよ!」
『クソ! もっと近くで声をかければ、届くかもしれねぇのに!』
「ダグ! ルース! 気を付けて! 植物人間が降ってくるわよ!!」
『マジかよ!?』
イザベラの警告通り、頭上から植物人間が雨のように落下してきた。あっという間に包囲される。ライラが本気を出した証拠だ。
「っ!? ルース! あれ見て!!」
ダグが指差した先――ライラの足元から、シャーとブゥの姿が湧き出した。
『まさか、取り込まれちまったってことか!?』
「そうなのかも」
それだけじゃない。次々と動物の分身まで生み出し始めた。植物人間だけでも厄介なのに、混ざればカオスだ。ダグひとりでは捌ききれない。
今のところは、イザベラがクゥの上から刃を投げつけて援護してくれるからなんとかなってるけど。
これ以上増えたら、マジでやばいぜ!
それでもギリギリ逃げ続けてるダグは、やっぱりすげぇ奴だ。
そんな彼をサポートするべく、瞳で状況を分析しながら打開策を探ってた俺は、不意に響き渡ったクゥの声を耳にした。
「クェェェェーーーッ!!」
「なに!? どうしたのクゥ!?」
『なんだ!? ダグ! クゥの様子がおかしいぞ!』
思わず頭上を見上げた俺たち。
だがその直後、俺たちの方を指さしたイザベラが声を張り上げたんだ!
「ダグ! ルース! 後ろ!! ツタが光ってる!!」
咄嗟に背後を確認した俺は、確かに見た。
ライラの髪であるツタの一部が、黄色く光り輝いている。
光は徐々に薄れていったが、確かに光ってたぜ。
『もしかして、クゥの声に反応したのか!?』
「そうかも! イザベラ! クゥもっと鳴くように言って!!」
「分かったわ!」
「クェェェェーーーッ!!」
再び光るツタ。
ダグが駆け、刃を閃かせる。一閃。
その瞬間――
「ごめんなさい」
その声は紛れもなく、ライラのもの。
短いその声が、何に対して謝罪しているのか分からねぇけど。
今の俺たちにとっては、それだけで十分だったぜ。
「ライラさん!?」
「ライラ!」
『よっしゃ! まだ意識があるのかもしれねぇぞ! さっき見た感じだと、まだ他の場所も光ってるっぽいぜ! やるぞダグ!』
「もちろんだよ! ライラ! クゥ! お願い!!」
「ほらクゥ! もっと鳴き声を上げて!」
「クェッ!」
どうやらクゥも、ライラの声を聞けたことでやる気が出たみたいだぜ!
クゥが鳴き、ツタが光る。ダグの刃が次々に切り裂く。
ライラの声が途切れ途切れにこぼれる。
「私は多くを望みすぎてしまいました」
望みすぎたって、何の話だ!?
なんて問答ができる状況じゃないよな。
「だから、私を止めてください」
分かってるさ!
絶対に助け出してやるからな!
「きっと、あなたたちならできるから」
まかせてよ!
ダグがそう叫んでるぜ!
きっと、ライラにも届いてるよなっ!
「それをきっと、彼も望んでいるから」
彼って誰よ!
そう叫ぶイザベラの声が聞こえる。
気持ちは分かるけど、それは後にしようぜ!
次だ!
「私は信じます。あなたたちこそが、勇者なのだと」
どういうことだ?
なんで急に勇者が出てくるんだよ?
ライラ、本当に意識を取り戻してんのか?
この辺りから、ダグの刃が鈍り始めたんだ。
ダグの気持ちはよくわかるぜ。
なんていうか、一抹の不安ってやつか?
そんなものが、腹の底から湧き上がって来たんだよ。
それでも、今更やめるなんて選択肢はなかった。
そもそも、これ以外に助ける術を俺たちは知らないんだから。
何度も切っていれば分かる。ツタの光っている場所。
そこには、分割されたライラの生命の種が埋まってるんだ。
全部切り離せば、彼女を救える――そう信じていた。
それなのにどうして……。
「これが私の役目。彼から授かった……役目なのです」
どうしてそんな、まるで別れを切り出すような口調で、語りかけてくるんだよっ!
最後の光を前に、ダグの刃が鈍る。
振りかぶった手を、別のツタが弾き飛ばした。ナイフが宙を舞う。
直後、彼女の声が響いた。
「楽しい時間をありがとう。クゥのこと、よろしくね」
別れの言葉。
理解が追いつかず、俺もダグも呆然とした。
すると、頭上を飛んでたイザベラが叫ぶ。
「見てっ! つぼみが開き始めたわよ!!」
イザベラの声で顔を上げる。
花弁が音を立てて開き、真っ青な空が広がる。頭上の無数の種が揺れ、振動で共鳴するように明滅した。
でもそれは、花開いたというには少し違くて。
もっと別の表現が正しいように、俺には見えたぜ。
そんな俺の考えを証明するかのように、ダグが呟いたんだ。
「ライラ?」
ライラは、力なく項垂れている。
ツタも、植物人間も、全て動きを止めて。
それはまるで……。
死んじまったように、俺には見えたんだ。
『……嘘だろ?』
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