第45話 諦めない人
「追われてないよね?」
「……大丈夫そうだぜ」
魔導遺跡から逃げ出した俺たちは、夜の森で見つけた洞穴に身を潜めた。湿った土の匂いと、冷え込む空気。外では虫が細かく鳴いている。
「ルース、これからどうしよう?」
「まずは傷を治しきることだな。ダグ、もう痛みはねぇか?」
「うん……ちょっと変な感じはするけど」
ダグは腹のあたりを撫でながら答える。あの時ライラがいなけりゃ、本気で危なかった。しかも、彼女が使った治癒魔術リカバリーを俺が使えるようになったのも、まったくの幸運だ。
もっとも、運がよかったのはそこだけで、それ以外は最悪だがな。
「……何が起きてるのよ」
イザベラが呻くように呟く。
「二人とも、姿が変わった上に正気を失ってた。ルースはどう見る?」
「やっぱり“命の種”が怪しいだろ。俺たちが平気なのも、それなら説明がつく」
「でも逆に言えば、私たちもいつ同じになるか分からないってことよね」
「オイラも……変身しちゃうのかな?」
「可能性はあるってだけだ。慌てんな、ダグ」
そう口にしたが、正直俺も不安で仕方ねぇ。洞穴の闇がその不安を膨らませる。焚き火をしたいが、煙で居場所がばれるのは論外だ。
「イザベラもダグも休め。今日は俺が見張る」
「オイラ平気だよ」
「ダグ、あんたが一番休まなきゃダメ。どうせルースは『貸し』だって後で請求してくるんだから」
「よく分かってるな。そういうことだ。任せとけ」
壁に背を預ける二人を横目に、俺は瞳を光らせて森の気配を探った。夜目が利くのは便利だぜ。
それにしても退屈だ、考えごとでもするか。
ライラやエオウィンに起きた変化。崩れた鉄の遺跡。イザベラの新しい魔導書。“命の種”とセイリュウをどう倒すか――。
考えるべきことは沢山あるからな。
そのまま朝まで考えた結果、俺が至った答えはというと。
今持ってる情報だけじゃ考えても答えにたどり着けないってことだった。
朝まで考えた結論は一つ。今の情報だけじゃ答えは出ねぇ。だが、見張りの間に気づいたことがあった。俺は目を覚ました二人に告げる。
「あの野郎。生きてるぜ」
「何の話? あの野郎って?」
「エオウィンさ」
「はぁ!? あれでまだ生きてるワケ? しぶとすぎるでしょ」
反応は当然だ。胸を貫かれ、吹っ飛ばされた姿を見てるんだからな。
だが、ダグだけは驚かずに頷いた。
「とりあえず、奴の様子を見に行こうと思うんだが。どう思う?」
「私は別にいいけど……」
イザベラは言いよどみ、ダグへ視線を向ける。
ダグは少し考えてから顔を上げた。
「ん。オイラも賛成だよ」
「そう? でも、その、大丈夫なの?」
「ちょっと怖いけど……ルースたちが一緒だし」
「安心しろ。奴も傷は深いはずだ。見た感じ、動きも鈍ってる」
「それならまぁ。でも、準備はしっかりしていかない?」
イザベラは昨日手に入れた魔導書を広げる。紙面の光が揺れ、金属の匂いが漂うような錯覚すら覚えた。
「防具と武器を作れるわ。しかもこれ、ルースの組み立てる手と相性がいい気がするの」
「へぇ、面白そうだな。見せてくれ」
魔導書:鍛界―――そこに記されていたのは、金属を扱う魔術だ。
土や石から金属を抽出する材錬成。
これで生成した材料のことをインゴットと呼ぶらしい。
そして、そのインゴットをもとに、様々なものを作り出せる。
刃錬成は、金属の刃を作れる。
板錬成は、金属の板を作れる。
そんな2つの魔術は、魔導の杖にセットすることで矛錬成と盾錬成に強化される。
矛錬成では、剣・槍・針・槌から形状を。
盾錬成では、盾・胸当て・胴当て・籠手・兜を選べるらしいぜ。
「戦闘中より、事前準備で真価を発揮する魔導書だな」
「でも応用は効くはず。昨日もナイフを籠手に変えられたし」
「あ、これ……イザベラありがと。この籠手のおかげで昨日、ライラを守れたんだよ」
「そうだったの? 役に立ったならよかったかな」
「よし。それじゃあ準備を始めようぜ!」
俺たちは保存食で腹を満たし、洞穴の石を利用して防具を揃えた。金属の重みが身体を包み、少し安心感が増すぜ。
「俺の身体に合う防具は……さすがに作れないよなぁ」
「どうせアンタはダグと体を共有するんでしょ?」
「そうだけどさ。こういうのは男のロマンってやつだぜ? なぁダグ!」
「カッコイイよね!」
「……理解できないかな」
イザベラには鎧のカッコよさってものが分からないらしい。
騎士とか!
カッコいいだろ!
って言っても、苦笑いする彼女の表情が目に浮かぶぜ。
防具談義もそこそこに、俺たちはエオウィンの潜伏先を目指す。森には獣や化け物が跋扈していたが、奴に居場所を悟られるのが一番まずい。戦闘は極力避けた。
やがて川沿いに、大きな洞を抱えた巨木が見えた。
「いた! あの洞で休んでるみたいね。どうする? 奇襲する?」
『好戦的すぎるだろ! でもなぁ。できれば拘束しておきたい相手ではあるが……』
「ねぇ2人とも。エオウィンなら、これからどうするべきなのか知ってるかも……」
「どうしてそう思うの?」
「だってエオウィンは、どんな時も諦めない人だから」
茂みの陰で相談していると、洞の中の影が動いた。エオウィンがゆっくり身を起こし、こちらを睨みつける。
「そこにいるなぁ? へっ。俺様を食おうってのか? 面白れぇじゃねぇか。返り討ちにしてやるよぉ」
洞から現れた姿を見て、イザベラが息を呑む。
「アイツ……左腕が……」
肘から先が消え失せ、断面はすでに塞がっていた。だが、それ以上に衝撃なのは――
「人間に戻ってる!?」
「っ!? そういえばそうじゃん!」
「あ? なんだテメェらかよ」
忌々しげに舌打ちするエオウィン。その瞳には、まだ闘志の火が消えていなかった。
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