第44話 強すぎる
俺たちがいるのは鉄の魔導遺跡の最上階。
広い空間に魔導書まで保管されていた。ここがただの部屋なわけがねぇ。
だが今は、部屋の意味なんてどうでもいい。問題は――この部屋がどうやって支えられてたかだ。
木を模した遺跡の最上階を支えていたのは、無数の枝。一本一本は細く、全体でようやく均衡を保つ構造だった。
つまり、一度崩れりゃ一気にバランスが崩れる。
『このままじゃ部屋ごと地面に真っ逆さまだぜ!』
「言われなくてもわかるから!! 対処法を考えなさいよ!!」
そんなこと言われてもなぁ。傾き始めた建物を元に戻すなんて至難の業だ。
床はみるみる傾斜を増し、氷結塔さえ大きく傾き出した。
『マズいマズいマズいっ!!』
「くっ!!」
戦ってる場合じゃねぇ。イザベラは杖と魔導書で両手がふさがり自由に動けない。
ダグとライラの姿も見当たらず、代わりに植物人間どもが滑り降りてきやがる。
そのとき、天井からエオウィンが落下。氷結塔に衝撃を与え、さらに傾けやがった。
しかも、ゴーレムがぶつかった壁に大きな亀裂まで走る。
『イザベラ! 賭けに出るぞ!』
「どうするの!?」
『落ちる前に氷結塔をもう一本作れ! 地面まで届けば柱の代わりになる!』
「できるわけ――っ! ……やるしかないのね!」
イザベラは決意を固め、滑り落ちる床を駆け下りる。
俺は熱湯をまき散らし、迫る植物人間どもを牽制した。
「準備は良い!?」
『良いぜ!』
「でもその前に! アイツはどうするの!?」
『ゴーレムは俺に任せろ!』
床に刃物を突き立て、体勢を整えたゴーレムが迫ってくる。
だが鈍重な動きで地面に密着した手足なら、封じ込められるはずだぜ!
『ケトル! からのぉ! 堅氷壁!』
氷が床ごと奴の手足を封じ込める。これで時間は稼げたはずだ。
俺たちは壁に開いた巨大な亀裂へ飛び込み、縁にしがみついたイザベラが詠唱する。
『氷結塔!!』
遺跡の外壁から垂直に氷の柱が伸び、やがて地面へ到達。
しかし同時に衝撃で俺たちは宙に放り出されちまった!
「きゃぁぁぁぁあああっ!!」
『くそっ! イザベラッ! クゥを呼べ!!』
「クッ……クゥゥゥゥゥゥ!! たぁぁぁすけてぇぇぇぇぇ!!」
「クェーーーー!!」
ぐるぐる回る視界の中、少しずつ迫ってくる地面に俺がヒヤヒヤしてた時。
頼もしい助っ人が俺たちを拾ってくれたんだぜ!
「……た、助かったの?」
『クゥのおかげだぜ! でも、安心するのはまだ早いな』
外壁から伸びた氷の柱のおかげで、遺跡の倒壊を遅くすることはできたらしい。
だけど、完全に止めることはできなかったみたいだぜ。
「ゴーレムがっ!」
『くそっ! 完全に氷の中に埋めちまうべきだったか!?』
暴れるゴーレムのせいで、せっかく作った氷の柱にひびが入り始めてるぞ。
そんな状況を理解できたとしても、俺たちにできることは何もなかった。
クゥに運ばれ安全な地へ着地した俺たちは、轟音を耳にする。遺跡の上半分が崩れ落ちたのだ。
残るのは幹のような鉄の土台だけ。
「ダグ!! ライラさん!!」
『急いで助けに行くぞ!』
外壁は鉄でできてるとはいえ、ひどい潰れようだ。
これじゃ……いや、まだ諦めるのは早いぜ!
『見通す瞳で探すぞ! もっと近づけ!』
「分かってる!」
どれだけ鉄塊の下に埋もれてたとしても、見つけられるはずだ!
そう意気込んで捜索を開始した俺たちは、すぐに2人を見つけることができた。
ツタで編まれた球体。その中にライラとダグが守られていた。
駆け寄ると、ライラは肩で息をし、ダグは血に染まって倒れている。
ライラの両手は必死に彼の腹を押さえていた。
「ダグ!! ライラさん! 大丈夫ですか!?」
「ごめんなさい……急襲を受けて……守ってくれたのです」
「ダグッ!? っ!? そ、その傷!!」
そう言うライラの両手は、ダグの腹に添えられている。
なぜそんなことをしているのか。理由は簡単だ。
切り裂かれたダグの腹を押さえて、止血しようとしてるんだ。
『くっ』
「そんな……ダグ!」
「ルース様。もう一度、私に瞳をお貸ししてはいただけないでしょうか? 私なら治せるかもしれません」
「ルースッ!!」
『分かってる!』
すぐにイザベラとの体の共有を解除した俺は、ライラと欠乏と結合する。
「っ! 思ったよりひどいですね。では始めます!」
『俺は何をしたらいい!?』
「消毒のためにお湯をかけてください。それから、氷もいただきたいです」
『ケトル! 氷柱突! これで良いか!?』
「ありがとうございます」
「あぅうぅぅぅ」
くっ。
熱湯をかけたせいで、ダグが呻いてる。
でも我慢してくれよな!
そうこうしていると、熱湯で両手を消毒したライラがダグの傷口に指先を添えた。
そして、こう唱えたんだ。
「リカバリー!!」
「えっ!? 魔術!?」
驚いてるイザベラの声が聞こえてくるが、俺は返事ができなかった。
なぜって?
目の前で、ダグの傷が治っていったからさ。
『……治ってる!?』
「少し時間がかかりますが、上手くいけば完全に治せるはずです」
「よかった……よかったぁ……ダグ! 治るって! 治るってよ!」
「う、うん。イザベラ、痛いよ」
「ご、ごめん……」
安堵が広がる。ライラの存在は頼もしさを増すばかりだ。
だが安堵は長く続かなかった。
「だぁぁぁぁぁ! クソがぁ! 危うく死ぬところだったぜ!」
「エオウィン!」
「あぁ? ちっ。くたばってなかったのかよ」
『それはこっちのセリフだぜ! かなりしぶとい奴だな』
「ん? 全員無事って感じじゃねぇみたいだな。なぁダグ。テメェはまだ、どんくささが抜けきってねぇらしい」
「ちょっとアンタね! そんなこと―――」
「そんなこと? 足を引っ張ってるのは事実じゃねぇか。それよりも……」
ひしゃげた鉄板をはねのけながら、俺たちの方に向かい始めたエオウィン。
すぐに魔導の杖を構えたイザベラを睨んだ彼は、急に立ち止まった。
そして、前触れもなしに呻き始めたんだ。
何事か?
そう思った俺たちは、さらに驚かされることになる。
「っ……うぅぅぅぅぅぅがぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ライラさん!?」
ダグの傷がもう少しで完全にふさがるというところで、ライラが頭を押さえながら呻きだしたんだ。
直後、俺の身体がライラからはじき出されちまった。
「おわっ!? な、なんだ!?」
「ライラ?」
横たわったまま不安げにライラを見上げてるダグ。
呻いてる彼女を見て、少し恐怖を感じたのか、ゆっくりと起き上がって距離を取り始めた。
俺もイザベラも、そしてダグも。
何が起きているのか理解できていないまま、事態だけが悪化していく。
まず初めに変化が生じたのは、エオウィンだ。
身体も急速に縮み、醜悪な植物の怪物へと変じていく。
続いて、ライラまでもが姿を変え始めちまった。
全身から花が咲き乱れ彼女の体を覆い、やがて巨大な蕾に閉じ込めた。
「ルース! ライラを助けてあげて!」
「やりてぇけど……どうすりゃいい!?」
獣たちまで凶暴化し、周囲が敵だらけになっていく。
「ルース! ダグ! 逃げるよ!」
「は!? 何言って……」
「周りを見て! このままじゃ全滅よ!」
イザベラの言うとおりだぜ。
ここは一旦、体勢を整えるために撤退するべきか!
そう思い、まだ万全じゃないダグをサポートするために欠乏と結合した時。
エオウィンだった植物人間が、急に雄たけびを上げたんだ!
撤退を開始した俺たちの背後で、エオウィンと蕾がぶつかり合う音が響く。
振り返った瞬間、目にしたのは――
蕾から伸びた無数のツタがエオウィンを貫き、命の種を奪い去る光景だった。
ぐったりと動かなくなったエオウィンは、ツタに絡め取られ、遠くへと投げ捨てられる。
強すぎる。あまりの力に言葉も出なかった。
ただひとつ確かなのは――ライラが、もう俺たちの知るライラじゃなくなり始めていることだ。
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