第39話 歯切れの悪い声
「さぁルース様! 出発しましょう!」
「ちょ、落ち着けってライラ。慌てる必要はねぇだろ?」
「慌ててなんかいません。ただ早く森を見て回りたいだけです!」
「正直だな、おい」
「ふふ。私はいいと思うわ。ワクワクするし」
「そう! イザベラ様の言う通りです!」
「わ、分かったから! そんなにもみくちゃにすんな!」
「ルース! 早く行こうよ!」
「お前までかダグ……まったく、落ち着きのねぇ奴らだ」
夜明けと同時に、俺たちは魔導遺跡を目指して歩き出した。
目的はただひとつ。
ソヴリンを倒すための力を得ること。
その力が魔導書なのか、あるいはまったく別物なのかは分からない。
だが、少なくとも魔導書の有無くらいは確認しなくちゃならねぇ。
とはいえ、全員がそれだけを目当てにしてるわけじゃない。
ライラは森を見て回るため、ダグは作ったばかりのナイフを試すため。
本来の目的を重視してるのは、俺とイザベラくらいかもしれねぇ。
『よし、出発だ!』
「はい! イザベラ様にダグ様、私が案内しますから安心してください!」
「「よろしくお願いします」」
『……おいおい、案内できるのかよ?』
「ルース様? まさか私を子ども扱いしてませんか? 目が見えなくても、この森の案内くらいできます!」
本気らしい。
そりゃすげぇな。
「さぁ、クゥ。それからシャーとブゥ。よろしくね」
ライラが呼びかけると、茂みから三匹の動物が現れた。
薄緑の鳥クゥ、刃のような尻尾を持つ猫シャー、鱗に覆われた猪ブゥ。
名前は昨日の夜に教わったが、数が多すぎて正直覚えきれねぇ。
『えっと……シャーが猫で、ブゥが猪だよな?』
「はい。シャーは尻尾を触ろうとすると怒る子で、ブゥはお腹を撫でると鳴く子ですよ」
『なるほどな』
会ったばかりの俺たちにとっては、分かりにくいな。
シャーは以前、俺たちをエオウィンから救ってくれた。
今もなお警戒を解かず、ライラを必死に守ってる。
ブゥは周囲を警戒し、まるで獲物を探すように鼻を動かしている。
それに比べて……。
『クゥは、さっきから何してんだ?』
「クゥは甘えん坊さんなのです」
ライラに頭を擦り付けてベッタリ。
少しは他の連中を見習えっての。
動物たちを従えるライラを先頭に、イザベラとダグが続き、俺たちは森に足を踏み入れた。
遺跡までは二日ほどかかるらしい。気を引き締めねぇとな。
「もしかして! この素敵なのがお花なのですか!?」
「そうですよ」
「香りと肌触りしか知りませんでした。っ!? この、踏みつけるとブニュって潰れるものは……やっぱりこの臭い! うんちですね!!」
「ちょっとライラさん! 触れちゃダメですからね!?」
「分かってますよ! あっ! ダグ様が切ったのは何なのですか!?」
「これ? これはツタだよ」
「それがツタ……ダグ様、どうしてツタを切って、枝に結び付けているのですか?」
「いちお、道に迷わないようにと思って」
「なるほどぉ! そういう方法があったのですね!」
おい、案内するとか言ってたのはどこの誰だよ。
完全に探検モードじゃねぇか。
もし俺が見物する瞳で周辺の情報を表示したら、彼女はぶっ倒れるんじゃないだろうか?
いや、そんなことはないか。
そもそも彼女は、文字を読めないはずだからな。
単に、クリアな視界を遮る余計なものが映りこんじまった、くらいにしか思わないだろ。
『ライラ。楽しむのは良いけどな、一応敵がいるかもしれないことを忘れないでくれよ?』
「分かっていますよ。ですが、この瞳があれば何が近づいてきてもすぐにわかるではありませんか!」
『そりゃそうだけどなぁ』
賑やかすぎて敵に存在を知らせてる気がするが、水を差すのも野暮だ。
シャーやブゥはよくこんなライラを守ってきたもんだな。
俺は周囲を警戒しながら、不思議な点に気づいた。
『なぁライラ。人間の痕跡があるんだが……本当に誰もいないのか?』
作りかけの建物、焚火の跡、放置された装備。
どれも人の存在を示してるのに、人影はない。
「人はいないですよ」
『そうなんだよな。それが不思議なんだよ』
「そうですねぇ。ルース様やイザベラ様たちがやって来た大陸では、地表が焼き尽くされてて人が棲めない状態とのことでしたよね?」
「ライラさん、もしかしてルースと何か話してるんですか?」
「はい。ルース様が人の痕跡を見つけたと仰っているのです」
「えっ!?」
「人がいるの!?」
「いませんよ」
これが欠乏と結合の不便なところだ。
俺の声を聞けるのはライラだけ。イザベラとダグは彼女を介してしか会話できない。
『ライラ。続きを教えてくれ』
「そうでした! えっとですね、スザクが地表を焼き、人の住処を奪ったように、セイリュウは人が人であることを奪った……そう考えられると思います」
「人が人として生きること?」
「はい。私も含めて、この森に純粋な人間は存在していませんので。あ、イザベラ様たちはかなり純粋だと思いますけれど」
「? どういうこと?」
「なるほどね」
首をかしげてるダグとは対照的に、イザベラは納得したように深々と頷いてる。
彼女と同じく、俺も納得だぜ。
つまり、昔ここに人はいたが、今は人として生きていない。
エオウィンみたいに、巨木の化け物になってるやつもいれば、クゥたちみたいな動物になってるやつがいるかもしれねぇ。
それに、そこらに生えてる植物になってるやつだっているかもしれねぇわけだ。
恐ろしい話だが、この森では避けられない現実だ。
森の食い物すべてが人を変えてしまう可能性を秘めてるんだからな。
そして俺は気づく。
当然のことを、今まで考えてなかった。
『これを聞いていいのか分からねぇが、ライラにも、その、例の種があるのか?』
「はい、あると思いますよ」
もちろん俺たちが彼女をどうこうする気はねぇ。
だが情報としては知っておくべきだ。
そして俺たち自身にも芽生えている可能性を覚悟しておくべきだ。
「すみません、あの、ライラさん」
不意に足を止めて立ち止まったイザベラが、珍しく歯切れの悪い声を漏らした。
「はい。どうされたのですか? イザベラ様」
ライラの言葉に、イザベラは少しためらいながらも口を開いた。
そして、こう尋ねたんだ。
「どうしてライラさんは、その、普通の見た目なんですか?」
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