第36話 調和を愛する心
『大地に根を張り、枝葉を広げる植物。
彼らが得られるものは、空から降り注ぐ陽光と雨のみ。
だからこそ、葉で光を集め、根で水を吸い上げて生きている。
その場から歩き出すこともなく、ただ命を蓄える。
やがて巡り巡って、人間はその命を食すのだ。
だからこそ人は感謝せねばならない。
そして、調和を乱してはならない。
火炎と暴虐を結びつけてはならず、
流水が怠惰で淀んではならず、
鉄壁に背信があってはならず、
森林に貪欲があってはならぬのだ。
かつての過ちを正すため、ここに記す。
すでに遅いかもしれないが。
いつの日か調和を愛する心を持った者が現れることを願って。 』
……とまぁ、やたら仰々しい文体で綴られたその文章。
ライラが「ぜひ読んでほしい」と取り出してきた古い本に記されていた内容だ。
聞けば、彼女が幼いころ、誰かに読み聞かせてもらっていたらしい。
親なのか、別の誰かなのかは分からねぇけどな。
「なんだか、分かりにくい内容ね」
「だな。『調和を愛せ』ってのは分かるが、具体的に何をしろってんだ?」
「私もすべて理解できているわけではありません。ただ――ひとつだけ確かなことがあります」
ライラはツタを操って果実を手元へ呼び寄せ、それを割ってみせる。
「この森は生命を育む場所。そして、森に棲む私たちは必ずその命を食べる。つまり――」
「食べなきゃ死ぬ、って話だろ?」
「なんかオイラ、お腹減ってきたぁ」
「ちょっと我慢しなさい。ごめんなさい、ライラさん。続けて」
「ふふ、大丈夫ですよ。あとでたくさん用意しておきますね」
穏やかに微笑んだ彼女は、手にした果実を掲げて言った。
「先ほど話したように、この大陸のすべての生物はセイリュウの影響下にあります。なぜなら――森が育む命そのものが、セイリュウだからです」
「へぇ、森がセイリュウ……って、はあ!? どういうことだ!?」
「森の植物が全部ソヴリンってこと!?」
「植物だけではありません。その植物を食べた獣も、さらにその獣を食らった生き物も――すべてです」
……とんでもねぇ。
要するに、この大陸全体がソヴリンそのものってわけか。
「で、デカすぎる……」
「はい。セイリュウとは、それほどの存在なのです」
ダグが口をあんぐり開けて固まるのも無理はねぇ。
たしかに「勝てない」と言い切ったライラの言葉も理解できる。
だが、俺たちは諦められねぇんだよ。
なにしろ“自称神様”に倒せと言われてるんだからな。
倒す方法があるはずだ――そう思ったところで、イザベラが口を開いた。
「セイリュウを倒す手段……何か存在しないんですか?」
「ふふ。同じ話をしても、反応は全然違うのですね」
「え? それはどういう意味?」
「イザベラ様も、ルース様も……諦めてはいないご様子」
まただ。
まるで心を読まれてるような感覚。
だが俺が疑問を抱くより先に、イザベラが核心を突いた。
「まさか、私たち以外にも誰かがここに?」
「えぇ。正確な時期は覚えていませんが、以前、とある方々が森にやって来ました」
「マジか!」
「はい。その方々にも同じ話をしました。すると……嬉々として森の奥へ入っていったのです」
「どうして? 普通なら怖がるでしょ?」
ライラは少しだけ声色を変え、誰かを真似るように言った。
「―――“ソヴリンの力は俺様のものになるぜぇ”」
「……マネする必要なくね?」
「すみません、その方の雰囲気が伝わるかと思って」
思わず苦笑するイザベラ。けど、真似は正解だ。
その一言で、俺たち全員が察したからな。
「やっぱり……あの巨木の化け物も、元は人間だったんだな」
「アイツ、大っ嫌い。で、ダグ。あいつとはどういう関係?」
突然矢を放つみたいな質問に、ダグは渋い顔をして答えた。
「あの人は……エオウィン。オイラが昔お世話になってた人」
「お世話にって、ダグのこと虐げてたって感じじゃないの?」
「オイラが役に立てなかったから、す、捨てられ……ちった」
「やっぱりクズじゃない!」
……なるほどな。
ダグの器用さや生存力は、皮肉にもそのクズのおかげかもしれねぇ。
「待って。私がダグに会ったのは2年前よね? その時すでに一人だった……じゃあ、ずっと1人で?」
「うん」
2年も。よくぞ生き延びたもんだ。
怒りに震えるイザベラを横目に、俺は気になっていたことを口にした。
「なぁライラ。森のものを食べると……俺たちも巨木の化け物になるのか?」
「っ!?」
イザベラとダグが驚いて振り返る。だよな、気になるだろ?
「私は見たことがありませんが……可能性はあると思います。セイリュウの力を望んだ結果、あの方は姿を変えたのでしょう」
そう言ってライラは、手にしていた果実を口へ運ぶ。
「あっ……!」
「食うのかよ」
「えぇ。私はもう長く森で暮らしていますから。もし気になるのであれば……」
そう言うと、果実をほじり、中から小さな緑色の種を取り出した。
「これが生命の種です。果実全体にも影響はありますが、この種に比べれば小さい。心配なら、これを取り除いてください」
「なるほど。助かるぜ」
ライラは果実を食べ終え、指についた果汁を舐め取りながら話を戻した。
「それから、そろそろお話を元に戻しましょうか」
そういえば、エオウィンとダグの話に逸れてたな。
「セイリュウを倒す方法、でしたね」
そう言ってから、残りの果実を一息で食べきったライラ。
指に付いた果汁を舐めとる彼女の姿に、俺たちは視線が外せない。
「倒せるのかどうかは分かりませんが、1つ、このような話を聞いたことがあります」
「些細なことでも大丈夫だから、何か知ってるなら教えて欲しいです!」
「もちろん教えて差し上げますよ。だから落ち着いてください、イザベラ様」
「ライラの言うとおりだぜ。落ち着けよイザベラ」
「う、うっさいわね」
言い争う俺たちの声を聴いて微笑んだライラ。
そして彼女は告げたんだ。
短く、簡潔にな。
「皆さん、魔導遺跡と呼ばれるものをご存じですか?」
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