第35話 生き延びるに値する
ライラへの自己紹介を終えた俺たちは、彼女の部屋に戻った。
もっとも、そこは俺が目を覚ました部屋でもある。
だが、何度見ても殺風景だ。家具らしい家具はなく、床と壁と天井が木目に覆われているだけ。ここで本当に暮らしているのかと、思わず問い詰めたくなるほどだ。
ライラが部屋の中央に腰を下ろそうとした瞬間、薄緑色の鳥がササッと駆け寄り、丸い身体で椅子代わりになった。
「ありがとう、クゥ」
「クェッ!」
「仲が良いんですね」
「えぇ。この子達は生まれた時からの付き合いですから。ふふっ。可愛いでしょ?」
「はい。その子はクゥって名前なんですか?」
「うん。この子はクゥ。ほらここ、翼の付け根にコブがあるんです。ここをさすってあげるとね」
「クゥゥゥゥゥ……!」
鳥は恍惚とした表情で目を細めた。
「ね、気持ちよさそうでしょう。それでクゥ」
まさに名は体を表すってやつだな。さっきまで囚われていた鳥とは思えないほど、リラックスしてやがる。椅子にされているはずなのに、不思議と幸せそうだ。
「無事に帰ってこれてよかったなクゥ」
「クェェ」
「本当に! 私、心配してたんだからね。皆さん、助けてくれてホントにありがとうございます」
「役に立てたなら、オイラたちも嬉しい!」
「そうね。それに、こうしてライラさんとも出会えたから。私達にとっても良かったですよ」
「あら、そうなのですか?」
不思議そうに小首を傾げるライラ。俺たちは一度視線を交わし合い、意を決して切り出した。
「ライラさん。実は私達、隣の大陸から洞窟を抜けてやって来たんです」
「隣の大陸から? まあ……」
「そうなんだ。あっちは地表を焼くソヴリンが支配しててな。だからこそ、こっちに来て驚いたぜ。これだけ豊かな緑が広がってるなんてな」
「そうだったのですね。この大陸のソヴリンとはずいぶんと違うようで、正直、想像もつきません。きっと、私は生きていけないような世界なのでしょう」
盲目の彼女にとっては、確かに過酷すぎる環境だろう。むしろ、この大陸だからこそ生き延びられたのかもしれない。
「ということはイザベラ様たちもソヴリンから逃れるために、こちらの大陸にやって来たのですね?」
「う~ん。それはどうなのかな」
おい、イザベラ。含みのある言い方をするなよ。案の定、ライラが首を傾げたじゃねぇか。
「逃れるためではない、と?」
どう説明するべきか、俺とイザベラが迷ったその瞬間―――。
「オイラたちね! ソヴリンを倒したんだよ!!」
「まぁ!? ソヴリンを!? それは本当なのですか?」
「ま、まぁ、本当だけどさ」
「……そうね。隠しても仕方がないし、彼女には教えてもいいんじゃないかな。ルース」
「だな。助けてもらった恩もあるし、情報が欲しい以上、話さないわけにもいかねぇか」
俺の言葉を確認したイザベラは、丁寧に経緯を語り始めた。
ライラは穏やかな顔で耳を傾けている。俺たちが心配していたような反発はなさそうだ。
そう――心配だったのは、ソヴリンへの反抗を「迷惑行為」だと責められることだ。
多くの人間にとって、ソヴリンと戦うのは火種を撒く行為にすぎない。静かに隠れて生き延びる方が現実的だ。だからこそ、挑んできた者は孤立し、失敗を繰り返してきた。
けど、俺たちは違う。人数も三人揃った。ナビゲーターの俺、魔術師のイザベラ、身体能力に優れるダグ。個人じゃ無理だったことも、チームになれば成せることがある。
だからこそ、スザクを倒せた。
そしてこの森に一人で住んでいるライラ。
果たして彼女は腹に野望を抱いた末の孤立なのか、はたまた、除け者にされただけの孤独なのか。
この後の反応で分かるだろう。
「魔術を使えるイザベラ様に、身体能力の優れたダグ様。それから、ナビゲーターのルース様。お話を伺った限り、皆さんはとても優れた力をお持ちのようです」
「そうだよ! オイラたちはチームだからね」
「ですがおそらく、皆様ではセイリュウに打ち勝つことはできないでしょう」
冷ややかな一言に、イザベラがふっと息を吐き、俺に目配せした。
彼女の腹には野望はない。ここで深入りするのは危険だ、と言いたいんだろう。俺も同感だった。
「なんでそう思うの?」
「敵が強大すぎるからですよ」
「オイラたち、でっかい鳥も倒したんだよ?」
「セイリュウはさらに巨大なのです」
ダグの必死の抗議も、軽くいなされる。
「どうして分かるの? お姉さん、目が見えてないんでしょ?」
「ちょ、ダグ! そんなこと言っちゃ―――」
「大丈夫ですよイザベラ様。事実ですので」
ライラは柔らかく笑みを浮かべた。
「それに、お二人は誤解をされているようですね」
「誤解? そりゃ何の話だ?」
「私が『勝てない』と口にした途端、落胆しましたね。違いますか?」
「それは……」
「クゥの翼が二度震えましたので、間違いありません」
完全に見抜かれてるじゃねぇか。
「だからお二人はこう考えたはず。『彼女には協力の意志がない。ならば他を探そう』と」
「……」
「心を読んでいるわけではありませんよ? ただ、長年暗闇の中で生き、物言わぬ仲間の気持ちを察する術を磨いただけです」
察知能力がk質がいだ。やっぱり、彼女はただの女性ってわけじゃなさそうだな。
生き延びるに値するだけの何かがある。
そんな俺の考えを証明するかのように、ライラが言葉を続ける。
「私以外の協力者は、存在しえません。これが、お二人の抱いている誤解です」
「それは、どういう意味ですか?」
「言葉通りの意味です」
言いながらライラは静かに立ち上がり、右手を前に差し出した。
すると、彼女の足元から新芽が伸び、みるみるうちに部屋の中に緑が溢れだす。
「おいおい! こりゃどういうことだ!?」
「すごい!」
「植物を操ってるの!?」
「はい。植物であれば、思い通りに操ることができます。そして、この力を幼い頃から使っていました」
「マジかよ。これはあれか? 魔術の一種か?」
「いいえ。違いますよ」
ライラの瞳が静かに揺れる。
「この力は、ソヴリン……セイリュウによってもたらされた力。この大陸に生きるすべての生物は、セイリュウの影響下にあるのです」
「すべての、生物が……!?」
衝撃の言葉に、俺は言葉を失った。
植物だけじゃない。動物も、人間も、この大陸に存在する命すべてがソヴリンの影響下。
それは、俺たちも例外じゃないのか―――?
疑問は尽きない。だが一つだけ確かなのは、ライラからまだまだ聞くべきことが山ほどあるってことだ。
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