第21話 俺たちの覚悟
アラクネの巣から生還して数日。
俺とイザベラは、ダグの寝床で世話になっていた。
寝床といっても質素そのものだが、蜘蛛の糸を編んだ布が敷かれているだけで全然違う。柔らかくて温かい。ダグの工夫に感心せざるを得なかった。
「へぇ、温泉で糸の粘り気を取ってから織り上げるのね」
「そう! これは内緒だけど、イザベラとルースはオイラのチームだから教える!」
「勉強になったぜ、ありがとなダグ」
「へへへ。これでオイラ、2人にカシを作れた?」
「そうだな、あとでケイブベリーを採ってきてやるよ」
「やったぜぇ~~!」
嬉しそうに飛び跳ねたダグは、布を放り出して糸集めに駆けだしていった。
「ねぇルース。あの子、ちょっとずつアンタに似てきてない?」
「そうか? まぁ、いいことじゃねぇか」
「どこがよ。貸しとか言い出してるし、完全に悪影響でしょ」
「お、ケンカ売ってんのか? 買うぞ? もちろん負けた方がケイブベリーな」
「やんないから。それより、そろそろ頃合いだと思ってるんだけど」
「……あぁ」
イザベラの言う「頃合い」。
それは、事前に話していた――ソヴリン討伐のことだ。
俺たちの目的は最初からそこにある。
魔導書を探し、鍵を拾い、力を整えてきたのはそのため。
数日だって遊んでたわけじゃねぇ。俺はナビゲーターの力を鍛え、イザベラは魔術の研鑽を続けてきた。
けど訓練だけじゃ足りない。必要なのは作戦だ。
そして、その作戦に欠かせない存在――ダグ。
アラクネ戦で見せた身体能力。あれがなきゃ、勝ち筋は見えない。
「ダグに話すってことだな?」
「うん」
「どうやって説得する?」
「……」
イザベラは沈黙した。
無理もない。ソヴリンに挑むなんて普通は狂気だ。生前の俺だって考えもしなかった。
恨みや怒りを抱くことはあれど、倒そうなんて思わない。
勝ち目なんかない。
それが普通の感覚だ。
そういう意味では、俺が異常なんだよな。
……いや、俺だって別に望んで倒しに行きたいってワケじゃないけどなっ!?
自称神様とやらも天罰だって言ってたんだから、おかしくないだろ?
でも、どうやらイザベラは本気で望んでるらしい。
なるほど、本物の化け物は、イザベラだったかぁ。
なんつって。
黙って動かなくなったイザベラの頭のてっぺんを、俺は拳で突く。
「痛いんだけど」
「そりゃ悪かったな。でも、これくらいの痛みは覚悟できてるんだろ?」
「……そう、ね」
「ならいいじゃねぇか」
「どこがよ」
「覚悟なんか何もできてねぇ奴は、きっともっと痛いと感じるはずだからさ」
「そんなこと、分かってる」
「だったら、悩む余地なんかねぇだろ?」
「そうね。ダグにはしっかりと話すつもり」
「よし。ただ、もしあいつが首を振ったら?」
その問いに、イザベラは再び黙り込んだ。
――ダグに止められたとき、俺たちは振り切れるのか? 覚悟は揺らがねぇのか?
イザベラはそれを恐れている。俺にも分かった。
だが俺は引けねぇ。
神様だか何だかの天罰もある。安穏とした未来なんざ期待できない。
イザベラは違うかもしれないが……それでも、俺は。
そこまで考えた時、俺たちの元に戻って来たダグが口を開いた。
「二人とも、どうかした?」
「ううん。何でもないよ」
「そっか」
首を傾げるダグに、イザベラはしばし迷った。
だが次の瞬間、意を決したように言葉を紡ぐ。
「ねぇダグ。私、あなたにお願いしたいことがあるんだけど」
ドクン、と俺の心臓が跳ねた。
そりゃそうだよな。
これから彼を死地に誘おうとしているのだから当然だ。
「お願い!? なに!?」
「私たちね、ソヴリンを倒したいって思ってるの」
「ソヴリン……上にいる危ないヤツだよね?」
「そう。だからお願い。手伝ってほしい」
「分かった!」
「……おいおい、軽すぎるだろ」
思わず突っ込みたくなる。
危険を理解していない。これじゃ覚悟なんて決められねぇ。
「ダグ、ソヴリンを見たことある?」
「ない。でも熱くて危ないヤツなんでしょ?」
「そう。だから見に行こう」
イザベラがすっと立ち上がり、ダグの手を取った。
「見に行く?」
「ええ。見てから決めてほしいの」
「手伝うってば」
「……見た後もそう思ってくれたら嬉しい」
それだけ告げたイザベラは、黙々と歩きだした。
彼女の得体のしれない雰囲気に呑まれたのか、ダグも黙ったまま歩きだす。
そうして洞窟を歩いた俺たちは、異様な見た目の階段に行きついた。
階段は岩がドロドロに溶け、歪んで固まったような異形の形。
一段進むごとに熱が増し、汗が滝のように流れる。
立ち止まりたくなるが、イザベラの背中は揺るがない。
ようやく辿り着いた頂上。
外の光景に目を奪われる。
「これが地上。ソヴリンが作った世界よ」
黒雲が空を覆い、大地は血のように赤く焼け焦げている。
雲の裂け目からは火球が降り、熱線が地を焼き尽くす。
そして――現れた。
雲の奥に潜む、巨大な炎の鳥。翼からは火の玉が零れ、口からは灼熱の光線。
「……マジかよ」
言葉を失う。
俺が知るソヴリンの比じゃない。絶望的な力だ。
イザベラは振り返り、静かに告げる。
「ダグ、それからルース。改めて聞くわ。本気で、あれを殺すためについてきてくれる?」
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