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ドンゾコナビ ~滅びの世界で少女導く~  作者: 内村一樹
5章:這い上がる者

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第118話 静かな宣告

 夜が明けていた。


 湿った土の匂いが、やけに心地いい。肺の奥まで吸い込んでも、どこにも痛みが残らない。空気は澄んでいて、視界は妙にクリアだった。


 ――生きてる。


 そんな当たり前の実感がこんなにも軽いものだったかと、少しだけ笑える。


 みんな泣きつかれたのか、その場に座り込んじまってるぜ。

 どこまでも穏やかで、どこまでも――油断しそうになる。


 その時だった。


『――まだ、終わってはいないよ』


 頭の芯に直接響くような声が、空から降ってきた。


「……あ?」


 反射的に顔を上げる。


 そこにいたのは、人影だった。


 宙に浮かび、淡く光を帯びた半透明の男。輪郭ははっきりしているのに、どこか現実味がない。


「……幽霊かよ」


 思わず漏れた言葉に、男はわずかに目を細めた。


 ゆっくりと降りてくる。俺たちの視線の高さまで。


 そして――


『はじめまして。……というわけではないんだったね』


 きちんとした所作で、深く頭を下げた。


『まずは、長く厳しい旅を越えて来た君たちに、敬意を表したい』


 礼儀正しすぎる挨拶に、誰もすぐには口を開けなかった。


 勇者。

 その単語の重みが、場の空気を一段冷やす。


 オラクスは顔を上げ、まっすぐにイザベラたちを見た。


『魔王ルースを許し、共に生きる――その選択は、想像以上に険しい道だ』


 静かな声だった。だが、確信があった。


「……あんたに、何が分かるのよ」


 俺が口を開く前に、イザベラが一歩前に出て言った。

 オラクスはわずかに目を伏せた。


『分かるさ。なぜなら僕たちは――それができなかった側だからね』


 空気が止まる。


『彼の生い立ちを知り、それでも……許すことは、できなかった』


 その言葉に、誰も反論できなかった。


『もし、世界中に彼の正体が知れ渡れば――』


 オラクスはゆっくりと俺を見た。


『あなた方に、平穏な生活は訪れないでしょう』

「でもさ!」


 クゥが声を上げる。


「アタシたちだって、最初は知らなかったんだし! 誰も気づかないんじゃないの?」


 その言葉に、オラクスはわずかに首を振った。


『そうとは限りません』


 そして、静かに続ける。


『あなた方は、ソヴリンを全て討伐した』

「……それが、なんだというのだ?」

『その結果、人々は自由を手に入れる。そして――やがて辿り着く』


 オラクスが静かに瞳を閉じた。


『各地の魔導遺跡に』


 胸の奥が、わずかにざわつく。


『そこには、数多くの書物が保管されています。……それらは、当時の僕たちが世界の崩壊を予見して退避させたものです』


 ああ、と。

 どこかで聞いた話が、繋がっていく。


『ソヴリンが世界を破壊する理由も、魔王の正体も――そこに記されています』

「……それってつまり、全部バレるってこと!?」


 ダグが驚きで声を上げてる。

 彼の言葉を肯定するように、オラクスは頷いた。


『欠乏の文様。そして、魔王ルースという存在』


 その名を、他人の口から聞くのは、未だに妙な気分だった。

 目を細めた俺を見て、オラクスは少しだけ申し訳なさそうにしながらも続けた。


『同時に、人々は知るでしょう。彼が、どのようにして力を得たのかを』


 イザベラが小さく息を呑む。


『人は――強い欲望に身を委ねた時、稀に魔術を授かる』


 静かな宣告だった。


『それが、彼が瞳や手……四つの力を手に入れた理由です』


 沈黙。


 だが、それは否定の余地のない事実だった。


「願いや祈りと同じように……欲望もまた、魔術を生み出す。……なるほどね」


 イザベラが、ゆっくりと頷いた。

 その表情には、驚きよりも理解があった。


「だから、“導く”必要があるのね」


 その一言で、全部が繋がる。

 北の大陸で、あの僧侶と交わした会話。


 ――魔術ではなく、魔導が必要な理由。


 ――魔導書や遺跡が作られた意味。


 欲望に飲まれないための、枠組み。


 ……ああ、そういうことかよ。


 俺は、鼻で笑った。

 気付くのが遅すぎるくらいだぜ。


 願いか祈りか、はたまた欲望か。

 それらの違いを理解して操ることができる人間は、どれだけいるんだろうか。


 言っちまえば俺は、この身に抱えた巨大な欲望に抗えなかったんだな。

 そもそも、抗うつもりすらなかったし。


 生きるためだったといえば、それまでだけど。


 俺が一人で納得してると、不意にアレックスが背後を振り返った。

 そして、唐突に声を張り上げる。


「そこにいるのは、誰だ!」


 ……正直、俺には何も分からなかった。

 気配も、音も、何も。

 仕方ないよな。今の俺は、ただの小人なんだから。


 だが、アレックスは違う。


 聞き取る耳(パーシバー)を完全に使いこなしてやがる。

 さすがだぜ。


 って、感心している場合じゃねぇか。


 彼の視線を追うと、わずかに揺れる茂みがある。


 そして――


「……よう」


 気だるげな声とともに、男が姿を現す。

 エオウィンだ。


 その背後で、さらに複数の気配が動いた。


「――クェッ!?」


 クゥが羽をばたつかせる。


『囲まれています……! いつの間に……!』


 ライラの声にも、焦りが混じる。

 周囲を見渡すと、確かに――人影。


 完全に、包囲されてるぜ。


「ちっ……」


 俺は舌打ちしながら、体勢を低くする。


 だが。

 エオウィンは、そんな俺たちを見て、薄く笑っただけだった。


 そして、ちらりとオラクスに視線を向ける。

 軽く、会釈。


「まさかよ」


 肩をすくめながら、口を開く。


「ガキの頃に読んだ伽噺(とぎばなし)の主役に会えるなんざ、思ってもみなかったぜ」


 その両脇に、見慣れた顔。

 ベニーとクララが並んでいる。


「マジっスよね」


 ベニーが笑いながら頷く。


「この島に着いてから2日。待ち続けるって判断、さすがっスよボス」

「ええ。退屈ではありましたが……成果は十分ですわ」


 クララも静かに同意する。


 と、そんな二人の軽口に、イザベラたちが動揺を見せたんだ。


「……2日?」


 ライラが、ぽつりと呟いた。


『でも私たちは……』


 言葉が続かない。


 言われてようやく、俺も同じような違和感を覚えていた。


 ……2日?


 そもそも理解できてないんだが。


 俺たちは今、どこにいるんだ?

 そして、西の大陸で意識を失ってから、どれだけの時間が経ってるんだ?

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