第12話 小さな借り
「なぁコキュートスさんよ、弱点はどこなんだ? 教えてくれよ」
背後で氷壁が砕け散る音を確認した俺は、砕けた氷に向けてケトルを放った。
これで、少しずつ薄れてきてた霧を濃くすることができるだろう。
狙いはそれだけじゃない。
コキュートスの攻撃から逃げ惑う中で、俺は気づいたんだよ。
ミストを発生させるために放ったケトル―――つまりお湯が、床を凍り付かせ始めてるんだ。
ガーディアンでも、足元が滑れば転んじまうよな?
その瞬間が弱点になりうるはずだぜ!!
まぁ、俺も同じなんだけどな。
「とにかく、奴の体勢を崩すのが決め手になるはずだ。その間にトドメを刺せるよう、準備しておかないと」
っていっても、使えそうなのは堅氷壁くらいか。
「転んだ瞬間を狙って、氷壁の角を奴の目にぶち当てることができればなぁ。おっと、マズいマズい!!」
足元に堅氷壁を展開することで、高く飛び上がった俺は、コキュートスの薙ぎ払い攻撃を回避した。
避けられたのは良いが、この方法は落下ダメージがバカにならねぇんだよなぁ。
「うぐっ……そろそろケリをつけねぇと、逃げ切れなくなるぜ。ここは一か八か、やってみるしかねぇな」
赤い光で俺を見つけ出したコキュートスに、俺は全身を冷気に包まれながら飛び込んだ。
「ケトル!! 足ごと凍っちまえ!!」
飛び散るお湯が冷気で一気に凍り付き、足元が滑りやすくなる。
まぁ、その代償に俺の足にも氷がへばりついちまったんだけど。
「ぐっ、つめてぇ!!」
今すぐ氷を取りたいが、そんな余裕はない。
一刻も早く懐から離れるため、うつ伏せで滑りながら叫ぶ。
「転べ!! 氷震激!!」
奴は踏ん張れないはず。
倒れた隙に堅氷壁で……と思った瞬間、衝撃が強すぎて俺も身動きが取れない!?
なんか、氷震激の衝撃が強すぎないか!?
「ちょっと待て! こっちに倒れこんでくるなよ!?」
無理な願いだ。
体勢を崩したコキュートスが、滑りながら俺に倒れ込もうとする。
潰される……っ!
「堅氷壁!! ルース!! 今よ!! こっちに走って!!」
突如現れた氷壁がコキュートスの脇腹に直撃。
おかげで俺は潰されずに済んだぜ。
すぐ立ち上がり、滑る足元を気にしつつ、声の方へ走る。
それにしても、イザベラはまだ逃げてなかったのか。
走りながら抱いた疑問は、すぐに解消されることになる。
だってよ、出口の扉から俺がコキュートスと戦ってた付近まで、氷壁の道みたいなものが伸びてたんだぜ?
壁に囲まれた狭い道。
そんなの、目的は明確だよな。
「なるほど、これなら霧なしでガーディアンの中を進めるぜ」
戦闘の影響で、部屋の霧は薄くなっていた。
俺一人なら小ささで進めたかもしれないが、イザベラはそうはいかない。
そこで彼女が考え出した方法ってわけか。
あとで詳しく聞こう。
こうして、俺たちはコキュートスの追手を振り切り、魔導遺跡から脱出した。
「ちゃんと鍵は閉めたんだよな?」
「当たり前でしょ? あんな奴との追いかけっこなんて、二度とゴメンよ」
「だぁ~。助かったぜ! 本気で、もう無理だって思った」
「もう少しで潰されそうになってたもんね」
「見えてたのか!?」
「うん。扉の外に出てからずっと見てたけど、明らかに霧は薄くなってく一方だったから。終盤は結構見えてたよ。あのまま続けてたら、どっちにしろ負けてたと思う」
「そうなのか」
コキュートスに勝つためには、もっと別の戦法で闘うしかないみたいだな。
「それはそうと、一人で逃げなかったんだな。意外だったぜ」
「失礼じゃない?」
「感謝はしてるけどよ。単純に疑問なんだ。もしかして、俺のありがたみに気づいたってことかな?」
「そんなんじゃないからっ! ただ、まぁ、なんていうかさ。借りは返しておかなくちゃと思って」
「そうだな、これでケイブベリー10個分くらいは返してもらったと思っておくぜ」
「……軽くない? 25個全部返したようなもんでしょ」
「そっちこそ軽いな。それくらいでいいのかよ」
互いに呆れ顔でにらみ合う。
そんな時間が数秒くらい続いた頃だろうか。
気が付けば俺たちは、その場に座り込んで笑い始めてたんだ。
「今、命からがら逃げてきたばっかりなのに! なにがケイブベリーよ、ふふふ」
「10個くらいで満足してるんじゃねぇよ! なに遠慮してんだ!」
「いいじゃない! あんた小さいんだから、10個でも大仕事だと思ったの! それとも違うワケ? なら100個くらい欲しいんだけど」
「よくわかってるじゃねぇか! 10個は正直大仕事だぜ! だからな、25個をペロッと食べられちまったのは、正直ビビったぜ」
「それは悪かったわね。仕方がないから、ケイブベリー5個におまけしてあげる」
「よし、それで交渉成立だ」
ひとしきり笑った後、俺たちの視線は自然に魔導書:凍界に注がれていた。
「ったく、氷の魔術が書かれた魔導書を、冷気を放つガーディアンに守らせるとは、この遺跡を作った奴らもちゃんと考えてるんだな」
「そうね。これしか持ってない私たちにとっては、戦いにくい相手だった。でも、逆にも考えられるんじゃない?」
「逆?」
「うん。氷の魔術は、炎に対抗できる。それはつまり……」
「ソヴリンに対抗できる。ってことか」
まぁ、元々それが狙いでこの魔導遺跡に潜ったんだよな。
「それにしても、その魔導書。3つしか魔術が書かれてないんだぜ? そんなので本当に勝てるのか?」
「分からない。でも、ミストみたいなことだって考えられるから」
ミストみたいなこと。
それはつまり、湯と冷気で霧を生み出す魔術を作り出したことだよな。
でもそれを実践で役立たせることができるのは、俺くらいじゃないか?
イザベラが魔術を使うためには、入手した魔導書のページを開いておく必要があるんだからな。
2つの魔術を組み合わせるなら、当然、2冊の魔導書を開いておく必要があるだろう。
そんなことは、イザベラも当然気づいてるはずだよな。
「はは~ん。やっぱり俺の有能さに気づいたみたいだな」
「いちいちムカツク言い方しないでくれる?」
そういったイザベラが、足元に落ちてた魔導書を拾い上げながら立ち上がった。
と同時に、俺のことをつまみ上げて頭の上にのせる。
「あ、忘れてた」
「だと思ってた。感謝してよね。今回ばかりは見逃してあげるから。これも込みで、ケイブベリー5個かな」
「太っ腹だぜ」
「……それは挑発と受け取っていいのかな?」
「ちがうちがう!! そうじゃなくて、心が広いって言いたかったんだよ」
体型に関するようなことは口にしちゃいけねぇ。
俺は改めて胆に銘じたぜ。
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