第116話 俺の最期
力を手に入れてから、最初にやったことは――生きることだった。
ただ、それだけだ。
食うために、奪う。
着るために、奪う。
生き延びるために、奪う。
俺は、街道を行き来する商人の馬車を襲った。
最初は手探りだった。
でも、すぐに分かった。
見物する瞳で、位置も、人数も、死角も見れる。
聞き取る耳で、呼吸も、足音も、警戒も聞ける。
奇襲なんて簡単だった。
気づかれる前に、終わってる。
抵抗されても、問題ない。
商人から奪った魔導書があるからな。
組み立てる手で、使える形にしたり。
書き記す喉で、魔道具にして増やしたり。
これらの力があれば、欲しい物は全部俺のものになる。
だから何度も、何度も繰り返した。
そうこうしてると、騎士団が来るようになった。
治安維持だの、討伐だの言ってやがる。
笑わせる。
俺たちが路地裏で暴行されてても、助けになんか来なかったくせに。
今さらだろ。
俺は、全部返り討ちにした。
手に入れた4つの力さえあれば、負ける理由がどこにもなかった。
そんなある日だった。
街道の脇で、奴隷を連れた一団を見た。
鎖に繋がれて、うつむいて歩く人間たち。
……昔の俺だ。
あの時の、俺。
胸の奥で、何かがざらついた。
気づいた時には、体が動いていた。
持てる力をすべて使って、護衛を全員殺した。
抵抗なんかできなかったみたいだぜ。
奴隷たちは、怯えた目で俺を見る。
怖がらせるつもりなんかなかったんだけどな。
「……行け」
それだけ言った。
自由だ、と。
最初は、誰も動かなかった。
でも、やがて。
一人、また一人と俺に縋りついてきたんだ。
「……ついていきます。連れて行ってください!」
誰かが言った。
一人が二人に、気づけば十人やもっとそれ以上に増えていた。
やがて――俺たちは集団になった。
俺たちの勢力が広がるにつれて、噂も広がる。
奴隷を解放し、強力な魔導書を持ち、騎士団すら返り討ちにする連中。
盗賊団『鎖断ち』。
そう呼ばれるようになった。
酒場で、そういう話を聞くこともあった。
……周りからどういわれるかなんて、どうでもよかった。
ただ、俺は俺の居場所を守るだけだ。
そのために、力を集めた。
各地にある魔導書や、使える武具。
大勢を養えるだけの食料や衣服も必要だ。
だから俺たちは、大陸の外へ進出したんだ。
西から南や北、そして東へ。
お日様とは逆に進んでるんだぜ。笑っちまうよな。
さすがにそこまで巨大になった俺たちは、邪魔だったんだろう。
討伐軍が来たんだ。
4大陸が合同で結成した討伐軍。
笑えた。
結局、そうなるのか。
どうやら力を持っても、世界は俺の居場所を奪おうとするらしい。
なら――
俺が、奪う側になるしかない。
守るために。
壊すしかないなら。全部、壊す。
「……俺が、上に立つ」
世界の統治者に。
討伐軍との戦いは苛烈だった。
だけど、俺たちは止まらなかった。
もう止まることなんて、できなかったんだ。
そしてある日。
俺は一人で、王を殺した。
西の大陸を統べていた王。
そいつの寝首をかいたんだ。
拍子抜けするくらいに簡単だった。
そして俺は宣言した。
西の大陸は、俺のものだと。
逆らうなら、殺すと。
そこから先は、早かった。
南も北も東も。
気づけば、俺は追われる側じゃなくなっていた。
敵を追い詰める側だった。
このころになると、誰かが俺のことをこう呼び始めたんだ。
魔王。
たしかに……そうかもしれないな。
魔王討伐と謳って、俺に差し向けられてくる精鋭たち。
各国から選ばれた連中。
ちょっと気になったから、俺はワザとそいつらを城まで誘導してやった。
どれだけの強さを持った奴らなのか、気になるだろ?
そしてもし、俺がそいつらを全員殺せば、今度こそ終わるかもしれない。
そう思った。
……でも。
俺は見たんだ。
精鋭たちの中に、懐かしい顔を。
「……ネア」
大人になっていた。でも、面影は残ってる。
間違えようがない。
ネアも気づいた。俺を見た時、彼女も目を見開いてたからな。
戦いながら、俺は声を送った。
聞き取る耳で。
『久しぶりだな、ネア』
『……』
ネアは、ほんのわずかに目を細めた。
相変わらず、口数は少ないらしい。
『旧知の仲なんだ。もっと話そうぜ』
『……ずいぶん変わったのね』
そうか?
俺は昔からずっと、俺だったけどな。
『そんなことよりネア。こっちに来いよ。俺の仲間になれ』
『行かない』
即答だった。彼女に迷いはないらしい。
……そうか。
じゃあ仕方ないな。
やり方はいくらでもある。
俺に、手に入らないものはないんだからな。
そっちが来ないって言うなら、奪えばいいだけだろ?
正直、戦いながらネアと念話できるくらいの余裕があった。
ネアが従ってるのは、この剣士オラクスという男らしい。
この程度、全然問題じゃないぜ。
全員、殺せる。
ネア以外を殺して、彼女のことを奪えばいい。
まずは、剣士オラクスを片付けよう。
薙ぎ払われる彼の剣を弾く。
腕を大きく振り上げる形でよろめくオラクス。
分かりやすい隙だぜ。
終わりだ。
援護に入ろうとする騎士ディルクや魔術師サルヴァを、雨氷矢で牽制しつつ。
俺は手元に召喚した剣を、オラクスの首めがけて横薙ぐ。
その時だった。
視界に、影が飛び込んできたんだ。
「……っ」
ネアだった。
オラクスを庇うように前に出た彼女。
止められなかった。
――血飛沫が、視界を染め上げる。
「……あ」
ネアの身体が崩れ落ちる。
その姿を見て、俺は過去のことを思いだしたんだ。
牢屋の中で。太ももの血をこすっていた姿。
あの時、俺は思った。
こんなことをした連中を、許さないと。
でも、今彼女にその血を流させたのは。
――俺だ。
ほんの一瞬、俺が狼狽えた隙を突いて、剣士オラクスと騎士ディルクが動く。
同時に、俺の腹に深々と突き刺さる刃。
さらに魔術師サルヴァの生み出した植物が、体に絡みついて動けない。
「……っ」
膝が落ちる。
それでも。
視線は、ネアから離れなかった。
僧侶カルナが、ネアの傍で何かを唱えている。
眩い光があふれ、ネアの首の傷が治癒されていってるようだ。
……助かる。
あいつは、死なない。
そう、分かった。
それならいい。
それよりも今は、自分のことに専念しよう。
拘束を切り裂き、自分に治癒をかけた俺は、この場から逃げることにした。
そんな俺の動きを見て、オラクスとサルヴァが怪しい動きを見せる。
すぐに迎撃しようと背後を振り返った俺は、何かが投げられたのを目にする。
キラキラと光を散らしながら飛んだそれは小さなビンで、俺の足元で割れる。
途端に湧き出てきたのは、白い煙。
体にまとわりつくように、登ってくるぜ。
そして、煙が光を発したんだ。
描き出すのは文様。
それが、俺の全身に刻まれる。
見物する瞳で見ると、こう表示された。
――欠乏の文様。
「……なんだ、これ」
理解できなかった。
でも、考える余裕はなかったから。
俺は逃げることに全力を注いだんだ。
それから荒野を、さまよった。
どこまで逃げたかも分からない。
追手はいない。
それだけ確認して、俺は廃墟に入った。
今は休もう。
そうして数日が経ち、分かったことがある。
力が弱くなっている。
瞳も。
手も。
耳も。
喉も。
全部。
徐々に確実に削られている。
原因は、明白だった。
――欠乏の文様。
「……ふざけるな」
このままじゃまた、俺は何もできなくなる。
無価値に戻っちまう。
それは、嫌だ。
……なのに。
同時に、思う。
俺はネアを傷つけた。
「……」
何が、正しかった?
守るために、壊した。
でも、俺が壊したのは結局、守りたいものだった。
街には、戻らなかった。
戻れなかった。
そのまま。
廃墟の近くで、生きた。
細々と。
ただ、生き延びるだけ。
どれくらい経ったか。
分からない。
十年くらいか?
ある日。
ネズミが、死んだ。
飼ってたやつだ。
唯一、傍にいた相棒。
動かなくなったソイツを見て、俺はふと思っちまったんだ。
――俺も、終わりたい。
力が、抜ける。
視界が、暗くなる。
そのまま。
崩れた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
……それが俺の最期だ。
だから、ここから先の光景を、俺は見たことがない。
俺が死んだ瞬間。
死体から光る何かが飛び出していったんだ。
数は四つ。
空高く舞い上がったそれらは、世界の方々へと散る。
それらの光が向かった先にあったのは四つの大陸、各地に作られた魔導遺跡。
そこに舞い降りた光が、ジワジワと形を持ち始め――
ソヴリンになった。
そしてその日。
戦乱に明け暮れていた人々は、突如現れたソヴリンたちに蹂躙された。
そして世界は終わった。
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